第3話『聖なるもの』
「しくじっただと!?」
「申し訳ございません」
ブリタニア王国のどこか。少なくともまともな人間なら待ち合わせ場所には指定しないであろう、
「強い毒なので身動きは取れないはずなのですが、なにぶんパッと消えてしまいましたもので……」
「言い訳はよい!!」
身なりのいい男はイライラした様子を隠しもせずその場を歩き回り、何かぶつぶつと呟いている。
「でもこちらは仕事はしましたんで、お代を」
「獲物を
「ではあんたも死んでもらいましょう!」
暗殺者たちがあっという間に手の平を返し依頼主に襲い掛かろうとした時だ。近くの茂みが揺れて彼らとは別の暗殺者たちが現れる。
身なりのいい男の手下たちは音もなく同類を
「死体はどうしますか」
「犬にでも食わせておけ」
「かしこまりました」
身なりのいい男はローブをひるがえし近くに停めていた馬にまたがってその場から立ち去った。
そしてその光景を、森の木々の隙間から茶髪に茶色の瞳の男がじっと静かに見ていた。
「欠席後言い訳にも来ぬとはいい度胸だな」
四回目の第十代円卓会議にて、第六席アダムと第二席ベンジャミンは大変不機嫌な顔で傭兵ベルナールを睨みつけた。
「まあまあお二人とも。怪我をなさっていたのですから当然ですよ」
「殿下、お言葉ながら三週間顔を見せずにその言い訳は通用しません」
「そうだ、言い訳をしてみろ傭兵。何があった? ん?」
傭兵ベルナールはいつもと変わらず第八席を前に単身壁際へと立った。
「何か言ったらどうだ!」
「王侯貴族どもは壁に話しかけるのか?
「何だと!?」
「二人とも」
フランシスは第二席と第六席を
「ですが、欠席をして訳を話さないのは円卓の
ベルナールはチラリとフランシス王子を見やると普段通りに目を
「傭兵と暗殺者に襲われた」
「その後はどこに?」
「王侯貴族なら考えもつかないような
「使いに出したジェラルドを振り切って逃げたのは?」
「お前がしつこいからだ」
フランシスはやれやれと首をすくめる。
「わかりました。ですが代理とは言え円卓の第八席に身を置くなら慎重に行動してください。円卓の騎士は互いに助け合えと規定にもあります。誰かが保護を申し出たなら次からは受け取るようになさってください」
ベルナールが肯定も否定もしないためフランシス王子は机を指で軽く叩いた。
「ベル」
「……騎士の仲間ごっこに付き合う気はない」
「ベル、こればかりは譲れません。いいですね?」
ベルナールが
(……こう言うところはオリーと似ている)
視線を下げたベルナールはフランシスから顔を
「では今後は仲間ごっこに巻き込まれぬようにする」
「……わかりました。それでも構いません。長々とすみませんでした。今日お呼びなさったのはどの騎士ですか?」
「第四席の私です」
伯爵家当主アリエルが手を上げ、騎士たちは彼に注目する。
「第二回において第五席ゴドウィン卿が報告なさっていた魔物討伐の件を我が臣下がさらに調べていたのですが、──……」
第四席アリエルは報告を
(それぞれの貴族近辺のお家騒動云々、魔物が出ればその周辺地域の調査と報告。あとは国境でのいざこざか。大体オリーが話していた内容だな)
「第四席アリエルからは以上です」
「ありがとうございますアリエル卿。第八席代理ベルナール殿は今の報告をどう
フランシス王子が話を振ると騎士たちの一部は不機嫌そうに傭兵を見た。不機嫌なのは話を振られたベルナール本人も同じで、傭兵は王子を
「どうぞ
「……フランシス王子は平民に意見を求める変人だそうだが、これも真実らしい」
「ええい、いい加減にしろ!」
「先ほどから殿下に何と言う口利きを……!」
「まあまあ皆さん」
「……
「では第八席オリヴァー卿なら今の話をどう考えたでしょう? 真の従者なら主の考えも分かるはずです」
意図は変えずに質問の仕方を変えたフランシス王子にベルナールは舌打ちをする。
「……第八席オリヴァー子爵なら、半年前にガリアで起きた魔物の大量発生も視野に入れただろう」
「ほう。それは何故です?」
「突然魔物が市街地に
「
フランシス王子は第八席オリヴァーの考えを
(平民の意見を後押しするなど本気で変人だなこの王子)
だが視野が広く物事をよく観察しているところはオリヴァーと共通しており、ベルナールはフランシス王子の中にもオリヴァーが生きているように思えた。
(親しいとは聞いていたがオリーの考えそうなことに頭が回る辺り真実なんだろうな)
「では何とかして隣国ガリアでの調査も進めましょう」
「そうですね。
「今日はありがとうございました、ベルナール殿」
会議の解散と共にフランシス王子は傭兵に話しかけた。ベルナールは迷惑そうに王子を
「ああっと、すぐお帰りにならないでください」
王子に腕を掴まれた傭兵は強く手を
「……触るな」
