オリヴァーが残したもの

第4話『オリヴァーの頭脳』

 二週間後開かれた第十代円卓会議には、傭兵ベルナールの後ろに魔法使いジェラルドが付いて登場し、魔法使いは主人であるフランシス王子の元へさっと歩み寄ると二週に渡ってベルナールがどうしていたか報告をした。

「ありがとうジェラルド。引き続き頼みます」

「はい、殿下」

フランシス王子は後ろへ控えたジェラルドに満足そうに微笑むと壁際に立ったベルナールに視線を向けた。傭兵は相変わらず壁にてっして視線を伏せており、フランシス王子の気遣きづかいは無視される。

「この男は……」

「まあまあ、ベンジャミン」

「殿下! いい加減に叱り飛ばしてやってください! 傭兵ごときが図に乗りますよ!」

「まさにそれです」

「……はい?」

「彼に“この程度の小僧、生温なまぬるいだけで何もしない”と思われるところからが本番なのですよ」

「で、殿下……?」

「会議の前に小話をしましょうか」

フランシス王子はニコニコと騎士たちに微笑んだ。

「私は傭兵ベルをオリヴァー卿と出会う前から目をつけておりまして、経過を観察していました」

「そ、それは誠ですか……?」

「はい。オリヴァー卿に出会う前の傭兵ベルと言うのは戦い方から殺伐さつばつ豪胆ごうたんそのもの。敵と見做みなせば容赦ない殺し方で有名でした。ですがオリヴァー卿との出会い後、彼は急に変わったのです。敵をわざと泳がせて犯罪の根本を叩いたり、罪を犯したものの実は被害者であった者たちを事実上無罪放免むざいほうめんとしたり」

騎士たちは信じられないと目を丸くして壁際の傭兵を見やった。

「このことからもオリヴァー卿が彼に知識と知恵を注ぎ込んだのは見て取れます。さらに彼は、オリヴァー卿自身ならこう考えるだろうと言う思考をほぼ完全に真似出来まして、オリヴァー卿は彼を将来腹心ふくしんにすえる気だったのではと個人的に考えております」

「な、何ですって? 傭兵を?」

「オリヴァー卿は広い視野をお持ちですし、聡明そうめいでした。ベルナール殿を懐刀ふところがたなにしようと思った魅力や要因があるはずなので、私はそれが知りたいのです」

「だ、だから聖なる第八席の代理を務めろとこやつに……?」

「はい」

フランシス王子がニコニコと微笑むと騎士たちはいかに自分たちが貴族界だけで収まっているかを痛感し、同時に、フランシス王子にここまで考えさせるほどの頭脳を持っていたオリヴァー子爵を幼子だからと見下していた自分たちにも気付いた。

「オリヴァー卿は天才ですよ。ねえ? ベルナール殿」

「……それについては反論しない」

「ほら、やっぱり。私はそもそも、」

フランシス王子はそれはそれは嬉しそうに更に続けた。

「一つの懸念に対し考えられる限りの保険をかけるオリヴァー卿が、一年前出会ったばかりの男に命よりも重い聖剣をただ一人で運ばせる訳がございません。オリヴァー卿はベルナール殿が絶対に裏切らないと確信していたからこそ預けたのです。そして、」

フランシス王子はベルナールを丁寧に右手で示した。

「そのオリヴァー卿がただ一人つかわせた者だからこそ、代理に相応ふさわしいと感じました。恐らく我々が思いつかない方法で自身では避けられぬ事態に対しベルナール殿に保険をかけてあります」

「え?」

「そこはベルナール殿にお任せします。オリヴァー卿から直々に言伝ことづてなどを受け取っておりませんか?」


 傭兵ベルナールは舌打ちをすると、第八席の真後ろまで歩いて来て主の兜に向かって一礼をする。何だろうと不思議がる騎士たちの前でベルナールは伯爵家家宝かほうの兜を手に取るとフードの上からすっぽり被り、騎士たちは度肝を抜かれる。

「な、なん……!」

「……では、第八席オリヴァー子爵からの言伝です。“円卓の議席の皆さま、ご機嫌よう”」

フードと口布を付けた上から伯爵家の兜を被ったベルナールは、十二歳の少年の声で話し始めた。

円卓の騎士たち、特に第二席と第五席のベンジャミンとゴドウィンは鳥肌が立ち震え上がる。

「“ベルが僕の伝言を用いていると言うことは僕本人はそこにいないと思います。まずこれについて謝罪を申し上げます。大変申し訳ございません。円卓の皆々様には苦労をおかけしたことと存じます”」

