第26話 瞬殺

僕は正眼の構えから体を斜め四十五度に向け、柳生流剣術独特の「青眼」の構えをとった。

「何か、その構え……?」

 高野は完全に僕を飲んでかかっている感じで、上段の構えを取って鋭い眼光で僕を睨みつける。

 ただでさえ身長差がある相手に上段に構えられると、まるで山を相手にしているような気分になる。

 動画で研究した通り剣道を真剣に応用し、大柄な体格を生かした戦闘スタイルらしい。

 僕は上背がある相手に対し、敢えて切っ先を下げた。

「きえエエー!」

 高野はオオカミの雄叫びのような気合とともに、鋭く右足で踏み込んできた。

 隙ができた僕の面を目掛けて長尺の刀が振り下ろされる。

 稲妻のように鋭く、体重を乗せた一撃。それが僕の脳天を一直線に狙う。

 だけど、僕の体を捉えることはない。

 金属同士がぶつかり合う、鋭く大きな音が会場中に響きわたる。

 僕が青眼の構えから腰を落とし、その反動で刀を振り上げて一撃を防いだからだ。

 肩も膝も刀を持つ手首もほとんど動かさない、瞬時の構えの変化。

 腰の動きをダイレクトに剣に伝える古流剣術独特の技法。その一端。


『速い! 柳生選手、斜めの正眼の構えを一瞬で変化させて面打ちを防ぎました!』


 アナウンスと共に、僕らの試合場の近くの観客席が大歓声に沸く。

 高野の顔が驚愕に彩られたかと思うと、即座に愉快そうに笑った。

「君は戦いが好きだね。本当に」

 高野は面打ちを防がれた刀にさらに全体重をかけて押し込んできた。

 前へ前へ、というスタイルか。いいね。そういうの、嫌いじゃない。

 柳生流剣術が得意とする相手だ。

 僕は高野の力に逆らわず、かといって足さばきで横に避けることもしない。

 逆に右手の力を抜いた。

 片側の力だけを抜いたから当然、僕の刀は斜めに傾く。

 力を斜めに流された高野が、軽くつんのめってバランスを崩した。

「ちいっ!」

 しかし高野も弱くない。わずかしか態勢が崩れない。

 だけど僕は左手首と指を利かせ、押し込まれた刀の反動を利用して体の脇で刀を回す。

 高野の力を受け流した軌道そのままに、円を描いて僕の刀は高野の左こめかみへ吸い込まれていく。

「くっ!」

 高野は鋭くバックステップを用いて後退し、僕の刀は虚しく宙を切った。

 今度は中段に構えなおした高野が、息を切らせながら言う。

「今の一撃を止めるんか。しかも衝撃を殺して、受け流して、反撃に移るまで一切動作が途切れん」

「柳生流は円の動き、変幻自在の技が持ち味だからね」

 僕は返答を最小限にして、高野の目を狙って突いた。

 形の中では牽制にしか使われない、目への突き。

 剣道の時間では使えなかった、危険な技。

 しかし高野が顔を横に振ることで空を切り、再び反撃が来る。

 それからは一進一退の攻防だ。

 面、胴、小手、そして突き。剣道の技をそのまま真剣で使うような高野の剣。

 剣道のセオリー通りにこちらが切っ先を下げれば面打ちや突き、切っ先を上げれば小手や胴を狙って鋭く踏み込んでくる。

 重さが違うから剣道の技は真剣では使えない、とかネット上ではドヤ顔で書き込む人もいる。

 だが高野にとってあの体力で扱う真剣は竹刀も同然らしい。

 僕を上回るリーチと力に、苦戦を強いられる。

 真剣が僕の体を捉えようとするたびに、心臓が縮むような怖さを感じる。

 でもそれ以上に、楽しい。自分が今まで修行してきたものが自由に使えるから。



 試合時間が経つたびに、僕に不利になっていく。

 そもそも、武術にしろ格闘技にしろ体格の占める要素は大きい。

 体が大きければ筋肉も多いし、体重も増えるからパワーも上がる。スタミナも同じだ。

 それに高野の方がリーチも刀も長い。

 彼が僕より遠い間合いから攻撃を繰り出す限り、僕の攻撃は高野に届かず防戦一方になる。

「結局はガタイだぜ」

 大事なことだからか、高野はさっきと同じセリフを二度言った。

 試合開始直後のように僕は青眼、高野は上段に構えたまま向かい合う。

「きえエエッ!」

 再び高野が雄たけびを上げながら切りかかってくる。

 僕は腰を落とし、刀を振り上げて防ぐけど、今度は押し切られそうになった。

 スタミナの差か。すでにだいぶ息が上がっている僕に対し、高野はまだ余裕がある。

