七話 言える言えない
昼休みも後半に差し掛かろうとしているのに未だ食堂内は多くの生徒たちで賑わい返しており、そのせいかかれこれ五分近くはお盆を持ったまま三人揃って空いた席がないか食堂内を練り歩く羽目になっている。
広く大きな本校舎とは対照的に食堂はそこまで広くはなく(一般的に見たら広すぎるほどだが)明らかに在籍している生徒数に対応出来ていないのが丸わかりだ。
生徒全員が等しく食堂を利用する訳ではなく、購買やコンビニ、中にはお弁当を持って来ている生徒もいるのでそれを考慮してのことなのだろうとは思うが、年々入学する生徒数は増加傾向にあるので、そろそろ何かしらの対策を打ってくれないと、せっかく来たのに一口も食べられずに昼休みを終える、なんて生徒が出て来てもおかしくはないはずだ。
食後の談笑をしている暇があるなら早急に席を譲って欲しいという本音は心の中だけに仕舞っておこう。
「お、ラッキー!そこ空いてる座ろうぜ!」
食堂の隅、ちょうど三人用の席が空いているのを圭地が見つけ足早に座る。もたもたしていたら他の奴らに取られかねない。
「いただきます!」
「「いただきます」」
手を合わせ各々の料理に手を付けて行く。正直なことを言ってしまえば、同じ値段でもコンビニで買った方が量的に得をすることの方が多いが、それでも友達と一緒に食べているという感覚だけはいくら払っても買い切れないほどに喜ばしいものがある。
自己満価格という奴だろうか。
「そう言えばよ」
ごくんと喉を鳴らし終えた圭地が口を開く。
「凪はどうしてこの学園に来たんだ?」
圭地の何なけなしの問いに俺の手は一瞬止まった。表情から温度が下がって行くのが分かり、心中は僅かに乱れ始める。
「……どうした急に?」
その変化を悟られないように極めて慎重に聞き返す。
「いや、何か目的があってここに来たんだろ?それが気になってな」
「あ、それは僕も気になってたんだ」
二人の無邪気な好奇心が俺を包む。見ている限りは純粋かつ単純な疑問なんだろうと察せるが、どうにもいい顔は出来ない俺がいる。
箸を置き一呼吸おいてから口を開く。
「そういう二人はどうなんだ?何か目的や目標はあるのか?」
「お、口硬いな!まあ、聞き出すだけってのも不平等だよな。よし、俺から行くか!」
とりあえず意識を逸らせることには成功したが、流れ的に圭地、蓮が終わると強制的に俺の元に帰って来るのは必然、それまでにそれとなく在り来たりで筋が通ってそうな嘘を作っておくしかないか。
出来れば不要な嘘は付きたくなかったけど、しょうがない。
「俺がここに来たのは卒業したって言う証拠が欲しかったからなんだ」
「と言うと?」
「ここってさそれなりに名が通ってる学園だろ?だからここを卒業すればこんな俺でも必要以上の評価を貰えるし、それ相応の金も稼げるようになるだろ?俺んちって貧乏な癖に兄妹が多くてよ、長男である俺が頑張らないといけないからさ。将来、弟たちには金や学歴で苦労して欲しくないんだよ」
どんな話が来るかと思えば、想像以上にいい話が過ぎる。ここが食堂じゃなかったら人目をはばからず泣いているところだった。
やはり所詮噂は噂か。家族想いいいじゃないか。俺にも妹がいるので兄弟を思う兄の気持ちがよく分かる。
でも、自身は兎も角、下には苦労して欲しくないって、弟、妹からしたら少しばかりエゴなのかもしれないけど。
「俺の話は終わり!次、蓮の番だぞ!」
「あ、僕?んー、いいけど……圭地ほどいい話じゃないよ?」
「いいから話せって!」
別にいい話大会をしている訳ではないので蓮の心配は杞憂に終わるだろう。
「僕の場合はね。圭地と少し被るんだけど、親がここに行けってうるさくてね。まあ、最低限学歴くらいは大事だからしょうがないと思うんだけどさ」
「へー、初めて知ったな。じゃあ、蓮は他に行きたいところとかあったのか?」
「んー、特にはなかったから別にどこでもよかったかな。それに僕って体が弱くてさ、だから、どこに行っても対していい成績は出せなかったと思うよ」
希望がないから親の言う通りにここに来た。蓮は迷いなくそう言ったが、果たして本当にそうなのだろうか。
鳥栖目蓮は機械じゃない。感情がある人間だ。たとえ体が弱いという足枷を背負っていたとしても希望の一つくらいはあったのではないかと思う。
自分は何も出来ないと決めつけているだけなのでは?いや、そうだろう。人と違うから自分はダメだと呪詛のように今まで散々言い聞かせて来たんだろう。
人と違うの大いに結構、俺はそう思う。必ずしも多数派と同じである必要はない。
淘汰されるのが怖いとかは確かにあるかもしれないけれど、違うことが悪だなんてそれこそ当人たちのエゴでしかない。
個性と取れる柔軟性を持つ者が今まで蓮の周りにはいなかったのだろうか。そういう意味では蓮は被害者なのかもしれないな。
「じゃあ、凪の番だな!」
「え、ああ。そうだな」
体感よりも早く俺の番が回ってきてしまった。口を衝くはずの嘘は何も思い付いていない。
嘘は嫌いだ。だが、真実を語る方がもっと嫌いだ。俺はどうすればいいのだろうか。
「あれ?何でこんなところにいるのかな?」
口を開きかけた時、そんな耳障りな声が聞こえた。人を見下しているかのような嘲笑っているような口調。
一声聞くだけで好きになれない話し方はずっと変わっていないようだった。
「……海世」
「よう、凪」
彼――海世繋は二人の取り巻きと共に俺たちを見下していた。
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