十五話 その後で
「……っ」
長い長い眠りから覚め、すぐさま辺りに目をやる。意識を失う前と何ら変わっていないようでそのことにとりあえずホッと胸を撫で下ろす。
そういえば試合の結果はどうなったんだ?
「何で俺が……」
そんな声に目を向けると両手膝をつき何やらぶつぶつと呟いている海世が目に入る。偉そうな態度も鼻につくような口調も何もかもが俺の知る海世ではない。
意識を失っていた間に一体何があったんだろうか。
「凪!」
海世の様子に首を傾げていると入場口の方から何やら興奮気味の圭地と遅れて蓮が走って来た。
「やったな!」
言うが早いが圭地は感情任せに抱き着いて来る。高ぶる感情のせいで力加減が出来ておらず、まともに呼吸が出来ない。
息が荒くなり、視界がぼやけ始める。あ、やばい。
「圭地そのままじゃ凪が死んじゃうよ?」
「ああ、悪い!嬉しくてな!」
蓮のナイスプレーによりひとまずは死の危険を回避することが出来た。
「勝ったのか?」
「ああ!俺たちの勝ちだ!ありがとうな凪!」
もらう感謝に嫌な気はしない。ただ、俺の手柄ではないので素直に受け取ることが出来ず何だか複雑な心境に襲われる。
「そっか勝ったのか。良かった」
それでも勝ったという事実に頬が緩む。これで柳にも顔向け出来る。
「認めない……」
圭地たちとワイワイやっているといつの間に立ち上がっていたのか海世が俺らを睨んでいた。憎悪一色に彩られた瞳は底なしの沼のように深く、ねっとりとした潤いを持って俺らを映している。
「俺は負けていない……お前らみたいな才能を持たない奴に負ける訳がない……」
「現実を見ろ。お前は負けたんだ」
「黙れ!!!」
圭地の言葉に強く被せ海世はそう叫ぶ。
「何も持っていない奴が俺に指図するな!」
何があったかを察することは出来ないが、俺が知る海世はもうここにはいないように感じる。
元より異常なまでの自信家で誰よりも自分の強さに酔っていた海世がこうなった原因は直接的にも間接的にも俺にある。このままでは本人にも取り巻きにも何よりも海世を慕って尊敬している人たちに申し訳が立たない
恥も外聞もない俺に出来ることは一つだけ。
「海世」
「あ?」
「悪い」
一歩前に出た俺はそのまま腰を曲げ頭を下げた。到底謝って済む話じゃないことは分かっているが、現状俺に出来ることはこれくらいしかない。
「は?」
「おい、凪。何で謝ってるんだ?こいつに下げる頭なんてないだろ?」
圭地から見れば俺の行動は奇行以外の何物でもないだろう。けど、申し訳なさ、罪悪感を見て見ぬふりのままには出来ない。
「……は、ははっ!はははっ!」
「こいつ……!」
バカにされてるとでも思ったのか圭地は海世に詰め寄ろうと一歩前に出る。
「圭地」
俺はその足を止め首を横に振る。止められてまで強行するほど圭地の冷静さは欠けていなかった。悔しそうに唇を嚙み蓮の隣に戻る。
「ありがと」
圭地に向けていた視線を海世に戻し口を開く。
「もちろん、この程度で許して貰おうなんて思ってない。もしお前が望むなら俺は出来る範囲で何でもする」
「ははっ……!何でも……何でもか……!」
「ああ」
顔を両手で覆いながら軽快に笑う海世。視界の端に映る口元が嫌に歪んだのを俺は見逃さなかった。
「なら、取り消せ。お前が勝ったということを。俺が負けたということを取り消せ……!」
予想していたがやはりそう来るか。しかし。
「それは出来ない」
「何でだ……!」
「過ぎた事実は変えられない」
海世が自身の負けを認めたくない気持ちは分かる。が、過去を取り消すことは出来ないし過去を変える権利なんて誰にもない。
「そうか。お前はそこまでして俺を笑い者にしたいんだな……!」
「っそんなことは……っ!」
顔を上げた瞬間、右の頬に強烈な一撃が叩き込まれる。あまりの威力に態勢を崩し後ろによろよろと脚が動いて行く。
殴られたと分かった瞬間、口内にじんわりとけれど、確かな鉄の味が広がった。
「「凪!」」
二人の声をすぐ後ろに聞きながら腕を広げ制止を掛ける。
「大丈夫だ」
不格好な笑みを二人に向ける。
「むかつくんだよ!お前のそういうところ!いつもヘラヘラしてさぁ!善人面か?!被害者面か?!謝って何になんだよ!煽ってんのかよ!?」
頭を力任せにガシガシを掻きむしりながら海世は叫ぶ。
「そんなつもりは……!」
「黙れよ!」
