第43話 仕掛け

 刀中勢、猿廻、浦波。そして葵さんの鶺鴒の攻め、木の葉落とし。

 互いの技が衝突し、文字通りに火花を散らす。刃こぼれしていた柳生流の刀が、さらに朽ちていく。だが秘術の限りを尽くしても、二度目の対戦のためか拮抗がなかなか崩れない。

「前よりも動きがいい…… 本気を出していなかったのですか」

 攻防が伯仲し、自然に間合いが開いたとき葵さんがそう口にした。

「そんなことないよ」

 大観衆の前でないせいかプレッシャーがずっと軽く、さらに努力もしないで選手と感動を分かち合おうなんて言う不愉快な観客もいない。

 おかげで目の前の戦いのみに全神経を集中できる。

 僕が求めていたものは、聖演舞祭じゃなくこういう戦いだった。

 ただ心技体を磨き上げ、なんの忖度もなしにぶつかり合う。

 目を突いた僕の刀が葵さんに払われ、喉へのカウンターの突きとなって返ってくる。

 ただかわしたり、刀を払えば続けざまの三連突きが来る。僕は政宗の刀に自分の刀を触れ合わせ、張り付くようにして動きを封じた。

「くっ!」

 葵さんは全身をばねのようにして使い、とっさに距離を取った。まるで猫か虎のような身のこなし。生来運動神経に恵まれた人間だったのがはっきりとわかる。

 運動が苦手だった僕とは、大違いだ。

「相変わらずですね」

 葵さんが息を整えながら、僕をにらみつけてくる。

 追い詰められたのは僕なのに、なぜかさっきより表情に余裕がない。

彼女にしては珍しく切っ先が定まらず、呼吸に合わせてぶれていた。

「猿廻という技術にも似ていますが、刀同士が合わさると厄介ですね。正直刀を合わせてからの攻防は、私より上でしょう」

「負けを、認めるのですカ」

 正座して勝負を見守っていたアレクシアの声が聞こえた。真剣勝負なら、そういう決着のつき方もなくはない。

「戯れ言を」

 葵さんが再び仕掛けてきた。

 遠間から攻めてくる戦法に切り替えてきた。リーチが長い僕が有利のはずだが、高校生一ともいえる葵さんのスピードはそれを補って余りある。

 体の周りで散る火花の量が増えていき、僕の手数が少なくなっていく。

 奥義である合撃打も、面を打ってこないと使いづらい。小手や突きに合わせるやり方もあるが、それはもう一つの徳川将軍御指南の得意技だ。

「刀を掴んだり、自分の刀を盾にしたりとあなたの変幻自在の技には手を焼きましたから。この間合いなら刀を掴むことも、相打ちに見せて刀の軌道をわずかにそらす技も使えないでしょう」

 柳生流は変幻自在の太刀筋が持ち味でもある。奥義で使用される面打ちだけでなくかぶせる太刀、払う太刀、抜く太刀、下からの太刀と使ってみるがことごとく避けられた。

 いや、当たらない。刀の切っ先のぎりぎり外に身を置き、ヒットアンドアウエーのような攻防に切り替えている。

「あなたの間合いはもう見切りました。刀が届かない限り、技は使えません。降参しますか?」

「戯れ言を」

 同じ言葉を言い返してやる。舐めてくれたものだ。

 父さんから、戦国期から受け継がれてきた柳生流を。

 僕は刀の柄を握る手の内を、わずかに緩めた。

 そのままさっきまでと同じように打ち合う。少しでも今までと違った雰囲気を出せば、相手は警戒するだろう。なにしろ高校生最強だ。

 刀を振り上げて、柄頭を握る左手の手の内をさらに緩める。この時に仕掛けがある。

 胴が空いたから当然そこを狙って葵さんは打ってくるが、僕は波間を進む舟のような体捌きで右横に移動。

 正面に集中することで虚となった葵さんの左肩を狙って刀を振り下ろした。

「な……」

「え?」

「なんでだよ」

「グート」

 間合いはとっくに見切られている。ただ振り下ろしただけの太刀が当たるはずがない。だが僕の刀は確実に葵さんの肩を捉えていた。

 剣道では一本にならないが、柳生流では寸止めにすることで相手の攻撃を封じる。

 また肩甲骨がむき出しになっている個所に当てることで肩の骨を砕くこともできる。

 マヨイガが発動し、リストバンドがほどける。葵さんの小柄な体が黒い繭に包まれた。

 本来なら決勝戦で見るはずだったものを、やっと見ることができた。


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