第3話 目への突き技

次の時間は武道の時間だ。履修希望者は学校指定のジャージの上に防具をつけて、竹刀を片手に持ち学校の武道場に整列する。

 うちの武道場は半分が剣道場、半分が柔道場になってお互いに汗を流しているところが見える。

 剣道を取っているのは男子の半分、女子は数人だ。

 他は柔道やダンスなど、別の科目を履修している。中島さんはダンスを履修していた。

 マヨイガの発明により重くて高くて汗くさい剣道の防具は廃れるとも言われたが、マヨイガが非常に高価なため未だ防具は残っている。

 まあ古流をしている僕には大して関係ない。柳生流は「袋竹刀」と木刀があれば事足りる。

 体育委員の号令と共に、準備体操の後は素振り。

 その後、切り返しを行う。切り返しとは剣道で打つ側と打たせる側が二人一組になって、面打ちや左右面、胴打ちなどを繰り返す稽古だ。

 それから、地稽古という二人で自由に打ちあいをする稽古に入る。

 僕も防具をつけて、剣道部の広田と向き合う。広田は角刈りで僕より背が高く、肩幅も広くていかにも体育会系という感じの体つきだ。

 互いに中段に構え、対峙する。防具の面金の隙間からのぞく両眼は欄々と光をたたえていた。

 広田から放たれる、野太い気合。僕の喉元に向けられた竹刀が、ピクリと動く。同時に床を蹴り、鋭い小手打ちを放ってきた。

 僕は腕を上げて打ちを抜き、竹刀に宙を切らせる。

 広田は踏み込みの勢いを活かして僕に体当たりを仕掛け、恵まれた体格を活かしつばぜり合いに持ち込んで来た。

 だが僕は腰を切るような動きで退がり、間合いを取る。

 距離が空き、広田が今度は胴を打ってくる。防具の上からでも咳き込むほどに威力がある一撃を、僕は竹刀をはね上げるようにしてはじき返した。

 素手によるパンチでも同じだが、体重が剣や拳に乗り切ってしまう前にはじき返せばさほどのダメージはない。

 次は稲妻のように鋭い竹刀さばきで正面から広田が面を狙ってきた。

 ここだ。

 僕はそれに合わせ、体一つ分左斜め前に踏み込む。剣道ではほぼすべての技で右足から踏み込むが、柳生流は左右どちらでもありだ。

 慣れない動きとタイミングを合わせた体捌きにより、広田の竹刀が僕の体から外れて空を斬る。

 次の瞬間、僕の竹刀だけが広田の面を捉えた。

 綺麗な正面の面打ち一本だ。柳生流の基本であり奥義だから、これが一番の得意技。それに家が古流の道場だし、素振りや形の稽古は毎日欠かしていない。

 上手く実力が出せずやめてしまったけど、一時期剣道部に入っていたこともあった。

「次は負けねえぞ」

 お互いに中段に構えなおして地稽古再開する。熱が入ってきたのか、広田の動きがさっきより激しさを増した。

 また僕の胴を打ってきた。だがさっきより体重を乗せた一撃のためか、広田の剣先が下がり面に隙ができる。

 その機を逃さず僕は正面からの面打ちで反撃する。

 でも広田はとっさに、竹刀の裏で僕の竹刀を捌いた。

 そこに隙ができる。剣道では隙ではないが、柳生流の僕からすれば打ち込める。

 形を繰り返した体が自然に反応しそうになった。

 まずい!

