第51話 学校でのランチタイム
翌日の学校。
僕、中島さん、アレクシア、葵さんの四人で昼食を取っていた。
場所は後者の隅の空き教室の一角。
はじめは屋上で食べたり、教室で食べたりしていたのだけれど。
『葵さん、こっちむいてー!』
『葵―! 愛してるー!』
『弟子にしてくださいー!』
などと葵さん目当ての野次馬が次々に来て食事にならないどころか、周囲の迷惑になってしまっていたので場所を変える必要ができた。
前の学校ではどうしていたのかを聞いたところ、
『北辰一刀流宗家の家族は、大体学校のVIP室で食事をとっていましたが』
こんな田舎の学校にVIP室なんてあるわけがないから、教師に相談して空き教室の一つを貸してもらうことになった。
「それにしても……」
中島さんが、僕と葵さんのお弁当を見比べながら呟く。
僕と葵さんのお弁当は黒ごまをふった白米に鮭の塩焼き、菜の花のおひたしにお新香。
ちなみにアレクシアは黒パンにシュヴァイツネクセというドイツの豪快な豚肉料理、中島さんは煮物を中心としたおかずだ。
「いくら決まりって言っても、年頃の男女が一つ屋根の下っていうのはどうかと思うよ?」
そう。葵さんは今、僕の家に一緒に住んでいる。
武道で弟子入りする場合、「内弟子」といって師の家に住み込みで身の回りの世話をしながら技を習うという形態がある。
空手や合気道では、今もそういった方法をとるところがあるらしい。
「別にどうということはありません」
葵さんは涼しい顔をして鮭の切り身を口に運ぶ。
「道場破りは下手をすれば殺されていてもおかしくありません。今の状況は恵まれている方です」
「江戸時代、勝っても負けても道場破りの運命はあやうかったと聞きます。命がけの修行でこそ剣の腕は磨かれます」
「いや、殺さないから」
「まあ、宗太も自制心はあるほうですシ。アオイもそう簡単に花を散らす腕前でもありませんかラ」
アレクシアがニヤつきながら言った言葉に、中島さんは顔を真っ赤にしたが葵さんは頭上に疑問符を浮かべているだけだった。
僕はというと、男子が一人なのでこういう下ネタはいたたまれない。
「そ、それより!」
僕はわざとらしいと思いながらも、話題を変えた。
「中島さんのほうは大丈夫なの?」
僕が聖演舞祭で本当は優勝だったのに準優勝となった、人口知能マヨイガに組み込まれていたイワナガ。
それを中島さんが発見したのだ。
だが、企業秘密の塊であるマヨイガのデータを探ったとなれば必ず大元の四菱工業にばれる。四菱工業は財閥と言っていい大企業であり。
そして中島さんの会社は四菱工業の下請けである。
「それはもウ」
アレクシアさんが碧眼を細めながら、悪い顔で笑う。
「下請けの女に秘密がばれたことに、たいそうお怒りのようでしタ。契約をすべて打ち切るとか、娘がどうなってもいいのかといった脅迫かラ。娘を四菱工業の御曹司がもらってやるという懐柔策まで。様々ありましたネ」
「そんな……」
中島さんの手から箸が滑り落ちる。
乾いた音を立てて転がる箸が、静寂に包まれた教室に気持ち悪く響いた。
「ご心配なク。権力というのはこういう時のために使うものでス」
アレクシアが肉を噛むさまが、まさに悪役の演技だ。
「エサで釣ってから脅しをかけル。ただそれだけでス。それにしても最後の懐柔策は笑えましたネ。アヤが受けるわけないでしょうニ」
アレクシアが僕と中島さんを交互に見ると、彼女は眼鏡の奥で目を伏せてしまった。
「それはそうだね。そんなことになったら困る」
「え?」
「柳生さん、それ本気ですか?」
「あらあら」
中島さんは熱のこもった視線で僕を見つめ、葵さんは呆然とし、アレクシアはにやにや笑いを浮かべた。
「古流は数年単位で習うものだし。中途半端なままいなくなられるのもね」
僕がそう言うと、三人はなぜか僕をバカにするような目で見た。
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