第41話 来訪者
翌日、登校した僕を出迎えたのは好奇の視線だった。
雑誌やテレビでのインタビューを見たのか、通学途中から視線を感じていたけれど。
教室にたどり着くや、クラスメイトに取り囲まれるように質問攻めにあった。
さらには最小限の挨拶しかかわしていなかったクラスメイトが、親し気に話しかけたり、定規を剣に見立てて軽く打ってきたりする。
広田とも会った。どんな声をかけたらいいかわからず、口ごもってしまったけれど。そんな僕の表情を見ていいように解釈してくれたらしい。「しょーがねーよな」と軽く笑いながら背中を叩いてきた。
背中に跡ができるくらいの力だったのは、彼なりの優しさなのだろう。
教室の外では、体育会系の男子や少しチャラめの男子が声をかけてくることが多い。
「オッス! おはようございます!」
「アニキ!」
女子もまあ、似たようなものだ。登校中、遠巻きに僕を見て黄色い声を上げる場面も何度かあった。胸がくすぐったく、嬉しいと思うこともあるけれどふと虚しくなることもある。
こんな関係が何の役に立つのか。彼らは僕がいじめられると助けてくれるのか。そう疑ってしまう。
休み時間も他のクラスや学年から人が押しかける状況は、数日するとある程度落ち着いた。
でもその後も僕に対して知らない人が挨拶してきたり、サインをせがまれたりすることが増えた。
正直、うっとうしい。
この間までいないもののように扱っておいて、いざ軽く有名人になるとこの態度の変わりよう。ますます人間が嫌いになる気さえした。
僕一人だったら不機嫌な気持ちが表情に出ていただろう。
そんな僕の様子に気が付いたのか、クラスメイトに話しかけられているとアレクシアや中島さんが間に入ってくれた。
彼女たちにつられて笑うと、クラスメイトとの会話を楽しんでいると勘違いしてくれるらしい。少なくとも僕が空気を悪くするような場面はなかったようだ。
柳生流をやってみたいと話しかけてくる人もいた。
でも父さんが生きていたころの古武術ブームを思い出す。ブームの際に一時的に道場に入門し、ブームが去るとやめていった多くの人たち。
柳生流は剣道のような自由な打ちあいの前に、徹底的に形を反復する。実際に体験してもらってもそれになじめないのか、ほとんどの人が入門までは至らなかった。
中島さんやアレクシアが柳生流の専門チャンネルを動画サイトで配信してくれた。だけどそれでも、増えるのはアクセス数だけで入門者じゃない。
放課後、カラオケやボーリングなどに誘われることが増えた。
せいぜい駅前くらいにしかそう言った施設がない汐音町だけど、遊ぶところはある。夏になれば海にも行ける。
僕もリア充の仲間入りだ。
駅近くのカラオケにクラスメイトと連れ立って入る。なれなれしく肩に手を回してくるクラスメイトも多い。
中学時代の友達に会うと僕を聖演武祭準優勝と紹介して、反応を楽しむ。
全員で上手いのか下手なのかわからない歌を披露しあって、拍手したりからかったりする。流行の曲を知らないので小学校の頃に習った蛍の光やめだかの学校を歌ったら、爆笑された。
不愉快だ。リア充のどこが楽しいのか、さっぱり理解できない。
やりたくもないことをして、笑いたくもないことで笑う。
どうしてこんなことに時間と金をかけられるのか、理解できない。
でも社会に出たらもっと、人付き合いで束縛される時間が増えるのだろう。それに耐えるための予行演習と思えばいいのかもしれない。
実戦を想定して苦行を積む、これも稽古のうちか。
「っていうことがあったんだけど、どう思う?」
以前に比べ人が増えた柳生流の道場で、僕は三人に増えた門下生に声をかける。
彼らは何とも言えない表情をしていた。ドン引きというか、複雑というか……
「まあ、そういうノリが好きじゃない人は結構いるし…… 私も賑やかなのは苦手だけど、周りが楽しそうにしてるのを見るのは好きだよ?」