 全身に力を込めて技が出るのを強引に止めた。力んだ体は硬直し、とっさの動きが鈍る。

 その隙を見逃す広田じゃない。

 彼の構えた竹刀が虎の尾のように獰猛に動き、踏み込む右足が鷹の羽の如く舞う。

 右小手に綺麗な一本を決められ、手首に痛みが走った。

 同時に休憩時間になったのでお互いに面を外し、汗をぬぐう。

「柳生、お前相変わらずだな。正面への面打ちはすごく上手いのに変なところで力んだり、止めたりする。それさえなければもっと強くなれるんだろうが」

 僕はそれにうまく答えることができず、曖昧に笑う。広田の声に少し怒りが乗った。

「お前、剣道部に入ってた時はあれだけ頑張ってただろうが。それを中途半端にやめちまって……」

 仕方ないんだよ、僕は心の中でそう毒づく。


 もし今止めなかったら、君の目を突いていた。

 

 父さんの言葉を思い出す。柳生流剣術はむやみに人に教えていいものではないと。

 汐音高校に入って中学からの人間関係が一新されたこともあって、気持ちを切り替えるために剣道部に入った。

 上手くやれば聖演武祭の出場資格を得られる。そして柳生流剣術の名を広めてやる、そう思ったこともあったけど。

 無理だった。

 体に染みついた柳生流の技を出すと、即座にルール違反になってしまう。

 足を打ったり、手をつかんで打ったり、後ろから打ったり、手首を極める技があるのだが剣道ではすべてルール違反だ。

 今もうっかり、左目を狙って突きそうになってしまった。

 聖演武祭ルールなら、心おきなく柳生流の技が使えるのに。

 でも出場のためには武道や格闘技の大会で好成績を残すか、聖演武祭の大会組織委員会に所属する人の推薦が必要になる。

 去年優勝した、北辰一刀流をはじめとするメジャーな古流は推薦で出られる。だが僕のようなマイナーな古流を推薦するような人はいない。

 北辰一刀流とは江戸時代に始まり、坂本竜馬をはじめ多くの有名人が学んだ流派だ。

 明治以降も剣道の普及に大きな貢献を果たし、マヨイガが発明されてからは開発元の四菱工業が主催する聖演武祭でも大活躍。流派と聖演武祭の名を大いに世に知らしめた。

 世界的に有名な大会で活躍した経緯もあってか、古流の中でも特に海外から学びに来る人が後を絶えない。

 大会に出場することさえできない柳生流剣術とは大違いだ。

 休憩の号令が武道の先生からかかり、地稽古をしていた僕たちは面や小手を外した。頭部や手を覆う防具から解放され、地肌に当たる風が心地いい。

 僕は一人で道場の片隅に座り、隣の柔道の稽古や武道場の一角でダンスをしているメンバーに目を向ける。

 クマのように大柄な柔道部員が体をぶつけあって投げ合ったり、寝技でお互いを抑え込んだりしていた。

 体と畳が投げ技で衝突するごとに道場が音を立てて揺れ、寝技で下になった相手が降参の合図をする。

 柳生流は剣術と銘打ってはいるけれど、素手による技術も伝わる古武術だ。参考になりそうな技術も多く、僕は目を皿のようにして攻防を見つめていた。

「柳生のやつ、あんな熱い目で見てやがるぜ。ホモみてえ」

「きもくね?」

「マジそれな」

 でも熱心な態度が誤解を招いたのか、そんな声が耳に入ってくる。

 一度喰らってみても、同じことが言える? 

 そう毒づきたくなる衝動を、必死にこらえた。

 柳生流にも体術があるからわかる。重量級に抑え込まれたが最後、息ができなくなる。

 寝技は立ち技以上に体力を消費するからフィジカルも半端なく鍛えられる。

 複雑な技術を廃し、素手による取っ組み合いで使いやすい技術を集めた柔道。恐ろしい格闘技の一つだと思う。

 だが人間はろくに知りもせずに他人を非難して仲間同士で「だよね」「マジわかる」「それな」「きも~い」と言って盛り上がる。

 人は悪口を絆にする。だから人は好きじゃない。

 柔道から目を背け、別の一角に目を向けた。スマホから流れる音楽に合わせて体操着姿の数名が踊っている。

 ダンスを履修しているのはほとんどが女子だが、ブレイクダンスでもやっているのか中にアクロバティックな動きをする男子もいて女子が熱い視線を送っている。

 眼鏡をはずし、髪を束ねた中島さんはぎこちない動きで必死に先生から基礎のステップを教わっていた。

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