第6話-4

 ジェイドとメリー姉妹は時間通りクシール卿が泊まっている部屋の前へたどり着いた。すると丁度廊下の反対側からクシール卿がリリー夫人と共に姿を現し、二人を部屋に手招く。

クシール卿は姉妹をリリーの侍女たちに任せると自分はソファで別の誰かを待った。

ついたての向こうで姉妹がリリー夫人のドレスのお下がりをもらい、湯浴みをて採寸と調整をしていると部屋の扉が開かれ深紅の髪に金の瞳を持つ美男子、第六席アダム卿が現れた。

「首尾はどうだ」

「ああ」

ベルナールはついたての向こうに娼婦とその妹がいることを示した。

「もうお気に入りを決めたのか」

アダムはわざと姉妹に聞こえるよう話し始める。

「頭も悪くない」

「ほう? どの程度?」

「カエルとヘビの話をしたら自分の意見を言った」

「へえ?」

第六席と第八席代理は手元に紙とペンを持って大事な話はその上でした。ベルナールが注目を集めている間円卓の騎士たちは社会の裏で進んでいる様々な悪事を調べており、その報告はベルナールに少しずつ共有された。

「時間を守らん娼婦が多くてな」

「お前は妙なところで時計男だからな」

「時間通りに来ればいい話だ」

「時間がわからん娼婦だっている」

「そう言う馬鹿は要らん」

「おお、おっかない」

手紙と言うよりはメモ書きのやり取りで情報を交換したアダムは早々に席を立つ。

「で? 味見はさせてくれるのか?」

「まだだ。歌と踊りを完璧にさせる」

「楽しみにしてるよ」

アダムが部屋を出て行く頃、ジェイドとメリー姉妹はリリーのお下がりを完璧に着こなし、髪も化粧も整え美しくなっていた。クシール卿ことベルナールは見違えた少女たちの周囲をぐるりと観察する。

「なかなか良いな」

「こ、光栄です旦那さま」

「ではその格好で勉強だ」


 文字そのものを習うところから始めた姉妹はまず一時間集中し、休憩を入れて次に三十分勉強をした。

 勉強が一度終わるとベルナールはお茶をしながらかつてオリヴァーがしてくれたような多岐にわたる雑談を繰り広げた。姉妹は最初何が何だか分からない様子だったがそのうち妹メリーの方がベルナールの謎かけに食いついて来た。

「私はヘビがカエルを食べて生き残ると思います!」

「何故だ?」

「ヘビにはもしかしたら子供がいて、母親かも知れません! 食事をして帰らないと!」

「なるほど。ではヘビがどうやったら確実にカエルを食って帰れるか考えよう」


 日が暮れ、姉妹がたくさん話をして疲れた顔を見せるとベルナールはリリーと共に寝室へ向かわせ、男爵夫人の相手をしている体で眠りにつかせた。

 それから間もなくしてクシール卿の元には娼婦たちが現れた。褐色肌の踊り子風の娼婦もいたし黒髪のマリアンナもいた。

「やっと言うことを聞いたなお前たちは」

クシール卿が呆れた顔で娼婦たちを見つめると彼女らは気まずそうに視線を逸らしたり彷徨さまよわせたりした。

「踊れ。歌でもいい」

クシール卿がそう言い、従者たちに音楽を奏でさせると娼婦たちは新興貴族の気を引きたくて一生懸命踊り始めた。


「はっ!」

 娼婦ジェイドが天蓋てんがい付きベッドの上にて妹の横で目を覚ますと日はとっぷりと暮れていた。

(しまった! だ、旦那さまは……)

何か重い物がドサッと投げ捨てられる音がしてジェイドの心臓は跳ねる。サッと見てもリリーが見当たらない。ついたての向こうにはクシール卿がいるはずだ。

(な、何……?)

「そっちを持て」

「せーのっ」

複数人が動く気配がして何かが運び出される。コツコツと足音をさせてついたての反対側に来る者が二人おり、ジェイドはとっさに毛布を被って横になった。

うるさい心臓にお願いだから黙ってと言い聞かせながらジェイドは待った。

「お前は運があるんだかないんだか」

「君が無事ならあると思いますよ」

「言ってろ」

アダム卿とはまた違う声にジェイドの心臓は別の意味で跳ねた。

(なんて素敵な方……! とても優しい人! 人柄がわかるわ!)

「返り血は流していけ」

「ええ。さすがに民に驚かれてしまいますからね」

「返り血!?」

ジェイドがしまったと思った時には遅く、毛布をめくられてクシール卿と、その隣にいた美しいダークブロンドの髪にサファイアのような瞳を持つ青年と目が合う。

ジェイドと暗い金髪の青年はお互いに見惚れてしまい、ベルナールの前でしばらく見つめ合った。

「あー、オホン」

ジェイドはハッとして毛布を体に巻きつけた。彼女は普段着ているワンピース型の下着のままだったのだ。

「お、お恥ずかしい姿を……!」

「ジェイドだ」

「ああ、この方が。では隣が妹さん」

「そうだ」

「あ、あの……」

何も余計なことは聞いていないとジェイドが主張する前に、美青年は彼女の肩に自分のマントを掛けた。

(きゃーっ!)