「ビジネスではコネで決まることもありますカラ」
「捻くれてんな~。というか、童謡歌ったからギャグかと思われたんじゃね?」
基本の振り方や姿勢を習っていた中島さんが、汗で張り付いた黒髪をかき上げながら答えた。
広田も聖演武最後に入門した。真剣に慣れたいということで、居合のみ集中して習っている。
柳生流の使い手としてではなく、あくまで剣道家として高校最後の聖演武祭に臨みたいらしい。
そのまま中島さんが入門した時のことに話題が移っていく。
「以前国立武道館で絡まれてから、お父さんに『勉強もいいが、護身のためにも何か武道でもやったほうがいいかもしれんな』って言われてて」
「アレクシアさんの付き添いしながら、入門しようかどうか、柳生くんの道場を見てたんだけど」
「一週間も、ですカ?」
「なげえな…… 俺なら即決めだぜ」
二人はそういうけれど、僕は中島さんの気持ちがよくわかる。
今まで経験したことのない世界に飛び込むのって、すごく勇気がいるから。
僕も剣道部に入る際に、剣道場に行って、入り口近くをうろうろして帰ったり。外から中の声だけを聞こうと近くでスマホを眺めてる振りしたりしていた。
最後には部員に見つかって「入部希望者?」って言われたんだけどね。
中島さんの木刀を振る動作はぎこちないけれど、お茶の稽古をしていたというだけあって足運びは慣れるのが早い。この日舞や能のような柳生流の足運びは、現代スポーツのように踵を上げる動作が身についている人は修正が難しい。
それに、入門するのに時間をかけてくれたのは嬉しい。
すぐに決める人はすぐにやめてしまうから。彼女はきっと、柳生流を長く続けてくれるだろう。
「それに柳生くんの武術は、ただ乱暴なだけじゃない。武道と格闘技って、見てるだけでも怖かったけど」
「柳生流はまず、人の体を傷つけるんじゃなくて相手が動かないように止める。それが見てて、わかった。だから安心できるんだ」
習い始めた時の僕と、ほとんど同じ感想。
自分が好きなことに同じ思いを抱いてくれることが、こんなにも嬉しいことだったのか。
足さばきと基本の打ちを行う中島さん。他の入門希望者が退屈だとこぼしていた形の稽古を、彼女は嫌な顔一つせずに黙々と行っていた。
「形を繰り返し行うのは、お茶とかのお稽古で慣れてるから…… 形を繰り返すの、結構楽しいよ? 日常でありえない動きがあって、少しずつ自分の技術が向上するのが実感できる」
二人で木刀や袋竹刀を打ち合わせるときにはまだ目をつぶってしまう。だけど三人の中で一番真摯に取り組んでくれた。
「そういえばアレクシアは、まだ日本にいて大丈夫なの?」
「まだ留学期間は残っていまス。それに、今回の件で北辰一刀流や古流とだいぶ揉めたのデ、その後始末もしないといけませんシ」
「……大丈夫?」
武道の世界は綺麗事じゃ済まない面もある。不安が顔に出ていたのか、アレクシアは大げさなくらい陽気な笑顔を浮かべた。
「ご心配なク」
でも僕の心配をよそに、アレクシアは顔の前で腕を振ってあっけらかんと笑った。
「多少の妨害など、シーメンス社の前では問題になりませン。それに聖演武祭というヤーパン屈指の大規模イベントの準優勝者と懇意にするのは、ビジネスの面から言ってもそんなに不自然ではありませんシ。いくつか企画も考えていまス」
「企画って?」
「現段階ではまだ言えませんネ」
手入れがされた道場に響く、休憩時間中の和やかな会話。
潰れる心配のない道場に、少ないけれど柳生流を学ぶ仲間がいて。
ずっと欲しかったものが、やっと手に入った感じがした。
稽古を再開しようと、僕は立ち上がる。すると玄関の呼び鈴が音を立てたのが聞こえた。
僕は来訪者を迎えるべく、道着姿のまま母屋へ歩いていく。
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