第48話 正義におぼれる
時が、止まる。
凍てついたような空気の中で、アレクシアがいたずらっぽく笑った。
「冗談ですガ」
時が動き出す。
金糸の髪が、彼女が笑うのに合わせてさらさらと揺れた。
「びっくりしたよ」
「悪い冗談ですね」
中島さん、葵さんがぷりぷりと怒るがアレクシアは意に介した様子もない。
「すみませン、ですが」
アレクシアは美鈴さんに向き直り、笑顔で言った。
ああ、この笑顔は何か良からぬことを企んでる時の笑顔だ。
「ソウタと一体、どのようなご関係ですカ?」
アレクシアに言われた美鈴さんは、一転泣きそうな顔になって僕と目を合わせた。
「あの時はごめん。助けてくれたのに、ひどいこと言っちゃって」
会話からおいていかれている三人に、僕は中学時代美鈴さんとの間にあったことを話す。
幼馴染で、一緒の部活だったこと。
下校中、美鈴さんが不良に絡まれていたこと。
助けたけど、美鈴さんを怖がらせてしまったこと。
「わざわざ、謝りに来てくれてありがとう。……気を使わせちゃったね」
中島さんがそっと席を立ち、お茶を淹れなおしてくれる。
こういう気づかいはホント有難い。
お茶うけに出してくれたシュトーレンを口に運ぶと、砂糖の甘さとドライフルーツの酸っぱさが口いっぱいに広がって幸せな気持ちになる。
「でも、いいんだよ。僕が調子に乗っただけの話だし。美鈴さんの気持ちも考えずにね」
沈黙がしばらく続くが、それを打ち破ったのは葵さんだった。
「柳生さんが、謝ることはありません」
その場の視線がすべて、葵さんに集まる。
「助けてもらって感謝の言葉もなしにその場を去って、あなたに重荷を負わせたのはこの子でしょう」
「言いすぎだよ、葵さん」
中島さんがたしなめるが、葵さんはひるむことがない。切れ長の目をさらに鋭くして、それに動じないのはアレクシアだけだ。
「いえ。あなたも聖演舞祭の会場で助けられたと聞きます。でもあなたは柳生さんに無理なことをした、と心配なさったではないですか」
空気がちょっと嫌な感じになる。
正義感が強いのは葵さんの美点だけど、欠点でもあるな。
「アオイ…… あなたも変わりませんネ」
三枚目のシュトーレンを我関せずという感じで平らげたアレクシアが、碧眼を細めた。
「正義を信じ、正義におぼれる。それだから四菱工業や古武道協会に利用されるのですヨ」
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