「がっ……!」
海世の怒り任せの拳が明確に俺の鳩尾を捉えめり込む。内蔵が凹みぐちゃぐちゃに乱され、あまりの威力と痛みにその場に片膝をつく。喉の奥からせり上がって来る不快な酸っぱい味とドロッとした固形物を含む感触を出さないよう口に蓋をする。
「痛いか?痛いよなぁ?!俺はもっと痛いんだよぉっ!!!」
分かっているさ。絶対的な自信をいとも簡単に砕かれた人の気持ちが分からない訳ないだろう。
「……悪い」
「っ!謝って俺の痛みが引くとでも思ってんかよ!もっと苦しめよ!何で俺がお前なんかに!!!」
後頭部から背中にかけて連続的にかかる痛みと衝撃。それを感じる度に地面との距離が徐々に近付いていく。
海世をこうしてしまったのは俺のせいだ。だからこの痛みは必要経費と考えよう。
「……もう死ねよ」
声音に感情がない。さも当然かのように呟かれた言葉と共に俺は覚悟を決める。
「け、圭地!」
「分かってる。もう限界だ」
ダッと地面を蹴る音が聞こえすぐ隣を風が駆けた。
「あ?」
「やり過ぎじゃねえか?」
恐る恐る顔を上げると頭に振り下ろされるはずだった足が寸でのところで圭地の足によって止められていた。
「大丈夫?凪?」
切羽詰まった様子の蓮は頬に手を置き心配そうに顔を覗き込んで来る。
「まあ」
「あまり無理しないでね?」
「悪い……」
心配かけるなんてらしくないな。
「何お前?何で邪魔する訳?」
「お前殺す気だっただろ?」
「だったらなんだよ」
「目の前で友達が殺されそうになってたら普通止めるだろ?」
その会話を聞いてゾッとした。もし圭地が止めてくれてなかったら今頃俺の頭部はぐちゃぐちゃの肉塊に変化し死んでいたことだろう。
「友達……ははっ……友達か……!」
「何が可笑しい?」
「いやぁ、随分と友達思いなんだなぁと思ってな」
何が可笑しいのか海世は定期的に笑い声を上げる。
「当たり前だろ。お前にもいるだろ友達が」
「俺に友達……?はっ、いる訳ないだろ!あいつらは俺の下僕だ!そもそも友達なんていてもいなくても変わらないんだよ!」
サッカーボールのように圭地の足を蹴り飛ばし海世は距離を取る。
「お前はなんでそんなに自分勝手なんだ!」
「才能がある奴が無能とつるむ理由はないだろ。その点お前らはいいよな。全員無能だからな、得るものも失うものもないもんなぁ!」
「っお前……!」
「圭地落ち着け」
肩に手を置き宥めにかかる。
「凪、もういいのか?」
「よくはないけど、幾分かマシになった」
「やっと立ったか!早く頭を下げろ!さっさと取り消せ!」
「お前は強い」
「凪!」
「ああ、そうだ!俺は強い!」
「才能もある」
「確かになぁ!」
「けど、それだけだ」
「……あ?」
最後の言葉で海世の表情が邪悪に歪む。
「聞こえなかったなぁ。もう一回言えよ。今度は間違えないようになぁ!」
「何度でも聞こえるように言ってやる。お前には才能と強さしかない。他にも大切にするべきものがあることをお前は何一つ分かってない……!」
「……そうか。せっかくのチャンスを棒に振ってまで俺に説教を垂れるか。素直に取り消していれば苦しむこともなかったろうに。つくづくお前は愚かだなぁ……!凪!」
言い終わると同時に海世は刀を出す。理屈は分からないけど、途轍もなくやばい感じがビリビリと頬を撫でる。
「チッ!蓮!凪を連れて逃げろ!」
「圭地は?!」
「逃げる時間を稼ぐ」
「そんな!無茶だよ!?」
「そうかもな。でも、目の前で友達を失うよりかはマシだ」
振り返り圭地は寂し気に笑う。
「っ……!凪行こう!」
覚悟を決めたように口を横に結んだ蓮は俺の手を取る。
「ここは圭地に任せよう。凪は何よりも怪我の手当をしないとね」
今の海世は言葉で言い表せないほどにやばい。下手をすれば人を殺しかねないほどの殺意に憑りつかれている気がする。
そんな海世を圭地が止めることは多分、出来ない。この時に何も出来ない自分の無力さが妬ましい。
~砂砂良圭地視点~
「そこ退けよ。凪を殺しに行けないだろ?」
「そんなこと言われて、はいどーぞと素直に道を譲る奴がいるかよ」
「何でこうも俺の邪魔をする奴が多いかなぁ。まあ、いいや。まずはお前だ。なるべく苦しみながら殺してやるよ!」
刀を出すと同時に眼下に海世がいた。速すぎるなんてもんじゃない。剣士としての格が違いすぎる。
これが才能の壁か……!
