第2話 前の日
アレクシアと出会う数日前。
その日、僕は隙間風が吹き込む道場で日課の素振りを終えた後、一汁一菜の朝ごはんを食べていた。食後には出がらしのお茶をすする。
流していたテレビでは、去年の聖演武祭の中継が再放送で流れていて、最もメジャーな古流、「北辰一刀流」の北辰葵が優勝したシーンが流れていた。
「優勝おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
テレビの中継、リポーターのインタビューという状況でも慣れた様子で答えていく。
「しかしいつ見ても、その体格で自分より大きな選手をばったばったと女だてらになぎ倒していくのが凄いですね! 同じ女として憧れてしまいます!」
北辰葵にマイクを向けるリポーターは女性で、決して大柄な体格ではない。それでも身長は北辰葵より頭一つ分は高い。
「剣は、性別や体格ではありませんから……」
「おお、優勝者が言うと説得力がありますね! では剣はズバリ何でしょうか?」
汗で道着をぐっしょりに濡らした北辰葵。
汗で張り付いた髪をかき上げつつ、考えるようにして宣言した。
「剣とはすなわち、『瞬息』です」
大勢の観客の前で、スポットライトを浴びて、自分の流派について誇らしげに語る彼女と。
人のいない道場でたった一人剣を振り、みすぼらしいご飯を食べる僕。
テレビのリモコンを乱暴な手つきで操作して映像を消す。
僕は鞄を肩にかけ、今時珍しい引き戸の鍵をかけると誰もいない家を後にした。
潮の香りがする通学路を歩き、海に面した高台にある汐音高校に着く。
校庭に植えられた木々の葉は、すでに黄色く色づいていた。
鞄から筆記用具を取り出していると、クラスからいつもと違った会話のノリが聞こえてきたので僕は耳を澄ました。
「そういえば、聞いた?」
「聞いた聞いた~ 近頃その噂で持ち切りだよね~。クラスのラインでもよく流れてるし」
めんどくさいから行事の連絡以外チェックしていないが、なぜか気になったのでスマホでラインのページを開く。
一番安い料金設定にしてあるから、データの容量制限を超えないよう気をつけながら。
『ドイツから留学生が来るって』
『マジ?』
『部活の話で職員室行ったら、教師たちがそれらしい話してたよ~』
『こんな地方都市にわざわざ……』
『自虐ネタは悲しいからやめといてよ……』
ここ汐音市は、中島工業という会社が目立つ存在である以外、見慣れた海以外に特色はない。流行も、流行りのスイーツも、ラーメン屋も中央より遅れている。
この学校も海に面した公園を臨む高台で、授業中でさえ波の音や防風林である松のざわめきが聞こえてくるくらいの田舎なのだ。
でもこんな田舎に、僕の先祖は根を張った。
「中島、詳しい話知ってるんじゃね?」
「あるある~。彩の家、この町一番の名士だしね」
「技術屋の娘、ってだけだから。変に持ち上げないでよ……」
肩までの黒髪に切れ長の瞳、縁のない眼鏡をかけた中島さんはからかわれながらも嬉しそうだ。
「あ~、彩、すぐ顔に出るの、変わらないね~」
「誤魔化せばいいのに~」
「嘘つけないね~」
最後のセリフに、中島さんの感じがなんとなく変わったのを感じた。
表情も声のトーンも変わらず、笑顔で話しているけれど。雰囲気がどことなく悲しいものを帯びる。
でも周囲は気づかないのか配慮しないのか、気にかける様子はなかった。
男子の方の会話に耳を傾けると、彼らは別の話題で盛り上がっている。
「そういえば今年も『聖演武祭』近づいてきたな」
「お前出るのか?」
「そりゃ、出てみたいとは思うけどよ。あの大会に出場するにはよ……」
彼らの会話で、毎年秋に開かれる一大イベントとのことを思い出す。
今年も「聖演武祭」の時期か。
聖演武祭。
それは年に一度開かれる、四菱工業という日本最大企業が主催する大規模な武道の大会だ。剣道やなぎなた、古流などの様々な武道経験者たちが一堂に集まって試合する。
特徴的なのはその試合様式にあり、武器使用あり、打撃あり、投げも急所攻撃もありとかなり実戦的なルールになっている。
大怪我を防ぐために参加者は全員、四菱工業が開発した特殊人工知能、通称「マヨイガ」の装着を義務付けられている。
それを装着すると攻撃を受けた場合、想定される肉体へのダメージがマヨイガにみ込まれた特殊な演算装置によって自動解析される。
肉体に一定以上のダメージを与える攻撃であるとマヨイガに判断されると、体が黒い繭に包まれ試合終了となるのだ。
更に試合中はマヨイガによって肉体を守られ、衝撃や痛みはマヨイガの演算装置を通して脳に送られるだけ。これにより痛みを感じても試合後に後遺症を残すことはない。
マヨイガの発明によって格闘技や武道でより安全で実践的な大会が行えるようになり、開発した四菱工業は財閥ともいうべき巨大企業へと変貌する。
本来聖演武祭はマヨイガを全世界に宣伝するための一度きりの予定だったらしいけど、大好評であったため国内外から多くの選手・観客が集まる大イベントへと発展した。
年齢などいくつかの要素によって試合の種類があり、秋に行なわれるのは高校生の部だ。
一度くらいは出場してみたい。あの大舞台で、思いっきり磨きぬいた剣を振るってみたい。
でも、僕に出場資格はない。
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