恐怖のバイオ技術! クローン羊の罠

奇印きょーは

「あなた、疲れてるのよ」

喫茶店で席に着いたと同時にそう言われた。

彼女は不愛想なウェイトレスに向けてピースサインを突き出すと「ホット」とだけ伝える。

これがピースサインではなく数量を示しているものだと気づくのに数秒かかった。

言われたように疲れているらしい。


「で、今度は何に悩んでるの?」

最近眠れていないんだ。そうなの大変ね。などの世間話もすっ飛ばし、原因を聞きに来るあたりが彼女の合理性を表している。

なのでこちらも結論から話すことにする。


「一般的な成人男性としての癒しが足りていないのではという疑念にかられた結果、夜、布団に入って悶々としている間に気付いたら朝を迎えているんだ」

正直に言った。

なお、この成人男性としての癒しとは別に性的な欲求を解消する手段や方法のことではなく、もっと魂やメンタル的なものであるというのは彼女は理解してくれている。

そうと理解してくれるほどには毎回相談に乗ってもらっているというのも情けない話ではあるのだが。


「そうね。今なら羊がおすすめかしら」

「でもお高いんでしょう?」

「先月から発売されてるドイツモデルはお勧めよ。産地を中国にすることで大幅なコストカットに成功して、国内でもすでに数社が買い付けてるそうよ」


彼女がビジネスバッグから中綴じ16ページほどのパンフレットを取り出して説明を続けてくれたが、僕の脳内では羊のモフモフの中で安眠する自分の姿しか頭に入ってこなかった。


「おいくら万円ほどでしょうか?」

「あなたが買ってるアニメの女の子のフィギュアを3人分くらい我慢すればエントリーモデルには手が届くくらいね」


思ったよりも安かったが、3人分となると誰をキャンセルすればいいのか。

ぷよぷよの大連鎖を想起させるような綿密に積み上げられた返済計画の中から発売延期が長すぎてキャンセル可能になったものや待ってる間にマイブームが過ぎたものをピックアップする必要があった。

予約をした時点でお迎えするまでが紳士のマナー。

それが今は亡き師匠の言葉であった。

死んだ人は過去の人である。

別に故人の遺志なぞは無視してもいいだろうと思ううちに3人分のキャンセル候補が出来上がった。


「金の工面はできそうだけどエントリーモデルでも大丈夫かな、だって羊だろ?」

「本当にあなた疲れてるのね。羊は羊よ。それ以上それ以下でもないわ」

正論である。

そのまま通販ページを教えてもらいクレジット番号を入力し決済まで完了した。

船便なのと検疫のせいではあるが1~2ヶ月ほどで届くとのこと。


「言い忘れてたわ」

「何?」

「エントリーモデルは羊のみで柵と小屋がないし飼い葉桶なんかもないのよ。あなたの部屋、賃貸でフローリングでしょ?室内で飼うなら傷つかないように保護シートも必要よ」

「…それはおいくら万円で揃うんでしょうか?」


「私の会社で取り扱ってるのがまさにそれよ。今度も安くしておいてあげるわ」

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恐怖のバイオ技術! クローン羊の罠 奇印きょーは @s_kyoha

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