第9話

日が昇ってきて、部屋が明るくなってきた。洗濯物が乾きそうな天気だが、室内干ししか行わないので、あまり関係はない。


そんなことより横で甘い香りがする暗殺者の方がよっぽど興味がある。どんな香水を使ったらこんなに人をエロい気持ちに変えられるのだろうか?これは天然で生み出しているものなのだろうか。これなら、高級香水ブランドを俺が立ち上げてやろうか。


「二人で香水屋さんでも開かないか?」

「何を急に言っている。変な本でも読んだのか?」


俺はすました顔で横で本を読んでいるが、全然内容が頭に入ってこない。勉強する時に大音量で音楽を聞いている時くらい。俺が読んでいる本が気になったのか、暗殺者が少し背伸びして俺の本をのぞき込む。


「……そういうのは本人の前で読むものではないと思うんだけど?」


俺が読んでいる本を横目でみて、暗殺者が呟く。ちなみに俺が読んでいる本は、『絶対に女を落とす恋愛テクニック』というもの。


俺に縁はないとずっと本棚にしまっておいたものである。それは今は俺のバイブルになろうとしているのだから人間何がおこるかわからない。


俺が読んでいる本を指さして、それを読んでいる俺まで馬鹿にする。


「そういうのって普通に効果ないと思うし、そんなもので、すぐに落ちる女なんて存在するわけない。もしそんなので落ちる女がいたとしても二流の女だ」

「マジかぁ……。暇だし実験してみるか?」

「……いやな予感がする」


どうせ、暗殺者はここから逃げられないんだしやりたい放題してやろう。この本によるとだな一番最初は何なんだ?


まずは……壁ドンっていつの話だよ!俺でも知ってるわ。この本の頼りなさに呆れかけたが、やらないには効果が分からないし、それにやるだけなら無料だし。


「な、何……」


何をされるのかと緊張の面持ちの暗殺者。俺は暗殺者の正面に回り込んで、壁際へとジリジリと迫っていく。そして暗殺者の横の壁に肘をドンとつく。顔も急に近くなる。


口をパクパクとさせている暗殺者の顔が目を開くとすぐそこにある。なんていう技だ。壁ドン!


『男の方を落とす技』だったなんて。こんなの恋に落ちてしまう絶対距離。暗殺者の目が俺の事を吸い込む。綺麗な赤色の唇。


それでも俺はかっこいい女を確実に落とすセリフというのを呟く。


「俺から逃げられると思うなよ……」

「ひゃ、ひゃい……」


演技してくれているのか、いつもよりしおらしくなる暗殺者。俺と目を合わそうとしてくれない。やはり、恥ずかしい言葉を吐いていることに気づいた俺は、虚しくなって後ろに下がる。


「どうだった?恋に落ちそうになった?」

「な、なってるわけない。壁ドンなんて少女漫画の世界だけ」


食い気味に否定する暗殺者。壁ドンは効果はなかったか。俺には効果抜群だったんだけどな。


「え、暗殺者って少女漫画なんて読むんだ」


俺は普通に、疑問に思ったことを口にした。暗殺者って恋愛とか興味無さそうな感じがしたから。暗殺者は少し恥ずかしそうに、俺の事を睨んで、


「何、悪い?」

「乙女なんだなぁと思って。少女漫画チックなこといっぱいやってあげようか?」

「だから私は女はとっくの昔に捨てたと何度言えば……」

「女を捨てた人はこんな顔するの?」


昨日撮った、キス待ち顔を暗殺者に見せる。暗殺者は顔を真っ赤にして、手錠をガチャガチャと鳴らす。


「おい、待て。お前、携帯の待ち受けにしてるだろ!変えろ!じゃないとこれが外れた時に殺す」

「それじゃあ、一生外せないじゃん。そろそろ結婚式のために外したいんだけど」

「結婚式のために外すなら、一生外れないな。ここで死んでやる」


そう言って鼻を鳴らす暗殺者にニコッと俺は笑いかける。暗殺者は黙って首を横に傾ける。


「じゃあ死ぬまで一緒にいよーな」


この状況だけ見るととても恐ろしい言葉。それだけ言うと、俺は昼ごはんを作りにキッチンへと向かった。今日はナポリタンかな。


後ろで手錠を外そうと必死で試行錯誤している暗殺者が見えて、つい笑ってしまったのはまた別の話。


♣♣

星が欲しい。

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