第五章 羊魔老ナギ。 第四十二話 剣術。
……我はキロウ……アヴァロー唯一の剣士なり!」
キロウの声が響いた。
どのようにして、この大地に潜み、ゾナを待ち受けることとなったのか、はっきりと分からなかった。だが、本能に重きを置く、ゾナにとってそれは重要では無かった。いずれにしてもあの廃坑のアルナクより現れ出でたことには間違いは無い。羊魔老ナギの紫電嵐を避けるために大地の下に隠れたのかもしれないし、吹き飛ばされて埋もれたのかもしれない。或いは、単なる運命。理由と過程は問題では無かった。二人が再び邂逅した。ただそれだけに意味があった。
「俺はゾナ!世界に剣を捧げた騎士だ!」
その傲慢な物言いにキロウもゾナも笑わずにはいられなかった。さぁ、そう、ぶっちゃけ、どうでもいい。
サァハジメヨウカ?
ゾナは再び、馬上の有利を捨て、キロウに向かって飛び込んだ。キロウもこの瞬間だけ、ゾナの無防備を見逃す。挨拶代わりに、薙刀と大剣が激突し、火花を散らす。弾かれて二人は着地する。
「……これはサーガとは無縁の果たし合いだ。」
がはっ!とキロウが笑う。
「ただの殺し合い。強者のみが残る。他に何がある?」
キロウの言葉に……ナギは怒るだろうなと想いながらも……ゾナは体中の血が心地よく逆流するのを感じた。後はただ、ただ……無があるのみ。短く強く息を吸い込み、体全体からゆっくりと吐き出す。世界から取り込んだマイトを体内で、魂の奥底で練り上げ、外界に放出する。ゾナの体は金色のマイトに包まれていく。マイトはゾナの腕を伝い、白銀の大剣を飲み込む。キロウは満足そうにその様子を眺める。相手の力量を推し量り、戦いの厳しさを思い、笑みを漏らす。その他大勢のアヴァロー達とは異なる魂をキロウは備えていた。邪悪で残酷であったが、それだけではなかった。剣の道を理解し、そこに生の意義を見いだしていた。
……どちらが先に踏み込んだ訳ではない。どちらが先に切り込んだ訳ではない。ただ、常にぶつかり合う刃が存在するだけ。再び虹色に凶変し始める夜空の下、二人は互いの経験と直感を刃に乗せてぶつけ合う。ぶつけ、弾かれて、また、打ち付ける。五度、繰り返 し、十回続ける。二十回、三十回……そして、体力と精神力が汗とともに流れ出し、戦いの天秤は徐々に傾き始める。人間などと比べ物にならないアヴァローの身体能力をゾナの天与の才能が凌駕していく。一太刀毎にキロウは押され、後退いして行く。天空ではララコが魂を削る悲鳴をけたたましく撒き散らしている。変幻自在な薙刀の動きがゾナの真っすぐな太刀筋に追いやられて行く。キロウは恐怖の汗を落とす。キロウにはゾナの太刀筋が読めなかったのだ。剣技はフェイントにより成り立っている。上と見せかけて下。下と見せかけて上。だが、ゾナの太刀には策略が無かった。ただ、打ち下ろし、跳ね上げる。 右に見せかけるとか、左だとか……そのような駆け引きは全く無かった。ただ、ただ、ただ、打ち込むのみ。速く強く重く。一切の迷いの無い太刀筋。それにキロウは恐怖した。 全く筋が読めないのだ。駆け引きの台本……セオリー……がないのだ。ただ、津波のように押し寄せる。そして、キロウはゾナの瞳を覗き込んでしまった。黄金色の宇宙が意味も無く拡がり続けるその、底の底まで。ゾナの魂には感情は存在せず、ただ、戦いの稲光が轟いているだけ。恐怖の限界に達したキロウは、爆炎を吐き出した。それも極限の至近距離で。それが戦いの帰趨を決した。悪夢にも似た一瞬。獣の短い呼吸音すら追いつけない、マタタクマ。明滅する現実と直感の世界。イメージというよりは、言葉を思わせる、その刹那。
全てが決した。触れれば爆発を起こす地獄の炎を吐き出そうと、息を吸い込んだその時を……硬直の一瞬を……ゾナは見逃さなかった。キロウが炎を吐き出す直前、巻き上げるようにゾナはアヴァローの首を切断していた。僅かな炎と大量の血飛沫を上げてキロウは絶命した。多くの剣士と同じく、最後の瞬間に言葉を残す事なく、キロウは満足し、逝った。大きく美しい弧を描いて、キロウの巨大な頭部が舞い、大地に落ちる。
一切の弔いを残さず、ゾナはファントの背にまたがる。虹色に狂った夜空の下、ゾナとファントは絶壁の一本道を駆け上がっていく。
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