第7話

飲んでいたコーヒーのカフェインが切れ始めた頃、重たくなる瞼を精一杯あげながら、二人とも不敵な笑みで見つめあっている。暗殺者と俺が作る独特の緊張感と心地よい瞬間がまざったような、そんな不思議なものだ。


「暗殺者……そろそろ寝てもいいんだぞ?」

「相模こそ、私はまだ眠くなくてなぁ」


語尾に蕩けを感じる声を出す暗殺者。俺は特殊工作員時代はほとんど寝ずに過ごすという奇行をしていたために眠気というのには慣れている。今は現役時代ほどではないが……。


「首、カクンカクンしてたぞ?子守唄でも歌ってやろうか?」

「大丈夫。だから安心して相模は寝て」


こんなことを30分くらい続けている。暗殺者は意地でも寝ようとしない。さっきの現役時代の話は撤回だ。さすがに俺も限界は超えていて、眠気はピークに達している。衰えているものなのだな。もう一度前線に復帰なんてことは考えていないが、不可能だろう。今の時間は深夜の2時くらいになっていることだろう。


俺がここで寝たら、何かの拍子で手錠が外れた時に確実に殺されてしまう。今の暗殺者はまだ俺を殺す気でいるはずだ。


「なんだ、俺の家じゃ不安か?手でも握ってやろうか?」


我ながら、いい考えだ。手錠がついていない手さえ握っておけば、暗殺者が変な動きをした時にも対応することが出来る。手を外すなんて行動をとれば振動で目が覚める。


「私に近づくな!ど、どうせ夜這いをかけるつもりなんだろ!眠っていることをいいことに色んなことをするつもりなんだろ」


俺が手を握ろうとすると、暗殺者は叫ぶ。ちなみに俺の部屋は防音なので、近隣の迷惑は考えないでいいぞ。しかし暗殺者から夜這いなんて言葉が出てくるとは思っていなかった。俺はただ殺されることを心配していただけだ。


「夜這い……されたいのか?俺はそんなこと、思ってなかったんだが」


俺が嘘偽りのない少し呆れたような顔で暗殺者のほうを見ると、彼女の顔には焦りが見受けられた。


「……っ!嘘だ!じゃあなんで意地でも起きようとするんだ。そんな必要などないはずだが?」

「普通に、暗殺者に殺されそうなのが怖かったからだけど」


暗殺者の顔がみるみる赤くなる。多分、拍子抜けた顔をしている俺から、気まずそうに目をそらす。


そりゃ勘違いして先走ったんだから、それくらいの羞恥は受けてもらわないといけない。少しだけ体をよじらせて手錠の音を鳴らした暗殺者。


「まぁ、私も相模を殺すために起きていたというのもあるんだがな?夜這いが怖いなんて言うのはついでみたいなもんだ。そもそも怖くない。女を捨てた私がそんなことに恐れるわけないんだからな」


強がるように鼻を鳴らす暗殺者。強気な姿勢をこちらに見せる暗殺者を少しビビらせてやろうと思う。


「じゃあ夜這いでもしよっかな。眠気覚ましにでもイチャイチャしよっか」


俺がかけた脅しだが、あまり効果はなかったようで俺の目を見て、余裕しゃくしゃくの暗殺者。


「相模はどうせ何も出来ない」

「それはどうかな?」


俺を童貞だからと、嘲笑っている暗殺者。そんな暗殺者に向かって、俺は挑発に乗るように言葉を吐く。


俺は抱き寄せるように、宙ぶらりんになっている暗殺者の腰に手を回した。少し逃げるそぶりを見せたが手錠につながっているために逃げられないことを察したのか、静かになった。そしてまだ赤い暗殺者の顔に、自分の顔を近づける。次に手を暗殺者の腰から首の後ろに回す。まるでキスでもするように。


「はぅっ///」


なんとも言えない抵抗の声を衝動的に出す暗殺者。そして、ギュッと目をつぶる。それは俺からのキスを待つように。何とも言えない乙女の表情である。


暗殺者は俺のスマートフォンのカメラがだす、シャッター音で目を開ける。何が起こったのか、自分が行ってしまった失態を瞬時に理解したのだろう。


「相模……お前」

「暗殺者ちゃんのキス待ち顔ゲットぉぉぉ!携帯の待ち受けにしちゃおっかな」


そう言って、ビビりながらも俺からのキスを待って、目をギュッと瞑る暗殺者の顔がスマートフォンに映し出される。


俺のスマホを取ろうと、暗殺者は手を伸ばすが手錠がかかっているのでとることは出来ない。


「消せ!そんな顔!」

「可愛いなぁ、暗殺者ちゃんは。こんな顔も撮れたことだし、寝るよ。おやすみ」

「おい、まだ話は終わってないぞ!相模!さぁがぁみぃー!」


そう言って、叫んでいる暗殺者を尻目にベッドへと向かう。俺は自分の布団をもって暗殺者の方へと向かう。


すべてを諦めてぐったりとしている暗殺者に、布団をかけてあげる。ふわりと暗殺者のもとにかかる布団を見て、彼女は何とも言えないような驚きの顔を見せた。


「ほら、布団だ。そのまま寝たら寒いから」

「そんな優しくしてもさっきのことは許さないぞ。でも、ありがとう」

「はーい」


布団を手でしっかりと掴む暗殺者に適当に挨拶を返して、ベッドへと帰る。飛び込むようにして寝込む。今日は疲れた。


俺はさっきのキスのことについて考える。本当はしようとしていて、ビビってやめてしまったことを。頭を抱えながら、じたばたと動きながら眠ることになった。


♣♣

星が欲しい。


ちょっとした感想もしっかり読んでるのでくださいな。

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