八話 予想外の事態

「久しぶりだな凪」


その声で俺の名前を呼んで欲しくない。その目に俺らを映さないで欲しい。その態度で俺らの前に現れないで欲しかった。


「お前、隔離教室に配属になったんだってな?」


「ああ。それがどうした?」


極力目を合わせないように務めながらそう聞き返す。

すると視界の端で彼がニヤッと嫌な笑みを浮かべたのが分かった。


「いや、さすがだなと思ってな。まあ、一回も実技に参加しなければ図らずとも隔離教室行きは避けられないよな。ほんとお前は才能に溢れてるよ」


褒められているのかと聞かれればそうではないし、貶されているのかと聞かれれば十中八九そうだろう。

彼は人の心を乱すのが趣味のようだったから。


「ははっ。そうだな」


嫌いな相手ということもあってかいつも以上にカラカラに乾いた愛想笑いが口から漏れる。

早く俺の前からいなくなってくれないだろうか。ずっとそんなことを考えている。


「おい、凪。知り合いか?」


肩を叩かれ顔を上げる。隣に座る圭地に耳打ちでそう聞かれる。

知り合いといえばそうなのだろうが、出来れば知り合いたくなかった。


「まあ」


はいともいいえとも取れる曖昧な返事を返す。


「ふぅん、そうなのか」


納得したように頷くと圭地はふっと口角を上げる。


「あいつのこと嫌いだろ?」


「!」


察しがいいという訳ではないだろう。多分、誰が見てもそう見えるほどに俺の態度がおかしかったのだ。

俺は口に出さず静かに短く頷きを返す。


「やっぱりそうか。俺もあいつは嫌いだ」


楽しそうに笑う圭地。それに釣られて少し頬が緩む。

だが、その空間は直ぐに壊される。


「凪と一緒にいるお前らは同じ隔離教室組か。はは、揃いも揃って才能がなさそうな面をしてるな。類は友を呼ぶにしても相手は選べよ凪」


その言葉を聞いて心中の隅にある負の感情が増大していくのが分かる。


「お前も相手は選んだ方がいいんじゃないか?」


ガタッと椅子が動き圭地が立ち上がる。


「は?何、お前」


「今は俺のことなんてどうでもいいだろ?お前の後ろにいる二人は友達か?」


「友達?はっ、笑われるな。そんな訳ないだろ?ただの下僕だよ」


「そうか。……お前、可哀想だな」


圭地の声音が変わった。


「俺が可哀想、だと?学園の恥晒しのお前らと一緒にするな!俺はお前らとは違い才能があるんだよ!お前らみたいな才能も信頼も将来性もない奴らが俺を下に見るな!」


元クラスメイトの俺ですら、海世のこんな感情丸出しの叫びは聞いたことがなかった。

圭地の言葉の何が彼の琴線に触れたのか、思い返しても思い当たる一節は見当たらない。


「やっぱりお前は可哀想な奴だよ」


「何を言って……!」


「人を才能の有無でしか見ないで、あまつさえ下僕呼ばわり。お前にも分けて上げたいよ俺の幸せを」


「っお前らから貰うものなんて何もない!そんな目で俺を見るな!そんな言葉で俺を憐れむな!俺はお前らと違って才能があるんだよ!」


海世は強く床を踏み圭地に掴みかかる。今のやり取りで食堂中の視線と興味、関心が一身に集中する。ザワザワと騒がしくなり、たちまち人波に囲まれる。


「騒がしいと思えば、バカの一つ覚えのように才能、才能連呼しないでくれる?言葉の価値が下がるわ」


その時、 人波を掻き分けそんな声が辺りを包む。


「木皿儀来てたのか」


「ええ」


人目を気にせず木皿儀は歩みを圭地と海世の方へ進めて行く。


「そんなに私たちを見下したいのなら証明してくれる?あなたが私たちよりも才能に溢れていて人を見下すほどの価値を持っているのか」


「証明?」


「ええ。ということであなたに『クラス対抗代表戦』を申し込むわ。それだったら証明出来るでしょ?」


木皿儀のその申し出に辺りはいっそうに騒がしくなる。耳障りなほどに様々な言葉が飛び交い、食堂内は一瞬にして熱気に包まれる。


「木皿儀本気で言ってるのか?」


「私はいつだって本気よ」


「くっはは!そりゃ面白いな!いいぜ!やってやる!勝てばいいんだろ?」


「そうよ。特に難しいことではないでしょう?それとも断るのかしら?その場合、不戦勝とみなしてあなたは強制的に私たちよりも下ということになるけれど」


木皿儀の挑発めいた視線が海世に向けられる。海世はパッと手を離しにっと笑う。


「その勝負乗ってやる。後で後悔するなよ」


「楽しみにしておくわ」


海世と二人の取り巻きは人波を乱雑に掻き分けながら食堂から出て行った。


「何か大事になっちゃったね」


いつの間に隣に座っていたのか、蓮はどこか楽しそうに笑っている。


「ああ。全くだよ」


ずっとどうなることかと緊張の糸を張っていたせいで溜まりに溜まった疲れがどっと押し寄せる。

椅子に深く身を預けコップの中の水を流し込む。


「そうと決まれば早速、代表を決めましょうか」


「木皿儀は出ないのか?」


「何で私が出なければ行けないの?これはあなたたちの問題でしょ?私には関係ないわ」


 髪を払いさも当然かのように言う木皿儀に呆気に取られる。

 自分から提案したからてっきり出るのかと思ったが、煽るだけ煽って人に投げる算段だったらしい。

ということは木皿儀を除いた九人の中から代表を決めなければ行けないのか。

海世たちと互角に戦える人材となると相当に厳しい難題ではないだろうか。

果たしてどうするつもりなのだろう。


「とりあえず、砂砂良くんと篠町くんは決まりだから、あと一人ね」


聞き間違えかな俺の名前が出た気がするんだけど。


「俺が出るのか?」


「何、意外そうな顔をしているの?当たり前でしょ?」


当たり前でしょ?じゃないんだけど……。


「そもそもその場にいながら止めようとしなかったあなたにも非はあると思うのだけど?」


あれ?おかしいな。喧嘩を売った記憶はないんだけど……。

俺が止めていればこんなことにはならなかったと言われているように聞こえてしょうがないんだが。


「じゃあ、最後の一人は僕かな?」


「いえ、鳥栖目くんは出なくていいわ」


「え、いいの?」


「ええ、だってあなたには何の非もないもの」


俺にもないですよー!


「まあ、いいわ。参加する人は後で決めましょう。今は日程や場所など他にも考えることがあるもの」


何で木皿儀が司令官みたいな立ち位置を陣取っているのか俺には最後まで分からなかった。

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