第六章 夜を統べる者。 第四十九話 通過点。
大司教プトロカルトロスは、アヴァローの廃坑の出口が崩れ落ちるのを見届けた。
街人と共に潜り込んだ乾いた廃坑には、あの夜、ゾナ達がもたらした情報どおりの、まやかしの壁があった。その先に魔方陣とアルナクが存在していた。大司教は、ウルスの世界をのぞき込みその荒廃ぶりとアヴァローのあまりの数の多さに、驚愕しつつも、魔方陣を砕いた。異界の門は閉ざされ、ウルスは遠く去っていった。後は順に部屋をつぶし、坑道を崩し、ついに廃坑そのものの出口を塞ぐに至った。
最悪の夜は過ぎ、生き残った人々は日々を懸命に生きていた。ただ、そこにナギとゾナはいなかった。あの夜、ナギは異端者として、ゾナは部外者として拒絶し、受け入れてやらなかったことが悔やまれた。その後も、街を救ってくれた礼を述べる機会すらなかった。大司教は大きなため息と共に呟いた。全ては後の祭りだ。
「……もう二度と会うことは適わないだろうな。」
潰れた廃坑から舞い上がる粉塵を避けて大司教は視線を逸らした。疲れ切った身体を励ます様に暖めてくれる光を追って、空を見上げた。美しい青空が拡がっている。彼はふと、日中の空を久しぶりに見上げたことに気が付いた。日常の雑事に追われ大切なことを忘れていた。魂が日常で摩耗し心をなくしかけていた。当たり前のその風景は潤滑油となり摩耗を押さえてくれる。彼は見上げる。頭上には抜けるように高い青空が拡がっていた。夏はもう、終わる。すぐにでも空気は澄んできりりと引き締まり、豪雪に閉ざされるまでの間の実りの季節を向かえることになる。坑道に背を向け街に向かって歩きだす。街は廃墟そのものだった。大司教は……見たことが無いのは承知の上で……彼女と同じ感慨を呟く。
……まるで、街の黎明期の風景だ。
ここから新しく始めなくてはならないのは、正に黎明期と同じだ。でも、そう感じたのは一から作り上げ無くてはならない為ではなく、生まれ変わろうとする健全なエネルギーを感じたから。人々は既に日中泣くことはなく、街の再生にむけて一人一人がやらなくてはならない事をなしている。例え、涙に溺れ眠れない夜が続いていたとしても。日の光の下では笑顔を見せて、前に進むことができた。
街から一人の少女が駆け上がってくる。彼女は今回のララコの襲撃により孤児となってしまったが、負けずに街の復興に向けて力を貸してくれている。彼女は、弱音を吐くどころか、辛そうな表情を見せることすらない。まだまだ、学ぶべきことは多いと大司教は想った。自分は、未熟だと。少女は緊張した面持ちで、街の再生に関する事務伝達事項を伝えた。大司教はそれを聞き、独断と偏見で指示を出す。正誤の別はともかく、判断を下す責任者は、彼だけなのだから。ああ、また忙しい1日が始まるのだとため息を漏らした。 それでもその顔には以前、取り付いていた……魂を摩耗させる……灰色の疲労はなかった。 大司教は少女の頭を撫でてやり、共に歩きだした。かなり遅れて、彼女の幼い妹がたどり着いた。少女の素朴な衣服を見、次いで自身を見返した。大司教は役に立たない擦り切れた古い法衣を脱ぎ捨てた。その子を抱き上げる。法衣は街の復興の役には立たない。権力も同じだ。必要なのは、共に汗を流す仲間だけだろう。ほほ笑んで大司教は言った。
「おお。重くなったな、ティロー。」
三人は笑いながら、街に降りて行った。
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