ベルナールはただ言葉を述べるのではなくオリヴァー本人のように身動きをしていて、騎士たちは驚くばかりであった。

「こここれはどうなっているのですか!?」

「素晴らしい!!」

フランシス王子はサファイアの瞳から星があふれんばかりに目を輝かせた。

「オリヴァーくん! やはり君は天才です!」

「“フランシス殿下ならこの時点で感動して舞い上がっていると思われます。頼みますからあんまり興奮しないでください”」

「その通り! 見抜いていますよオリヴァーくん!」

「いま話しているのはオリヴァー子爵なのですか!? それとも傭兵なのですか!?」

「“僕からこの不思議な伝言について説明致しますのでしばしお待ちください、ゴドウィン卿”」

「ヒィ……」

「“これは残留思念ざんりゅうしねんと言う物でして、一応は魔法になります”」

「やはり!!」

「“はいはい、フランシス殿下は落ち着いてくださいね。まず、ベルは地頭が良いので出会って早々に僕から話を徹底的にしてみて、その反応からこの計画を考えつきました”」

「なんと恐ろしい……」

「“アダム卿はこの時点で顔が引きつっておられると想像しています”」

「合っていますし……」

「“簡単にこの魔法の構造を説明しますと、ベルに僕が物事をとらええる時の価値観、知識、重視する点を完全に真似出来るまで訓練させた上で、魔力で僕の伝言を脳に直接書き込んでいます”」

「とんでもないことをおっしゃってませんかオリヴァー卿?」

「“催眠さいみんとはちょっと違いますし、伝言の丸暗記でもありません。ベルは自分の頭でありながら僕と全く同じ思考速度と方法で物を考えられるのです。言うなれば僕の頭脳の複製です”」

「何を言ってるんですかオリヴァー卿は」

「“ベンジャミン卿はこの辺りで思考を放棄ほうきしていますかね?”」

「はい、既について行けません……」

「“何とか頑張って頂ければと。ああ、で。ベルをつかわせたのは他でもなく余った聖剣を持つべき騎士は誰だといさかいにならぬよう、また、そうなった時対処出来るようにするためです。多分フランシス殿下なら僕の考えを読んでベルを使い周りにちょっかいを出したはずです。今まさに出しているのかも知れません”」

「はい。聖剣タラニスが余ればみんな生唾なまつばを飲むのは私でも想像出来ました。そこへオリヴァー卿が直々につかわした従者がベルナールでしたので、これは最低でも三通り保険をかけていらっしゃるかなと」

「“はい、その通りです。次代のために円卓の議席を持った皆々様のことは旅の前に頭に叩き込みました。戦法、考え方、性格から生い立ちも全て。ベルには傭兵としての実践経験が豊富にあり、魔法も多少扱えるため僕の頭脳を持ってすれば円卓の騎士相手でも一度に三人は同時に戦えるはずです”」

騎士たちはもはや言葉もなくオリヴァー子爵の声を耳にしていた。


「“ご気分を悪くされるかと思いますが、僕がどう考えていたか具体的にお話しします。まず最初に聖剣タラニスに手を出す可能性が高いのは第二席ベンジャミン卿と第五席ゴドウィン卿の二人組でしょう”」

「え!?」

「ちょっ、オリヴァー卿!?」

「な、何故そうお思いに!?」

「“ベンジャミン卿は前王権を手にしていた公爵家の跡取りですので、再び王権をと父子ふし共に考えているでしょう。なので最優先で貴方を想定しました。ベンジャミン卿ただ一人を相手にするならベルはそこまで苦労しないと思うのですが、ああ、ベンジャミン卿を軽く見ているのではありません。聖剣タラニスを手にし僕の複製になったベルを想定して考えたことですので悪しからず。ここにゴドウィン卿が加わると面倒な事態になるなと思ったのでベルにはよくよく注意するよう話しておきました”」

 ベンジャミンとゴドウィンは顔を真っ青にしてオリヴァー卿の兜を見つめた。

「“ベンジャミン卿の行動の発端ほったんは王権と言う野心的なものですが、ゴドウィン卿の場合なかなか自信が持てずにいると言う可愛らしいものです。ただ、ベンジャミン卿が聖剣タラニスを狙えば便乗して彼の腹心に転向しそうだなと考えました。とらる狐ですね”」

長く話していた傭兵ベルナールは一度咳払いを挟む。

「“次に、狙って来るとしたら第四席アリエル卿だと考えていました”」

アリエルはチラッとオリヴァー子爵の兜を見やった。

「“冷静沈着なアリエル卿がまさかとお思いでしょうが、アリエル卿の場合は第六席アダム卿と結託けったくして第一席フランシス殿下のためにと行動するものです”」

「ほう?」

フランシスは意外と言う風にアリエルの顔をのぞき込んだ。

「“アリエル卿とアダム卿は共に次代もフランシス殿下が王権を握った方がよいと強くお考えです。アダム卿はベルが傭兵のなのを理由に最初から喧嘩腰に接すると思われますが、ご自身のお母上が平民出身で貴族へ養子に迎えられた経緯けいいから心の底では平民を差別しておりません。むしろ貴族界を嫌っている側です”」