「くっ……!」
「オラオラどうしたよぉ!受け止めるだけで精一杯か!」
言う通り目で追えるか追えないかくらいの速さに合わせるだけで限界だ。それに受け止める度に乗る一撃の重さが規格外過ぎる。
「遅いんだよ!」
思いのほか早く体力の底が見えてきた辺りで膝が僅かに曲がり態勢が崩れた。その隙を海世が逃す訳がない。肋骨に向けて繰り出された蹴りが俺を易々と空中へと運ぶ。
後方に吹っ飛び、背中から叩きつけられるように落ちる。
「かはっ……!」
全身の息が吐き出され痛みで体が上手く動かない。呼吸が上手く出来ず酸素不足で視界が揺れる。
すぐ近くに落ちている刀を拾おうにも腕が全く動かない。
「弱いなぁお前は……!」
傍まで歩いてきた海世によって目の前で刀が真っ二つに折られる。飛び散った破片が肌を掠り切り傷を作る。
「こいつのようにお前も真っ二つにしてやるよ!心から感謝しながら死ね!」
逃げることも避けることも出来ない。乱暴に振り上げられた刀は俺の胴体目掛けて振り下ろされる。
ここまでか……!ギュッと固く目を閉じその時を待つ。が、
キィインッ!
「とっくに授業は始まっている。こんなところで油を売っているな」
甲高い音と聞き慣れた声。目を開けゆっくりと顔を上げると、担任が海世の刀を受け止めていた。
「何でここに……」
「最初に言うことがそれが。吞気なものだな」
「何だお前は……!」
担任からただならぬものを感じたのか、海世はこれ以上ないほどに距離を取る。
「代表戦をすることは知っていたが、時間は見ておけ」
「ははっ、悪い」
「何だと聞いている!」
「教師に対する言葉遣いがなっていないな。まあ、こっちもこっちか」
小さくため息をついた担任は目を細め海世を見る。
「一つ肉体への直接攻撃は刀を持って有効となる。一つ戦意を失くしたものへの攻撃は禁止。一つ相手に「参った」と言わせるか、刀を破壊した場合にのみ勝敗が決する。以上のルールを破った場合、その場でルール違反として強制的に退場、不戦勝となり負けになる」
「急になんだ!」
「代表戦のルールだ。お前も知っているだろう。そしてお前はそのうち一つのルールを破った。よってお前の負け。この場から即刻退場してもらおうか」
「見てたのかよ。そりゃないぜ……」
この状況でも乾いた笑いが漏れた。
「俺の負け……?俺が負け……?ふざけるな!俺は負けていない!凪にもお前にも!誰にもだ!」
「才能を持つ者は過信故に自分に落ちる。憐れなものだな」
「取り消せ!撤回しろよ!」
刃先を向け海世はこちらに向かってくる。
「自身の負けを恥じた瞬間、人は成長が止まる。お前は勝ちに拘り過ぎた。それがお前の敗因だ」
向かってくる海世を容易くいなし鮮やかな所作でその手首に手錠をかけていく。
「停学と反省文は覚悟しておくんだな」
「何だよこれ!取れよ!」
手錠をかけられた瞬間、海世の刀は破片も残さず消え去り、全てが無力化された。
「後は任せることにしよう」
同じような言葉を何度も何度も喚き散らしながら二人の教員によって海世は第一訓練場から消えて行った。
「……」
「あの……助けてくれるとありがたいんすけど」
痛みと疲労で全く体が動かない。
「俺は忙しい。お前らも早く教室に戻れ」
担任は俺を一瞥した後、専用観客席に座っている木皿儀たちを見やる。
「……」
まあ、助けてくれるとは思ってなかったけどさ。
「間と黒カに任せてある。なるべく早く戻ってこい」
「……おう!」
その後、担任が言っていた通り間と黒カが駆け付けて来た。黒カの背中に背負われそのまま保健室へと運ばれる。
「来たのね。座りなさい」
先に来ていた凪と蓮は分かるんだが、
「何で木皿儀もいるんだよ?!さっき教室に戻ったはずだろ?!」
「今はそんなことどうでもいいでしょう?それとも私では力不足かしら?」
救急箱片手にわざとらしく視線を落とす木皿儀に俺の中の良心が悲鳴を上げる。
「うぐっ……。頼む……」
「最初からそう素直にしていればいいのよ。じゃあ服を脱いで」
背もたれがない、簡単に一周するタイプの椅子に座り木皿儀に言われた通りに上を脱ぐ。
「わっ……」
