第5話

暗殺者はこの光景や状況にはすっかり慣れたようで、手錠にぶらさがった腕をだらしくなく、ぶらぶらとさせながら、暇を持て余したように暗殺者は尋ねる。


彼女はこの空白の時間を埋めるように、どうでもいい質問をする。大して興味もないくせに。


「お前はモテないのか?外見から想像するに、モテそうだとはおもうけど」


抑揚つけずに発された言葉に俺は精一杯の言葉で返答する。


「出会いがなかったと言えばいいかな。会うのはいつも屈強な男ばかりだから、恋愛なんて考える暇もなかったよ」


暗殺者はどうでも良さそうに、相槌をうつ。暗殺者からしたら、俺の過去の話なんてどうでもいいだろう。ちなみに俺は暗殺者の過去に興味がある。


「暗殺者は恋はしたことあるのか?」

「そりゃ、ある。色んな男と色んなことをしてきた」

「やっぱり暗殺者は可愛いもんなぁ。男が群がるのも分かる。だって今、俺が絶賛、恋に落ちるんだから」


俺が暗殺者のことを褒めちぎると、暗殺者はバツの悪そうな顔をしてぶっきらぼうに自分の真実を話した。


「嘘だ。私は任務以外に人とあわない。すまない、見栄を張った」


俺なんかにしょうもない嘘をつく暗殺者に、再び愛が溢れてくる。


小さな嘘でも良心が痛むのか、嘘だと言ってくれるところに、本当に暗殺者という仕事が向いているのかと疑いたくなる。


やはり暗殺者は自分の仕事にむいていない。早く俺の嫁に永久就職した方がいい。


「じゃあ、暗殺者は処女ってことなのか?」

「……知らん」

「2人とも初めてなら安心だな。暗殺者が手馴れてたら俺が下手だってバレるから、一緒に上手くなろーな」

「上手くなるって何回もする気?」

「そりゃ、暗殺者がおれを求めてくるだろうからな」

「はぁ……」


暗殺者は大きくため息を吐いた。でもすぐに表情を変えて、俺に質問をする。今度は少し興味がありそうな顔をした。声に少しだけの長短がついている。それに少しだけ彼女の体が起き上がっている。


「相模はなんで私を無理やりに犯さないんだ。手錠で繋がってるんだから、私をやりたいようにできるはず……」


後半消え入るような声になったが、そういう関連の話が弱いのだろうか。うぶすぎる。尊い。


「俺のやりたいようにされたいのか?暗殺者がされたいならするよ。そういうのが好きーって言うならさ。でも無理やりはしたくない。これは俺の勝手な理想論だけどさ」


監禁している時点で何とも言えないけどな、と付け加える。


俺の無理やりというされたいという質問には彼女は勢いよく横に首をふった。俺のしたいようにはなりたくないらしい。暗殺者はあたり前ともいえる質問を口にした。


「なんで……」

「俺は本当に愛し合って行為がしたいんだ。無理やりするのになんの意味もない」

「……じゃあ、相模はずっと童貞のままだな」


そう言って、暗殺者はクスリと笑った。不意打ちの笑顔に、俺の脳がフリーズする。


暗殺者の笑顔を余韻に浸っている完全に通信制限がかかった俺に、心配そうに暗殺者は顔をのぞきこんだ。少しだけでも心を許してくれたのだろうか。それならおれは嬉しい。


しかし、彼女の心は落ち着くなんてことはなかった。何かを思い出したかのように目を開くと、少し恐怖を混じらせた声で言葉を吐く暗殺者。


「最強とまで言われた特殊工作員が何、間抜けな顔をしている。でも残念だったな。私が帰ってこない今、使えない私を殺しに政府の部隊が来るだろう」

「暗殺者を殺しにか?」

「任務を失敗したら、殺されるんだ。相模のところもそうだったろう?」


そう言って暗殺者は遠い目をする。多分、仲間も殺されてきたんだろう。そういう世界で生きているのだから仕方ない。しかしそんな暗黙の了解みたいなことなんてどうだっていいんだ。


「じゃあ、こうするまでだよなぁ?」


俺は腰にしまっていたナイフを取り出す。そしてナイフを右手に握り替えると、暗殺者の持たれている柱の耳元の近くを勢いよく刺した。目を大きく開けて驚いている暗殺者に笑いかける。


「暗殺者は俺に今の一撃で殺された。だからしょうもない部隊ともお別れだな。殺しに来たって俺に返り討ちにあって死んでるんだから無理だろ?今、暗殺者である君は死んだんだ。だから大人しく俺のパートナーになれ」


一瞬でも驚いた自分がバカバカしくなったのか、気の抜けた顔になる暗殺者そして冷静な顔を作り直して、すかさず俺の事を罵る。


「……いきなり何をするかと思ったら……馬鹿?」

「強いて言うなら、暗殺者の限界オタクかな」

「あ、本当に馬鹿だ、この人」


呆れたように暗殺者は答えて軽く笑った。


♣♣

星が欲しい。


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