 右手の力を抜いて刀を受け流そうとしても、一度見せた技だ。高野は警戒してそれ以上踏み込んでこない。

 このままだとじわじわと追い込まれる。

 五分待てばマヨイガによって判定だけど、後半徐々に劣勢になった僕が勝てるとも思えない。


『柳生選手、動けない! 押し込まれている! そろそろ決着か!』


 レポーターさんが勝手なことを言ってるので少しだけイラっと来る。

 そうだね、そろそろ決着だ。リーチの差を、体格の差を、埋める技を使えばいい。

 僕は、「両手から」力を抜いた。

 当然、支える力を失った刀は空中に投げ出される。

 突如武器を手放した僕に、わずかな拍子だが高野が呆気にとられる。

 それで十分だった。

 僕は刀の代わりに素手で高野の手首を取った。関節を極めると同時に高野の肘を後ろへ折りたたむ。すると自然に背中が反るために、高野の重心が後方に崩れた。

 柳生流、『朽木』。

 柳生流剣術の素手への応用技は、以前中島さんに見せた技だけじゃない。それに関節技は人体の弱いところを攻めるから、体力差を覆しやすい。

 だが高野は手と肩の関節を極められ、後方に倒れそうになるのにまだ踏ん張っていた。

 これでも効かないのか…… 

 高野は雄たけびを上げて、逸らされた背中をすさまじい背筋力で押し返してきた。

 まだ甘いな。

 僕は体勢を崩された高野の顔に掌を当て、押し上げると同時に柔道の大外刈りのように足を後方へ刈り上げる。

 首を攻めると同時に足を後ろへ払う、古流独特の危険な技。頭部の重量までが後方にかかり、高野は後頭部から床に落ちていった。

 ほぼ同時。高野のマヨイガが発動し、手首の黒いバンドが解けた。バンドは瞬く間に無数の糸となり、高野の全身を覆って文字通りに黒い繭と化す。

 僕の勝ちが確定すると同時に、父さんから受け継いだ柳生流の刀を空中でキャッチした。

 

『マヨイガの発動です! 第二試合場、勝者、柳生宗太選手!』


 レポーターの声で勝利を確信し、拳を握りしめて叫びたくなる。でもぐっとこらえて刀を静かに鞘に納め、姿勢を正す。

 聖演武祭でも、ガッツポーズなんてやったら剣道と同じで反則負けになるからだ。

 ごそごそという音が聞こえ、僕はそちらに目を向ける。マヨイガが解け、高野が黒い繭から這い出してきたところだった。

 なぜかわからないが負けたというのに彼の口元が歪み、目を細めていた。

 どういう気持ちなのだろう。卑怯と思われたのだろうか。

 剣しか使っていなかった相手にいきなり体術を使用したのだから、ほとんどズルだ。

 だがそんな不安をよそに、高野はすっきりとした顔で大笑いして言った。

「完敗やぜ! そんな細い体でやるやんか」

 礼が終わった後で互いに握手した。こうして改めて手を握ると体格の差がよくわかる。

 手は僕よりも二回りほど大きいんじゃないだろうか。よく技が極まったものだ。

 高野は背中をバンバンと叩いてきて。

「優勝は無理やろうけど、せいぜいいいところまで行き。そうしてもらわんと、一回戦負けした俺の立場がないやろ」

「いや…… 技を研究されてたら負けたのは僕の方だったと思う」

 実際、体術をかわされたらもう決め手がなかった。

「何言ってやがる。ちまちま研究しても体がいざってときに動かん。実戦じゃ磨きぬいた自分の技を信じるだけやろ」

 高野は小山のように盛り上がった力こぶを見せつけながら言った。

「それにぐちぐち言うのは好かん。特にウチの師匠が陰湿な奴でよ、理想論振りかざしながら上から目線で説教かましてくるんやぜ、ありえんよな」

 つい最近、どこかで見たような……

「今回はお前が勝った。やけど次は俺が勝つけんな!」

 高野は親指を立ててそう言うと、試合場から外に出ていった。

 なんというか嵐みたいな奴だな…… 急に現れて、勝手なことを言って、急に消える。

 目の前の問題が片付くと、別のことが気になる。葵さんの試合はどうなったんだろう?

 そう思い、隣の試合場を見るがすでに葵さんの姿はなかった。

 観客席のざわめく声から、その理由が明らかになる。


「さっきの北辰葵の試合、すごかったね。瞬殺だったし」

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