第27話 人はそんなに怖くない
特等席に戻った僕は、一回線の後よりも会場からの視線が集まっているのを感じた。
でも。
「どうしたの、柳生くん? 勝ったわりにはあんまり嬉しそうじゃないけど……」
中島さんは真剣同士の試合にも慣れたのか、さっきほどは心配せず僕を出迎えてくれた。
慣れるのが早いとも思うけど、マヨイガのすごさを肌身で知っていることもあるだろうか。
アレクシアも広田も、同じように声をかけてくる。
僕が葵さんの試合のことを説明すると、
「それより見て、クラスのライン、みんな柳生くんを応援してるよ」
中島さんは僕を気遣うように笑顔を浮かべ、作業着のポケットからスマホを差し出した。
『がんば』
『応援してる~』
『こんな技もあるんだ』
『確かにこれは、剣道では使えんわ……』
『柳生の意外な一面。結構こわ』
『だがそれがいい』
幸い、好意的なコメントが多い。でもこれは、発言者が明らかだからこう言っているだけじゃないだろうか。
個人的なやり取りでは陰口を言われてるんじゃないだろうか。人間なんて、卑怯なものだ。
そう思って、怖くなる。
「動画編集サイトも、見せてもらっていい?」
Youtubeを開く。試合中の僕の動画が次々にアップされコメントも続々とついていたが、
『こいつ誰?』
『柳生流剣術って…… 聞いたことねえwww』
『そもそも何で出場できたのか謎』
僕を揶揄するようなコメントが多い。多少は僕を持ち上げてくれるものが入ってるのが救いだ。
「柳生くん…… あんまり気にしない方が良いよ」
「そうだぜ、ネットの声なんざ気にしてたらきりがねえ」
「リスクを負わない立場の人間など、見るに値しませン」
逆に北辰葵の動画は検索している間にすら次から次へと新しい動画、コメントが出てくる。コメントも好意的なものばかりだ。
『葵様マジ強い』
『瞬殺って……』
『相手の子可哀想』
『でも敗者にも手を差し伸べて声をかける葵様、マジ天使』
これが、僕と葵さんの差。
実力だけでなく評判でもこれだけの差をつけられている。さっきの試合も僕があれだけ手こずったのに、葵さんは瞬殺だ。
ああ。付き合いが増えると、こうなる。気にすることが増えて、自分ではどうにもならないことが増えて。
結果、心をすり減らし、病んでいく。
それから三回戦、四回戦とコマを進めていく。
幸い高野ほどの使い手はおらず、順調に勝ち上がっていくことができた。
勝ち上がるごとに使う試合場の数は減っていくから、当然注目されやすくなる。一回戦、二回戦の時点では、僕はその他大勢のモブキャラでしかなかった
しかし三回戦くらいから試合場に上がると観客席からの視線を感じることが増えてきた。当然、僕は顔を俯かせることが多くなる。
「あれは……」
「おーい、緊張してるのかー」
「リラックス、だぜー」
人と視線を合わせることがそもそも得意じゃない。そのうえこんな野次まがいの声が苦痛で仕方がない。
勝負のために血のにじむような修業をしてきた人間に、茶化すような声をかけるその神経が理解できない。
目の前の選手よりも観客を斬ってやりたくなる衝動に駆られるくらいだ。
そんな僕を尻目に堂々と試合場に上がり、手を振って観客に答えつつ声援を背に勝ち上がっていく葵さん。
俯きながら観客を見向きもせず、試合が終わるや負けた方より先に試合場を去る僕。
強くなっても舞台が変わっても、人の本質は変わらない。
でも動画では勝ち上がるたび、徐々に僕に好意的なコメントが増えていった。
準決勝では僕を応援する言葉が、観客席から聞こえてきた。
動画のタイトルも「こいつ誰」的なものから「期待の新人」的なものに代わっていく。
『この柳生流剣術の選手って意外とヤバくね?』
『結構強くね? 去年ベスト四入りしたあの高野に勝ってるし』
『前評判全然だったから一回戦見逃したわ~。誰か動画アップよろ』
『とりま、これ。三回戦』
『金的を切り上げって…… マジ鬼畜?』
『それが古流。でも卑怯な手を抜きにしても強い』
動画を見ていた僕と中島さんの目が合う。特等席は一般席と比べて広いとは言っても、四人が輪になれるほどのスペースはない。
スマホを片手に持って見せる中島さんと、道着姿の僕は肩がくっつくくらいの距離になる。アリーナ席のお弁当やお菓子の匂いに混じって、彼女自身の香りが鼻腔をくすぐった。
僕、臭くないかな? そんなことを考えて、必死に心の動揺を押し殺した。
「良かった。元気出た」
目元を緩めた中島さんにそう言われると、たちまち心が騒いでしまったけれど。
「そんなにひどい顔してた?」
「ヤー。さっきまでこの世の終わりでも来たような表情でしタ」
「メンタル弱すぎだろ、豆腐メンタルか」
からかい混じりに言うアレクシアと広田に対し、中島さんは決して茶化さなかった。
「大丈夫。人はそんなに怖くないよ」
あれだけの目にあってもこんな風に言える。そんな彼女は、やっぱり強いと思った。
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