第42話 再戦
「ここで立ち会っていただきます」
正宗の名刀とマヨイガを、背負ってきた刀袋から取り出しながら葵さんは言った。
いきなりの展開に、中島さんもアレクシアも、広田も目を白黒させている。
「どうしたんですか、葵さん」
「ずいぶんと急ですネ。アポもなしとは、ビジネスの世界では門前払いですヨ」
戸惑う中島さんに、ニヤニヤと笑うアレクシア。広田はただ大口を開けて呆けていた。
この中で一番葵さんとの接点が少なく、心の中で神格化された面が大きいのだろう。
「なんでいきなり…… しかもこんな場所で」
「納得がいかないからです」
僕の言葉を、紺色の道着に身を包んだ葵さんはぴしゃりと遮った。ポニーテールが、心なしきつめに結ばれている。
「明らかにあなたが勝っていた。にもかかわらず勝者は私、こんな屈辱的なことがありますか」「四菱の人間から、話を聞いたのですカ」
アレクシアがゆっくりと、だけど真剣に告げる。葵さんを侮蔑していない表情を、僕は初めて見た。
だがその表情は、すぐにあからさまな嘲笑にとってかわられる。
「技術屋に真剣勝負をうんぬん言う資格など、ないでしょう」
中島さんが軽く腰を浮かせかけたが、アレクシアがそれを止めた。
「大男、総身に知恵が回りかね、などと言いますガ。小柄な女子ながら、アオイ。あなたはバカですネ」
「どういう意味ですか。それともあなたが、立ち会うとでもいうのですか」
「いえいえ、まだ気づくどころか察してもいないのデ。哀れに思えてきたのでス」
「戯言を……」
葵さんは政宗の名刀を腰に差し、マヨイガを手首に巻いた。
「ここならば邪魔は入りません。正々堂々、勝負です」
鞘に施された螺鈿の装飾と貝の真珠質の部分。聖演舞祭りの興奮が、鮮やかによみがえってくる。
「わかった。やろう」
腹が決まると同時に、意識せずともそう口にしていた。
「柳生くん?」
「ソウタ?」
「おい、お前……」
僕は聖演舞祭で使ったため、刃こぼれしたままの柳生流の刀を取り出す。
「確かにあの時はアクシデントがあった」
まだイワナガのことを口にしてはいけない気がして、それだけ言う。
「それなしだったら、どうなっていたか。何より僕が、やってみたいんだ。何の忖度もない状況で、どっちが上か」
藤の蔓を巻き、漆で固めた鞘に納められた刀を腰に差す。左腰に伝わる重みが、瞬時に意識を切り替えた。
道場の静謐な空気、慣れ親しんだ板の間の匂い、わずかに聞こえる潮騒の音。
そういったものをすべて意識からシャットアウトし、ただ道場で対峙する葵さんだけを見つめる。
相変わらずの、小さい体を巨人と見紛うほどの迫力。
「なら、早く始めましょうか」
葵さんと僕が開始線を想定した間合いに立つ。
「お、おい。審判はどうするんだよ」
しどろもどろにそう言う広田からは、僕を剣道場で問い詰めた時の雰囲気は微塵もない。
「不要です」
短く断言する葵さんと、無言でうなずく僕。
古式の作法というものに慣れているのか、中島さんも意外と落ち着いていた。
「宮本武蔵や新選組の果し合いで、審判がいましたカ?」
アレクシアの一言に広田も納得がいったようだ。
勝負とは本来互いの意思で決めるだけだ。その結果がどうあろうとも。戦国時代や江戸時代の果たし合いは、まさしくこんな感じだったのだろう。
みんなを道場の隅に下がらせ、僕と葵さんは対峙する。
空気が徐々に張りつめていくなんてことはない。はじめの合図すらなく、互いの刀がぶつかり合う。
葵さんの政宗は、すでに研ぎなおしに出したのか刃こぼれが見当たらなかった。
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