「先月あなたを宮殿にお誘いしたのに来て頂けなかったので、今日は直接お誘いしようかと思いまして」
王子は構わず進もうとした傭兵の前へ回り込み、
「オリヴァーくんの思い出話もしたいので、是非。精霊さまもご一緒に」
「本気でしつこいなお前は」
「そうですよ殿下」
第二席ベンジャミンは二人の様子を見ていて思わず口を挟んだ。
「強制しない方がその男の為です」
「ですが、」
フランシスは傭兵の前からベンジャミンにヒョッコリと顔を見せた。
「それだといつまで
「そもそもその気はない」
「まあまあ、そう
傭兵が
「そんなに思い出を語りたいならコイツとしろ」
「……オリヴァーくんは聖剣を持つ資格を己の命よりも重く受け止めていました」
フランシスは哀しげな笑顔で聖剣タラニスを静かに押し返した。
「彼を思えばこそ、軽々しく受け取ることは出来ません」
ベルナールは聖剣タラニスを腰に差し直すとフランシスの脇を通り抜けた。
「オリヴァーくんは貴方だからこそ命よりも重い証を預けたのだと思います!」
フランシス王子の叫びも虚しく、傭兵は彼の言葉を無視して時の門を越えた。
「お帰りなさいベルナール様」
円卓会議の間、精霊の少女リリーは鍛治師ゴブニュの元へ預けられていた。ベルナールはリリーの顔を見ると溜め息をついてベッドに腰を下ろした。
「どうなさいました?」
「……フランシス王子が想像以上にしつこい」
円卓会議で何があったのか話すと隣に腰掛けたリリーはなるほどと頷いた。
「フランシス様はきっとベルナール様と友人になりたいのですね」
「平民に構う変人め」
「そう
「オリヴァーから話されるフランシスは一人だが、奴の方は傭兵の一匹二匹気にも留めていないだろう」
「そんなことはないと思いますよ?」
(俺は出会って一ヶ月も経たない相手に何を話しているんだ……)
ベルナールの溜め息に追い討ちをかけるように魔法使いジェラルドが
「貴様!! 殿下のお誘いを二度も断るとは!!」
「ああ面倒くせぇ……。騎士は
「何だと貴様!!」
ベルナールは耳を小指で塞ぐとベッドに寝転がった。
「ベルナール様?」
「寝る。そいつは追い出せ。うるさい」
「では膝をお貸ししますね♪」
「ああ、うん。勝手にしろ」
精霊の膝を借りた傭兵ベルナールは本当に寝てしまい、激怒した魔法使いジェラルドはやかましいとゴブニュに首根っこを掴まれ
ベルナールが目を覚ますと明け方になっており、リリーは変わらずに傭兵の頭を撫でていた。
「お目覚めですか? ベルナール様」
「……その様付けはどうにかならんのか」
「聖剣と同じ名の神々から祝福を受けた勇者さまを敬うのは当然です」
「……ああ、神を敬うのと同じだと言いたいのか」
「はい」
「なら勝手にしろ。次から返事はしない」
「何故ですか?」
「様付けされるような出身ではない」
「そんなことはございません。暗い炎の祝福は……」
「だからそれだよ」
傭兵は舌打ちをした。
「祝福だと?
「まあ!」
リリーは悲痛な表情をした。
「なんてことを
「
リリーは薄氷の瞳からポロポロと涙を流した。
「何故そんな哀しいことを
「お前が泣いても知らん」
「祝福は始まりの者が神に愛された証なのに、呪いだなんて……」
リリーがしおしおと泣き始めてしまったのでベルナールはバツが悪そうに体を起こした。
「おい」
「ひどいです……」
「俺はこの力を持っていて嬉しいと思ったことはない」
「だとしても、貴方を生んでくれた母上に生んでくれと頼んだ覚えはないと告げるのと同じです……」
母と言う己の聖なるものを例えに出されてしまい、傭兵ベルナールは言葉に詰まった。
「……わ、悪かった。わかったよ、泣くな!」
「ひどいです勇者さま〜!」
「悪かったって!」
両手を
「すまん……」
かつてオリヴァーにそうしたように少女を
「もうそんなこと
「わかったよ……」
(コイツといると調子が狂う……)
ゴブニュに武器の研ぎをしてもらったベルナールが外へ出るとガーゴイルのように恐ろしい顔をした魔法使いジェラルドが立っており、傭兵は思わず引いてしまう。
「ああ、こっちが残ってたな。忘れてた」
「貴様と言う奴は……」
ジェラルドが本格的に吠え出す前にベルナールはリリーを
「で? 次は何だ? 第一王子フランシス殿下の
「
「嫌なこった」
ベルナールが馬を走らせる寸前、魔法使いジェラルドは
「あ!?」
「殿下からお前を見張れと直々の命だ!」
「はぁ!?」
「次は暗殺者に襲われんようにとな!!」
「ふざけるな! 降りろ!」
「ふざけているのは貴様だ!」
「何だと!! どいつもこいつも!」
ベルナールとジェラルドが野鳥のようにギャアギャアと喧嘩を始めたのを見て、リリーはコロコロと笑った。
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