「言っておいてなんだけど、躊躇しないのね……」
蓮の驚いたような声と木皿儀の呆れたような声を両面に聞きながら首を傾げる。
「上を脱がないと傷防げないだろ?」
「そうだけど……恥ずかしくないの?」
「下ならともかく上だからなぁ。てか、男の上裸なんて女のに比べたらそこまで価値のあるもんじゃないだろ?」
見ていて楽しいものでもないだろうし。
「……まあ、いいわ。少ししみるけど我慢しなさいよ?」
「おう!」
「じゃあ、僕たちは先に戻ってるよぉ」
「ああ!ここまで運んでくれてありがとうな!」
「お大事にぃ」
間と黒カは手を振りながら保健室から出て行った。
「……いったっ」
「我慢しなさい」
頬に出来た切り傷に冷たい感触が触れ、アルコールが染みていく。それに伴って鋭い痛みがほんわかと広がる。
俺の怪我自体はそこまで酷いものではなく、蹴られた時に出来た胸部の痣と破片で出来た頬の切り傷。その他は細かな怪我ばかり。
俺よりも凪の方が怪我の具合はうんと悪い。まあ、あれだけ踏みつけられ殴られ蹴られたんだ、酷くない方が可笑しいだろう。
特に鳩尾と頬に出来ている痣は気分が悪くなるくらいに青くなっていて、見ているだけでも痛そうなのが一目瞭然だった。唇をよく見れば殴られた時に切ったのか少しだけ赤色が露出しているのも痛々しい。
もう少し早く止めていれば、凪の怪我は今よりも酷いものになっていなかったはずだ。蓮の声がなかったら俺は多分、ずっと動けていなかった。
今日で理解した。俺は弱い。剣士としても人としても何もかもが脆い。脆すぎる。
昔から喧嘩の腕には自信があったが、いくら腕っぷしが強くてもそれは剣士としての強さとは何ら関係ない。
じゃあ、剣士に必要な強さって何なんだ?筋力か?足の速さか?それともやはり才能なのか?分からない。分からないから俺は弱いんだ。今までそんなこと考えたこともなかったから。
このままじゃ俺はこの先ずっと弱いままだ。人一人ろくに守れず、守られるばかりの時間を過ごすのか?
そんなの嫌だろ……!
「はい、終わりよ」
「……なぁ」
「まだ、どこか痛む箇所があるかしら?」
「どうすれば強くなれるんだ?」
俺のそんな質問に室内はシンと静まり返る。建物が軋む音と風によって揺れる窓の音が濃く鮮明に耳を支配する。
「そんなこと私に聞かないでちょうだい」
「そうだよな……」
救急箱の蓋を閉じた木皿儀はそれを棚に仕舞いながら答える。当然のことだ。自分が強くなる為に必要なものを他の誰かが知っている訳がない。
強くなる為の理由を作った本人が自分で答えを探そうとしないで何になると言うんだ。
「……でも、そうね。一つヒントを上げるわ。どこかの誰かさんのようになりたくなければ、あまり勝ちに拘らず、多方面の強さに目を向けたほうが良いわ。強さは一種類だけではないことを忘れない方がいいわよ」
強さが欲しいのは事実だ。けど、海世のようになってまで強さが欲しいかと言われれば微妙なところだ。
あそこまで醜く貪欲な生物にはなりたくない。
「さ、治療は終わり。早く教室に戻った方がいいんじゃない?」
「そうだな。ありがとうな木皿儀!」
「出来ることをしたまでよ」
どこまでもクールに木皿儀は返す。
「木皿儀は戻らないのか?」
「ええ。私はもう少しここにいるわ」
「そっか。柳のこと頼んだ!」
「任せなさい」
保健室を後に教室へと戻る。俺よりもけがの状態が酷い凪はまだ痛みが引いていないらしく、随分と歩きづらそうにしていたので、互いに肩を貸し合いながら廊下を歩いて行く。
「遅いぞ」
「ははっ。悪い」
変わらず手厳しい担任に頭を下げながら自分の席へと座る。
「木皿儀はどうした?」
「保健室に残るって言ってましたよ」
「全く……何でこうも自分勝手な奴が多いんだ」
頭を抑えため息をつく担任に俺はニッと笑う。
「何でってここは問題児たちの巣窟!隔離教室だからな!」
「誇るな」
「ははっ」
俺らの怪我の具合なんて関係なく、今日も今日とて見慣れた一日が過ぎて行った。
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