第36話 八百長試合

 観客席から敗者である僕を労う声と、勝者である葵さんを称える声を受け取った後。

 葵さんは勝利者インタビューを受けるために試合上に残り、僕は特設室へ向かった。

「北辰葵選手に健闘されましたね!」

「初出場の流派で準優勝、おめでとうございます!」

 通路の途中で僕にマイクとカメラを向けてくるテレビの人も何人かいたけれど、そのすべてを無視して歩いていく。

 この分だと、特等席にも押しかけてくるだろう。そのために用意されているのが、特設室。これまで一度も使わなかったけれど、敗退後にマスコミに取り囲まれないために特別に用意された部屋。

 白い照明が目にうっとうしく、掃除の際の薬品の臭いが鼻につく。

 ついさっき緊張感と高揚に包まれて歩いた国立武道館の廊下が、今では全くの別物に感じられた。

 僕に負けた人たちも、こんな気持ちだったのだろうか。

 特設室の扉の前に立つと、どういう反応をされるか怖くなった。

 準優勝した僕を、どう迎えてくれるだろうか。

 負けたけど敢闘はできた。アレクシアなら、両手を蝶の羽のように大きく広げて「お疲れ様でしタ」「いい試合でしたヨ」とでも言ってくれるのだろうか。

 中島さんなら? 「……頑張ったね」とそっぽを向きつつもはにかみながら答えてくれるのだろうか。

 広田なら背中を強く叩いて喝を入れてくれるだろうか。

 疲れた体を引きずり、口惜しさを噛み締めながらドアを開ける。

 畳十畳ほどの広さの部屋に、白っぽいデザインの長机と椅子が数脚。金属製の脚が照明を眩しく反射していた。

 机にはタオルや飲み物、中島さんの私物なのかノートパソコンが置かれている。

 広田はおらず、僕を真っ先に出迎えてくれたのはアレクシア。

 でも想像の彼女と現実の彼女は全く違って。

 吊り上がった眦と深くしわが寄った眉間、音が出そうなほどに噛み締められた顎。

 金糸の髪が空調の風で揺れ、南の海のように蒼く澄んだ瞳に陰を落とす。

 腕を大きな胸の前で組んで僕を睨みつけ、こう言った。


「不甲斐ない試合でしたネ。もう少しで勝てたのにあんな醜態ヲ」


 その言葉と表情は、今までに見たことがないような怒りに満ちて。

僕は何が何だかわからなかった。

「さっきからずっと、こんな調子で……」

 呆然と立ち尽くして、おろおろと僕とアレクシアを交互に見る中島さん。そんな彼女を見ると逆に落ち着いてくる。

 怒るのはわかる。不甲斐ない試合と責めるのも納得できる。でもこの感情表現は少し異常だ。

「もう少しであの北辰一刀流の連中に目にもの見せてやれたのニ」

 それからも北辰一刀流に対する怨嗟の念がこもった言葉を吐き出し続ける。

 疲労した体が重く、汗が貴賓室の磨かれた床に一滴、また一滴と落ちる。

 やがて会話が途切れたところを見計らい、僕は口をはさんだ。

「転校してきた翌日、北辰一刀流の見学に行ってきた後にも様子が変だったけど。今回のこととも何か関係が?」

「そうですヨ…… あいつらはサムライの名を穢した豚共でス」

 アレクシアは醜い渋面のまま吐き捨てた。

「ソウタ、アヤ。そもそも聖演武祭が何なのか知っていますカ?」

「何なのか、って……」

「マヨイガを使って安全に、色々な流派の人が技を競い合って真のサムライを決める大会、でしょ?」

 僕と中島さんのセリフに、アレクシアは整った顔立ちをこれ見よがしに歪めた。

「この聖演武祭は、八百長試合にすぎないのでス」

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