第28話 着信
次はいよいよ、決勝だ。
「ついに北辰葵と当たるのですネ…… コテンパンにしてくださイ」
アレクシアが頬を上気させ、拳を握りしめる。アリーナの照明の下で金糸の髪が眩しく輝いていた。
「コテンパン、っていうのはちょっと……」
「何を弱気になっているのですカ、武道など一に気合、二に気合でス」
決勝戦は午後からで、昼食をはさみ一時間程度の休憩となる。
特等席で中島さんとアレクシアが持ってきてくれたお弁当を膝の上に乗せ、ゆっくりと開く。
中島さんのお弁当は、黒漆の重箱に色とりどりのおかずが詰められている。アレクシアのお弁当は黒パンに豚肉やキャベツ、ジャガイモ料理というドイツ風の献立だ。
「お口に合えばいいけど……」
「食べて英気を養うのでス、美味しいエッセンは気力の源でス」
僕をはさむようにして隣の席に腰掛けた、二人の少女。中島さんはおずおずと、アレクシアは自信たっぷりにお弁当を勧めてくる。
その様子を見て、広田はなぜか気まずそうに僕らから眼を逸らした。
「便所に行ってくる。大きい方だから先に食べておいてくれ」
少し慌てたふうに席を立った広田を見送った後、三人で料理に舌鼓を打った。
和食中心の中島さんのお弁当は優しい味付けで。
ドイツ料理をメインにしたアレクシアのお弁当は、元気が出そうな味付けだった。
三人になった途端、なんとなく空気が変わったような気がする。
「はい。これも美味しいよ?」
「ソウタ、あ~んしますカ?」
中島さんは紙皿に丁寧に料理を盛って、僕に差し出してくれる。
アレクシアはフォークに刺した豚肉を直接、僕の口に近づけてきた。イタズラなのかすぐに引っ込めてしまったけれど。
女子と食事を共にするなんて、小学校の時の給食以来だ。中学校は一人でお弁当を黙々と食べるだけだったから。
腹八分目になった頃にちょうど戻ってきた広田は大急ぎで食事をかき込み、四人で葵さんの動画をチェックする。身なりのいい人が多い特等席に、短髪で制服姿の彼が戻ってくるのは遠目にも目立っていた。
葵さんは前回優勝者であり、北辰一刀流宗家の娘なだけあって多くの動画がアップされているけれど、今大会の動画に絞って見ていく。
綺麗な正眼の構え。
相手と切っ先を合わせない、独特の剣捌き。
古流と剣道の中間のような、無駄を削ぎ落した合理的な動き。
剣道に最も近い古流と言われるだけはある。
しかし彼女の凄さは、そんな小手先のテクニックじゃない。
「何度見ても、ため息が出るな」
「そうですネ…… 他の参加者とは比べ物になりませン」
「私には差が良くわからないんだけど…… そんなに?」
アレクシアは神妙な面持ちで頷く。
「とにかく速いんだよ。今回戦った高野よりも、いや出場選手の誰よりも速い」
中島さんに、瞬殺で終わった二回戦の動画を見せる。
正眼で構える葵さんと、鞘に納めた刀に手をかけて、腰を落とす伯耆初香。
身長も体格も、大体同じくらいだ。
違いは髪形くらいか。黒髪にポニーテールの葵さんと、ベリーショートの伯耆。
黒い尾の鶺鴒と、小柄な狼の対決といったところか。
「はじ……」
審判がその言葉を言い終わる前に、黒い尾をたなびかせて鶺鴒が翔けた。
正眼に構えた刀から繰り出された突きが、寸分たがうことなく水月に吸い込まれていく。
ほぼ同時に伯耆初香のマヨイガが発動し、体が黒い繭に包まれた。
レポーターのアナウンスをかき消すほどの大歓声が会場に響き渡り、そこで動画が終わる。
「なんというか……人間技なのかな、これって?」
一瞬で勝負がついた試合の動画を見て中島さんは凄さを知ったらしい。
動画の再生が終わっても、口を半開きにしていた。
「ソウタ。彼女に対抗する方法は、あるのですカ?」
「いくつかはあるけど……」
葵さんに通じるかどうかは、わからない。
「それって、どんな?」
僕が口を開けようとした瞬間、突然流れだしたアナウンスがそれを遮った。
『柳生流剣術、柳生宗太選手』
胸の奥が跳ね上がるような感触。
アリーナ内の時計をちらと見た。決勝の時間にはまだ早いはずだけど……
『技術室まで至急お越しください。繰り返します……』
試合場でなく、技術室? 一体何の用だろうか。でも至急で呼ばれたからにはすぐ行かないとまずいだろう。
同時、中島さんがスマホの着信に気づいた。
作業着に身を包んだ人たちがひしめく技術室。僕は左手首に装着されたマヨイガを外し、ノートパソコンから延びた電極を付けてもらう。
中島さんと同じ作業着に身を包んだ人たちがせわしなく動き回り、ディスプレイに表示された数式やモーションキャプチャを見ながらキーボードを操作していた。
「今までは決勝前にマヨイガの調整をし直すことなんて、なかったはずですけど?」
事実、この場に葵さんの姿は見えない。
「なにぶん、柳生流の出場は急に決まったことだしね。見慣れない技も多く使っていたし、万一に備えようということになったんだ」
技術者の一人が叩くようにキー操作しながら、調整を行っていく。
スマホで呼ばれた中島さんもほかの技術者の人に混じって、調整の手伝いを行っている。青い作業着を着てコンピューター相手に難解な専門用語を口にする彼女は、眼鏡の光とも相まって普段よりずっと大人びて見えた。
調整そのものは十分とかからずに終わり、再び僕の手首にマヨイガが装着される。
中島さんはリストバンド状のマヨイガが装着された後も、ディスプレイに表示された数式を食い入るように見つめていた。気のせいか普段より真剣に見える。
「どうしたの?」
「ううん、ちょっと気になることがあって…… まあほんのちょっとだから、大丈夫と思うけど。さっきの真剣を使ったテストでも、異常なかったし」
「大丈夫なのですカ?」
一緒について行ったアレクシアが少し上ずった声で聞き返す。決勝前ということもあってか彼女も普段より緊張している様子だ。
そんな彼女たちに、技術者のリーダーらしき人が落ち着いた声をかける。
「大丈夫ですよ。マヨイガを使った試合で、事故など起こったことはありませんし。今現在、世界一安全な機械と言われているくらいです」
「大会出場初めての流派ということもあり、予想外の動きもありました。そのため我々も慣れない数式を組み込み、そのせいで中島さんは違和感を感じたのでしょう」
「そういうことだったんですか……」
中島さんが胸をなでおろす。
「でも中島さんの心配性な性格は、良いことだと思います。ちょっとした違和感をほうっておかない。それこそが安全につながるのです」
黒髪の少女が真剣な面持ちで頷くのと、アナウンスが部屋に流れたのはほぼ同時だった。
『間もなく聖演武祭決勝の時刻となります。北辰葵選手、柳生宗太選手、試合場までお越しください』
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