十三話 第一試合
一から十まである訓練場の中で一番大きいのが第一訓練場だ。真ん中にあるフィールドを囲うように観客席があり、座席数は本校舎組、旧校舎組を合わせても余裕があるほどに多い。
この観客席の多さは他の訓練場では遠く及ばず、時折行われる他校との練習試合の時の熱気や歓声は第一訓練場でしか見れない圧巻の景色だ。
だからこそなのだろう。俺らを笑い者にするには打って付けの場所だ。
『そろそろ試合を始めるので、出場する生徒は準備を終えて下さい』
アナウンスが聞こえ、柳が控室の椅子から立ち上がる。
「行って来る」
「頑張れよ!」
「応援してる」
「ああ」
柳を見送った俺たちは学園側がわざわざ用意してくれた隔離教室組専用の観客席に向かう。専用と聞くと特別な感じがしてならないが、要は俺らを見世物として目立たせる為に用意された席のことで、他と違うのは周りの席が不自然はほどに開いていることくらいだろうか。
両側に他の生徒がおらず不自然に開けていれば嫌でも注目を浴びる。現にこちらを指差しクスクスと笑っている生徒が遠目でも見える。さすが一番大きい第一訓練場だ。他の訓練場では降るはずのない侮蔑の目の雨が止まずに頬を垂れてくる。
と、そんなことを気にしている暇はない。今は柳の応援に徹しないと。
~箱招柳視点~
フィールドに立って最初に感じたのはこれまでにはなかった明確な鬱陶しさ。周りを囲うように設置されている観客席からはクスクスと耳障りな笑みやまるで腫物でも見るような低俗な視線が降り注ぎ、それだけで俺の心の中は幾分かざわつく。
剣士に取って大切なことは、いつ何時でも冷静でいることと座学で教わった。だが、現状ではその教えは何ら意味を持たない。
自分で招いた現状に俺はやはり苛立ちを隠せなかった。こうなることは予想出来ていた。出来ていたが、予想と現実は大きく違う。
啖呵を切って先鋒を選んだが、果たしてそれは間違いだったのではないかと思ってしまう。
止まない声に空を仰ぐ。今はただ、耳を塞ぎたかった。視界を遮るものが欲しい。けれど、それは叶わない。
ここに立ってしまった時点で、俺に逃げるという選択肢はない。俺が何で隔離教室に来たか、今一度痛烈に理解した。
俺には剣の才がない。だから、ここに来たのだ。実技では満足な成績を出せず、逆に座学では不自然はほどに好成績を叩き出した。
頭がいいだけではこの学園では生き残れない。俺は間違えたのだ、来るべき場所を。親の期待に流されるままにこの学園に来た末路がこれか?呆れて笑いも起こらない。親がどうとか、期待がどうとか。そんなことに真剣になっていたあの頃の俺がバカみたいだ。
もっと自分を大切にしておけば良かった。そうすれば、今こうして後悔することもなかっただろうに。
「柳!」
「!」
顔を下げ声のした方を見る。そこには今にも落ちそうなほどに体を前に出し笑う圭地がいた。
「何、上ばっか見てんだ!相手は正面にしかいないぞ!勝つんだろ!」
ああ、そうだ。何を後悔している暇がある。何を過去を懐かしんでいる暇がある。そんなことをしても現実は変わらないだろ。
顔を下げろ。前を向け。今一度考えろ。
何故、ここに立っているかを。
『両者の準備が整ったようなので早速代表戦の方を始めましょうか!実況解説は放送部部長川阪と、学園長の石嶺学長でお送り致します!石嶺学長お願いします!』
『うむ。双方共に良き試合を期待しているぞ』
まさか学園長まで引っ張り出して来るとは、どうしても俺らを笑い者にしたいらしいな。
『試合を始める前に、大雑把にルール説明を。一つ肉体への直接攻撃は刀を持って有効となる。一つ戦意を失くしたものへの攻撃は禁止。一つ相手に「参った」と言わせるか、刀を破壊した場合にのみ勝敗が決する。以上のルールを破った場合、その場でルール違反として強制的に退場、不戦勝となり負けになります。いいですか?』
「いいぜ」
「ああ」
『では、第一試合。二年A組、桑大柵矢選手対隔離教室、箱招柳選手の試合。始め!』
試合開始のゴングが鳴ると同時に俺は片手を前に突き出す。
「来い」
その合図と共に手の上に刀が現れる。鞘はない。青みがかった綺麗な刀身が太陽の陽に煽られ美しく輝いている。
柄を握り刃先を相手に向ける。勝つ。勝って後に繋げる。それが今、俺に出来ることだ。
「行くぞ!」
相手も同様に刀を顕現させ握る。その瞬間にはもう地面を蹴っていた。いつの間にか目の前にいた桑大は豪快な動きで刀を上げ、大きく振り下ろす。
その動きが見えた瞬間、腰を僅かに落とし両手に力を入れ受け止める態勢に入る。これで完全に受け止めきれる保証はないが、避ける時間なんてなかった。
「受けきれるものなら受けて見ろ!」
そんな叫びと共に振り下ろされた刀は想像以上の衝撃と重みを持って俺に襲い掛かる。
「っ……!」
刀身から伝う揺れが手にも伝わり、衝撃により視界が少し地面と近くなる。揺れのせいで僅かに力が抜けたと分かった瞬間、相手もまたその隙を見逃さなかった。
「がら空きだぜ」
「うっ……!」
瞬時に刃先と柄の位置を入れ替えた桑大は、柄の先で鳩尾を力いっぱいに衝いた。威力は当然、予想通り。強烈な痛みと共に俺は数メートル後ろに吹き飛んだ。
背中から硬い地面に落ち、その痛みに加え鳩尾を中心に徐々に広がっていくねっとりとした痛み。
この時点で意識を失わなかったのが奇跡なほどだ。体を起こそうにも錆び付いたように指一本動かない。
すぐ近くに落ちている刀を拾おうにも視界が霞んで距離が測れない。手を伸ばす気力もなく、その様があまりにも情けなくて、いっそ自分が嫌いになりそうだ。
決意もやる気も何もかも、結局は才能の前には無力ということか。
「おいおい、もう終わりか?もうちょっと俺を楽しませてくれよ」
そんな不愉快になる声が聞こえ、霞む視界を上げる。ニヤリと余裕を満足に含んだ表情が感情に悪く響く。
この感情を俺は知っている。これは異常なくらいの苛立ち、悔しさ、情けなさだ。
「まだ……終わらない……!」
悲鳴を上げる体を無理矢理に動かし刀を拾い立ち上がる。鳩尾が痛い、背中が痛い。正直、膝が笑って上手く立て続けられる自信はない。
けど、立たないといけない。自分の無力さは嫌なくらいに自分が一番分かっている。なら、せめて後に繋げられるように、最低限、一撃は入れたい。
弱くてもいい、勝てなくてもいい。だけど、後悔の残る試合にはしない!