「すみません、お騒がせして」

「い、いいえ! とんでもございません」

「ジェイド、そちらはフランシス様だ」

「フランシス様?」

「さん付けでいいですよ」

「そ、そう言う訳には参りません」

「侍女たちに着替えをお願いしましょう。私は湯浴みを頂いたら帰ります」

「あー、いや。ジェイドが気に入ったんなら別室を取ってやれ」

「クシール卿私はそんな」

「ジェイドはその体に巻いた毛布が唯一の寝巻きなんだ」

ハッとした表情でフランシスはジェイドを見た。

「ああ、では」

フランシスは柔らかく微笑む。

「一晩お相手をお願いします」

「は、はい……」




(夢みたい……)

 翌朝、ジェイドはポワーッとした顔でクシール卿の部屋に戻ってきた。前の晩フランシスはベッドに並んで腰掛けてジェイドと他愛のない話をし、それから優しく彼女を温めた。

(ああ〜っ!)

「幸せそうだな」

「はっ」

クシール卿はジェイドをにんまりした顔で見ていた。

「あ、あのっそれはそのっ」

「はいはい、皆まで言わなくていい」

クシール卿は朝食の残り物をメリーに与えて、その後読み書きの続きをさせていた。

「お前も食え」

「はい! 頂きます!」

食事の最中もジェイドはどこかぼんやりしていて、自分では気付かないうちに頬を染めて何度もニマニマしていた。

「フランシスはそんなに良かったのか?」

「えっ!?」

「顔に出てるぞ」

「す、すみません!」

「別に構わん」

今更珍しくないし、とクシール卿は言った。純粋なフランシスに比べてクシール卿はいも甘いも知っている大人に見えて、ジェイドはクシール卿に興味を持ち始めていた。

「あの」

「何だ」

「何故、私たちに読み書きを? それにあの、ドレスまで頂いて……」

「ドレスは俺のところに通う時必ず着てこい。それはお前たちにとっての戦衣装いくさいしょうだ」

「い、戦ですか?」

「女には女の戦場がある」

クシール卿がふと視線を窓辺に向けると、彼の首に白く美しい腕が回される。いつの間にか帰って来ていたリリーはベルナールの額に口付けた。

「お帰りリリー」

「ただいま戻りました、あなた」

男爵夫人は夫の膝に腰掛けると彼の肩に首を預ける。

「ん、花の香りがする」

「花畑を通って来ました」

「ああ、それでか」

ベルナールは腕の中にしまったリリーの額や頬に口付けを落とした。二人の仲睦なかむつまじい様子を見てジェイドはほうと溜め息を漏らす。

(理想的なご夫婦……。私もいつかこんな殿方に出会えたら……)

その瞬間、フランシスの顔を思い浮かべてしまったジェイドは妄想を頭から消すため首を横に振った。

(いくらなんでも高望みよ!!)

「ジェイド?」

「はっ」

不思議そうに自分を見るクシール夫妻にジェイドは手を振った。

「何でもございません!」

「そうか?」


「頑張れよ」

 クシール卿にそう告げられジェイドは妹と共に宿の別室に案内された。何が何だか分からない姉妹の前には同様に案内された娼婦が四人おり、リリー夫人の侍女が彼女らの顔や体をチェックしていく。

「ここに集まったのは娼婦の中では比較的心身共に健康で、素養のある者たちです」

侍女はメイド服のスカートを持ち上げると太ももに巻き付けた革ベルトからナイフを取り出した。

「皆さまにはこれから様々な訓練を受けて頂きます。そして見事全ての教えを習得したその日には、あなた方は円卓の騎士に仕える高級娼婦となるでしょう」

侍女は驚く乙女たちにニマリと笑ってみせた。

「それも、歌って踊って戦える高級娼婦です。頑張りましょうね」


 白ローブの魔法使いは約束の時間になっても大衆酒場にマリアンナが現れず、近辺を探し回った。路地を何本か入り汚臭漂う山盛りの生ゴミの近くに娼婦の格好をした黒髪の女が座り込んでいて、魔法使いは彼女に近付いて髪を乱暴に掴み顔を上げさせる。

「…………」

マリアンナは涙ですっかり化粧が崩れ、焦点の合わない目でぶつぶつと何か呟いていた。魔法使いが耳を近付けるとマリアンナの声は明確になる。

「怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……」

「フン」

マリアンナを雑に転がした白ローブの魔法使いはキリのような細いナイフを取り出すと彼女の首の後ろにブスッと刺し込む。

「あ、あ……」

マリアンナは震えながら絶命した。魔法使いはまるで何もなかったようにその場を立ち去った。

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