「うっ……」

「“図星でしょう。その点についてはベルとアダム卿は似た観点をお持ちなので警戒しなくてよいと指示してあります。最後の想定はフランシス殿下自身が手を出した場合です”」

「ほう!」

フランシスは機嫌を悪くするどころか目を輝かせた。

「“ここは怒るところですよフランシス殿下”」

「聞いていてとても楽しいので。オリヴァー卿はどう想定されたのですか?」

「“ああ、まあそんな返事でしょうね貴方なら。フランシス殿下は放置された聖剣がいかに恐ろしいか深く考えられるお方ですので、ベルから取り上げて現王家で保管しようと言うお考えでしょう。ただ、殿下がそんな行動に出た場合は余程円卓が険悪な状況なので絶望的であるとベルには話してあります。最後の場合はフランシス殿下以外の騎士は皆殺しにする想定です”」

静かに聞いていた残りの席もぞっ……と鳥肌を立てた。

「“ここまでで何かご質問は?”」

「私からはありません。さすがオリヴァー卿、こちらがスカッとするほど先をお読みですね」

「“おめに預かり光栄です殿下。僕の一族はこの頭脳で生き残って参りましたからね。このくらいは容易たやすいです。聖剣タラニスについての保険はこの三通りの最悪な場合を想定しておりましたが、恐らく実際はフランシス殿下が僕の意図に気付いて先回りし、ベルに聖剣を持たせる理由を何としてでも付けて争いを回避していると思います。殿下も阿呆あほではございませんし、円卓の騎士たちはおいそれと欲望に負けたりしませんから”」

ベルナールはまた咳払いを挟むとオリヴァーの代わりに周りを見渡して頷いた。

「“第十代の円卓の騎士はフランシス殿下をそれぞれお慕いしておりますし、簡単に互いを裏切りません。それでも考えるならと言う僕の想像ですから、全て外れているでしょう”」

「さすがオリヴァー卿……。お見それいたしました」

「“ああいえいえ、浅知恵でお恥ずかしい限りです。残留思念ざんりゅうしねんをあまり長く使うとベルの頭に負担がかかるのでこのくらいに致します。最後に、僕から傭兵ベルについて簡単にお話を”」

ベルナール、いや傭兵の中のオリヴァーは特にベンジャミンに視線を向けた。

「“先程も申し上げた通り、僕の予想では第二席ベンジャミン卿と第五席ゴドウィン卿はベルが僕の代理をすることに猛反対もうはんたいしていると思います。直接口には出していないと思いますが。なので特にお二人に申し上げます”」

傭兵ベルナールは深々と二人に頭を下げた。

「“ベル自身も並々ならぬ思いで王侯貴族を嫌っていますがそれにはきちんと理由がございます。ですが、だからこそお二人とベルは互いに努力して歩み寄って欲しいのです。ベルをどうか僕の代わりと思って可愛がってやってください”」

オリヴァーは頭を上げると兜に手を掛けた。

「“では、第八席を予定していたオリヴァーからの伝言でした。ベルをどうか、どうかよろしくお願い申し上げます。それでは”」


 兜をすぽんと脱いだベルナールは兜を第八席の卓上に置き、数歩下がって頭を深く下げた。本当にそこに主人がいるように。傭兵はきびすを返すとまた壁際に立った。

「……ちょっと鳥肌が収まりません」

「いやぁ私もです……。何ですか今の?」

「オリヴァー卿が部下が自分の頭脳を真似出来たら便利なのにと八歳の頃ぼやいておりましたが本当に完成させてしまったのですね。いやはや〜」

「恐ろしい……」

「ハハハ、オリヴァー卿が第八席に身を置いていたらフランシス殿下の次代の王権は確実になっていたでしょう」

「ですから代理を務められるベルナールを置いて行ったのですよ彼は」

「あっ!? そう言うことですか!?」

「もちろんそちらが本懐ほんかいでしょう。ねえベルナール?」

「……多分な」

「ふふふ、やっぱり」

「怖いですねオリヴァー卿は……」

「味方でよかったです本当に……」

「あはは……」

「ハハハー……」

「ところでその残留思念なのですが!!」

フランシス王子は立場を放り出し好奇心のみでベルナールに話しかけた。

「普段からお使い出来るのですか!? と言うかオリヴァーくんは本当に天才ですね!! いかがです!?」

「あー、ウン」

目を閉じたベルナールは眉をしかめつつもフランシスに答えた。

「オリヴァー子爵は普段から頭の中に人格が二つあるような状態は好ましくないと、魔法の発動と共に普段は全く自分が出て来ないよう俺の頭に鍵をかけていった。オリヴァー子爵が前に出てくるのは兜を被った時なので普段の俺はただのベルだ」

「ほうほう!! やはりそちらも対策を!」

「フランシス王子は興奮冷めやらぬだろうから程よく話したらあとは黙ってろとも言われたから黙るぞ」

「オリヴァーくんそんな! 冷たいです!」


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