「お、そうでなくちゃな」
「行くぞ……」
「はっ、その体で何が出来る?大人しく寝とけよ!」
その声と共に風を切る音が耳に届く。刀身が届くまで指折り数えている暇はない。今、この一撃を食らったら確実に意識を失う。
逃げろ!動け!受け止めろ!
ガキィン!
「断る……」
「なっ……!?」
火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか。見事受け止めることに成功した。まさか受け止められるとは思っていなかったのか桑大は目に見えて動揺している。
その数秒の隙を逃すほど、俺はお人好しではない。最後の力をこの一振りに賭ける!
力任せに刀を弾き相手の態勢が崩れたところに斜め下から上へ向けて三日月のような曲線を描きながら刀を振り上げる。バチっと火花が散りカランッという音が辺りに響く。
「終わりだ」
「っ!」
気付いた時にはもう遅い。刀を飛ばされた桑大は唇をこれでもかと言うほどに嚙み、俺を睨み付ける。
勝負に置いて楽しい瞬間は絶望的な状況から逆転して相手に吠えずらを掻かせた時だ。
そしてまさしく今がその瞬間だ。
「っ……参った……!」
首元に向けられた切っ先。自身の負けを察したのか桑大は視線を斜め下に落としながらポツリと呟いた。その言葉を聞いて俺は刀をしまう。
「どうした?俺の勝ちだ。早く言え」
『……しょ、勝者、隔離教室、箱招柳選手!あの状況からまさかの逆転勝利!な、何が起こったんでしょうか!!!???』
俺が勝つことを想定していなかったのか会場の盛り上がりはいまいちで、何ならブーイングが始まる始末。
その中でも奴の声は曇らずに俺の耳に届く。
「やったな柳!」
「あ、危ないよ圭地!」
興奮冷めやらぬ様子の圭地は鳥栖目の制止を振り切り観客席からフィールドに飛び降りた。見事な着地を決めたと同時にこちらに走って来る。
「勝ったぞ」
「ああ!見てたよ!さすが柳だ!」
「褒めすぎだ」
こんなにも素直に褒められたことも感情をぶつけられたこともないので柄になく恥ずかしくなる。
「苦しいぞ」
嬉しさが頂点に達したのか抱き着いてくる圭地の腕を軽く叩き拘束を解くように催促する。
「ああ、悪い悪い」
圭地は苦笑い浮かべながらゆっくりと離れる。
「後は任せたぞ」
「任せろ!」
その言葉を聞けて安心した。そろそろ限界だったんだ。ぼやける視界の中、残りを二人に託し俺の意識は途絶えた。
△
「……ここは」
意識を取り戻し目を開けるとそこには見慣れない景色が広がっていた。
「随分と典型的なセリフを言うのね。ここは本校舎の保健室よ」
傍らで椅子に座りながら本を読んでいた木皿儀は本を閉じ椅子を立つ。
「どこに行く?」
「私がどこに行こうとあなたには関係ないでしょう?」
「つくづくいやな女だ」
「あら、ありがとう。それだけ減らず口が叩けるのならもう大丈夫ね。じきに砂砂良くんたちが来るから後は好きにしなさい」
「待て」
保健室を出て行く木皿儀の背中に待ったをかける。
「何かしら?」
木皿儀は振り返らず声だけを返す。
「代表戦の結果はどうなった?」
俺が起きてからずっと気になっていたこと。それは代表戦の結果だ。桑大から受けたダメージがあまりにも大きかったせいか目覚めた今の時刻は十六時半。とっくに放課後だ。
となれば既に代表戦の雌雄は決しているはずだ。結果を直接この目で見届けられなかったのは残念だが、あの二人のことだ負けたなんてことはないと信じたい。
「そういうのは本人に直接聞きなさい。私は別の用事で忙しいの」
ぶっきらぼうに返し木皿儀は保健室を出て行く。どうにも俺は木皿儀と相性が悪いらしい。
別に仲良くしたいとは思わないが、同じクラスである以上嫌でも毎日顔を合わせなくてはならない。
そうなれば言葉を交わす機会もあるだろう。その度にこの感情を抱くのは虫が悪い。
「何かしたのか?」
次に保健室の扉が開かれるまで俺はそんな答えのない問いについて延々と考えていた。
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