第25話 二回戦

「柳生宗太選手、ですね?」


 高校生と違ってやや低めに聞こえる、大人の女性の声に僕の思考が中断される。

「私、三国テレビの相川時雨と言います」

 白っぽいスーツに身を固めた、色の濃い口紅が印象的な女性が大砲のようなカメラを抱えた人を連れて、立っていた。

「一回戦で勝利した方々にインタビューを行っているのですが、少々よろしいですか?」

 緊張してどもりながらもインタビューを終え、次の対戦相手の研究に入る。

 一回戦と二回戦の間には三十分ほどの休憩時間があるから、ほかの選手も観客席や控え室でスマホ片手に動画を見ていた。

 二回戦の相手は高野勝といって、剣道をメインに使う百九十センチ近い大柄な相手だ。Youtubeにアップされている動画リストを見ると、体格を利用したパワーのある攻撃が持ち味の選手らしい。

「どう戦いまス?」

 出場選手の動画は大会前にも、あらかじめすべてチェックしてある。だから大体のイメージはできているけど、実際に剣を交えてみなくてはわからないことのほうが多い。

 一回戦が、まさにそうだった。

 アレクシアの言葉に、気の利いた返事が返せない。次で負ければこの国立武道館を去らなくてはならない。

 気持ちがネガティブになると、嫌な想像ばかりしてしまう。

 彼の真剣が僕の体を捉える瞬間が目に浮かんでくる。マヨイガの調整の時に感じた痛み、マヨイガが発動した時に黒い繭が自分の体を包む光景。

 負けのイメージが、頭に浮かんできてしまう。

 しかも相手は、去年のベスト四入賞だ。

「柳生くん?」

 中島さんの声に、自分の手が震えていることに気が付く。

 僕は必死に頭から悪い想像を振り払い、勝つイメージで固める。そうだ。はじめから負けるつもりでどうする。

 勝つんだ。柳生流の名を、もっと知らしめるために。浦波、右旋左転、半開半向、そして奥義。自分が柳生流の技を使うイメージを。勝つイメージを具体的にする。

 さっき、勝った瞬間に僕の名前が呼ばれた時のことを思い出す。声の響き、観客席からの視線、その記憶が心地よさとなって不安を追い払ってくれた。

「大丈夫。怪我しないでくれれば、いいから」

「ソウタはシーメンス社のワタシが認めた剣客でス」

「優勝しなかったら、承知しねえぞ」

 中島さんの気遣うような声が、アレクシアの大輪の花のような笑顔が、広田の親指を立てた仕草が。さらなる一押しとなる。

 ああ。自分では出場しないくせに、見てるだけなのにこうやって勝手なことを言う。

 そのくせ僕の弱い心を、揺り動かして勇気をくれる。

 だから人間なんて…… 嫌いだ。



「二回戦、第一試合場。北辰一刀流、北辰葵選手と伯耆流居合、伯耆初華選手。第二試合場、柳生流剣術、柳生宗太選手と全日本剣道連盟、高野勝選手。第三試合場……」

 アナウンスと共に僕は指定された第二試合場へ上がる。

 隣では葵さんが小柄な体を藍色の道着に包み、観客席に向けて手を振っていた。

「葵さま~!」

「可愛い~! そして強い~!」

「結婚してくれー」

 葵さんは黄色い声援に対して嫌な顔一つせずに笑顔で手を振っている。

 一部変なものも混じっているが華麗にスルーしていた。さすがだ。

 目の前で余裕しゃくしゃくの様子を見せつけられ、小柄な葵さんと同じくらいの体格である対戦相手は苦い顔だ。

 伯耆流といえば居合で有名な流派だが、北辰一刀流はどう戦うのだろうか?

 一方、僕の対戦相手である高野猛はまさに武道家という感じだ。

 百九十近い長身に、僕の倍はある肩幅。

 鋭い眼光に、腰に差した長尺の刀。昨年ベスト四入りしただけはあり、自信たっぷりの目。

 僕を見下ろすように睨みつけてくる。

 怖くなって視線を外すと、鼻を鳴らして見下すように笑った。

「もうビビっとるのか?」

「まあね」

 僕は素直に認める。否定してもすぐに見抜かれるからだ。

「それに柳生流剣術なんて初めて聞くな…… 体格もぱっとしとらん。武道はガタイが命やぜ。まあ北辰葵みたいな天才は別やけど。くう~、一回戦から当たりたかった」

「前回優勝者と一回戦でなんて…… 下手すれば一回戦負けだよ?」

「バッカやろお前。強いやつと戦えるけん武道ってのは面白いんやろうが」

 ずいぶんと好戦的だな。

 僕に対して強い態度で当たるのも、強い闘争心の表れだろうが。

 少し訛りのある言葉も、彼のような威圧感のある男子が口にするとより迫力が増す。

 一回戦の時はじっくり見ている余裕がなかったけど、試合場を取り囲むアリーナからの応援が凄い。特に葵さんへの応援がすさまじく、黄色い声とカラフルな横断幕、北辰一刀流の旗がアリーナ席の一角を埋め尽くしていた。

 高野へも葵さんよりだいぶ少ないが、声援が飛び交っている。

 僕へはほぼない。ただ、息をのむような雰囲気がわずかに混じっているのを感じる。

「あいつ、確かニュースになってた」

「素手でナイフを持った相手を取り押さえたらしい」

 それでも応援に来てくれた人は三人だけだ。

 彼らと目が合うと、アレクシアは軽く手を振って。中島さんは手を組んで祈るように答えてくれた。青い作業着とスーツが照明に映える。

 これで十分だ。僕は藤の蔓を巻いて漆で固めた鞘から抜刀し、構える。

『第二試合場、試合開始です!』


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