灰花の蕾

時塚 有希

生まれたときから

「でていけ! この悪魔!」

「テメエなんて人じゃねえ!」

「嗤ってくんなよ! このバケモノ!」

 ワタシの記憶にある最初の言葉は、その笑んだ口を罵る言葉だった。

 ワタシの笑みは、どうも他の人から見れば気持ち悪いそうで、頬の真ん中にまで裂けているように見えるらしかった。

 そういうわけで、私の生まれた村では、大人はワタシを遠ざけ、子供たちはワタシをいじめ、老人たちは忌み子として、ワタシをいたぶった。

 唯一の味方だった母親も、九歳の時に病気で死んだ、というより、殺された。村の奴らが、私たちの家の井戸に毒を入れたのを見ていたから。

「こんな奴、さっさと村から追い出そう」

 言い出したのは、その村で一番の権力者だったか。ワタシはそうして、人身売買に出されることになった。

 ワタシを買ったのは、見るからに幼女嗜好のブタジジイ。慰み者にされたりしたけど、その中で、ワタシは唯一の仲間を得た。

「いいか? レイ。この棒をここに突き刺して、ひねると――」

 カチャリ

「――ほら、開いただろ? これがピッキングっていうんだ」

「へえ! おもしろいね!」

 ミドラと名乗った彼は、ワタシに様々な盗みの技術を教えてくれた。

 そして、それらの技術を極めるのに、この家はもってこいだった。

 まあまあ厳重な鍵の種類が揃っていたこともあって、ピッキングを鍛えたりするには十分すぎる環境だった。

 そして、その奴隷生活を6年、15歳のときに、ワタシとミドラはその技術を使って屋敷から脱走。民家に押し入っては盗み、たまに豪邸のところから盗んだりもした。

 そして、2年経って今。ワタシの目の前に――

「……なんで?」

 ミドラが、歪んだ笑みと、警官を携えて、ワタシを見下ろしていた。

「ミドラ? ワタシたち、うまく生きてきたじゃん……。何で今になって

「今になって? はっ、何言ってんだよ。どう考えてもお前がわりいだろ? 泥棒になろうって言ってきたのはお前じゃねえか」

 それを聞いて、愕然とした。

 泥棒になろうって言い寄ってきたのも。

 どこの家を狙うっていうのも。

 一緒に生きていおうっていってくれたのも。

 全部、全部――っ!!

「じゃあ、あばよ? 俺は気ままに生きるからよ」

「っ! まっ」

「取り押さえろ!」

 そこから先の生前の記憶は薄ぼんやりとしていて、よく覚えてない。結婚は、多分してなかったはず。だから子供も産んでない。どうやってその後を生き延びたのかも覚えてない。

 そして、気づいたときには、目の前に火の渦がるらるらと回っていた。

「いまから、テメエをこの業火に突き落とす」

 隣を見上げると、ワタシより上の目線に、人外のそれがいた。

 獣のように、鋭い牙と、切れた目。

 頭に、ワタシの腕くらいの長さはある角。

 そして、黒い肌に、手に持った、赤色の三つ叉。

 奴隷時代に、教会で見せられた悪魔のそれだった。

「――……ああ、ワタシ。死んだんだ……」

 今更ながら、そんなことに気づいて、空を見上げる。

 普通なら青色に染まっているそれは、目の前を走る業火と、蓋をされているかのような黒色のコントラストで、まさしくこの世の終わりと形容するにふさわしい見た目だ。

「――言い残すことは、ねえか」

「……じゃあ、一個だけ」

 一歩進めば、すぐに業火の渦へと飛び込んでしまう、崖。

 その一歩を、ワタシは自分の意思で踏み出した。

「せめて――罪を償った後ででもよかったから――」

 足から、吸い込まれていくように宙を落ちていく。

に、生きたかったなぁ」

 身を焦がす業火の痛みは、ほんの一瞬だった。

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灰花の蕾 時塚 有希 @tokituka

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