第五章 羊魔老ナギ。 第三十八話 大団円。
歓声が上がった。
狭く薄暗い、リガ・ディーロンの最深部で。人々の熱気と歓声で天井も壁も床も、全てが崩れ落ちそうだった。ナギの遠視の術により一部始終を見守っていた観衆は、叫び抱き合い、喜びを露にした。その中にゾナの姿もあった。ギリギリまで、アヴァローをディーロンから遠ざけるために自警団と共に死ぬ覚悟で戦っていた彼らを救ったのは、羊魔の紫電嵐だった。ディーロンへの入り口をこじ開けようとするアヴァロー達をくい止めるのは、もはや限界と思われた時、羊魔の怒りに身を任せた、紫電嵐が吹き荒れたのだ。新手は嵐に巻き込まれ引きちぎられて、絶命していった。ギリギリ扉の内側にいたゾナ達は嵐の直撃を避け、撤退することが出来た。ディーロンの石門を閉じる瞬間、ララコの哄笑が吹き荒れ、何人かが犠牲となったが、それでも、幸いと言わざるを得なかった。皆、必死にホーウッドに囲まれた、最奥の大聖堂に駆け込んだ。床が見えなくなる程の人々で大聖堂は埋め尽くされている。大聖堂の外周に9箇所床を剥ぎ取られた場所があり、ホーウッドが植えられていた。人々が土をかけ、水を与えている。ゾナ達はそのホーウッドの九芒星の中に足を踏み入れた瞬間、確かに守られていると実感し安堵して、崩れ落ちた。
そして、羊魔は狂える大魔法使い不滅のララコに貪り食われて滅んだのだ。
リガの街の狂った定めは剥ぎ取られたのだ。
「うまくいったね。」
少年モードのウィウがナギに声をかけた。ナギは疲れ果て、座り込んでいた。完全に気を抜いてぺたんこ座りをしている。疲労困憊し、少し惚けたような表情が、ナギを少女に見せていた。巨大な石造りの大聖堂は歓喜と熱気に満ちて、黄金色に輝いている。その高い天井を背負うウィウを見上げて、少し大人になったのかな?と感じた。老ナギが死んで、この街の魔術師は彼女だけになった。街を守るのも、ウィウの分裂しかけている魂と身体を救うのも、彼女だけの仕事になったのだ。そう考えると、早くもくたくたになってしまう。
「……なんとか、乗り切ったわね。100点満点だったよ。君の術。あの短い時間でよく9本ものホーウッドを運んだね。」
ウィウは照れ笑った。少し寂しげに。そう、どれだけ褒められても、それが愛の告白に変わることはない。冷たくて鋭い真実。でも、いつバラバラになってしまうか分からないこの魂と身体の事を考えると、その方がいいのかもしれない。だれかと強く結び付き過ぎない方が。切れ長の黒い瞳が美しかった。華奢な首に乗っている小さな頭を抱き締めたかった。でも、ウィウは別の言葉を紡ぎ出した。
「先生が優秀だったからね。そだ、祭壇の正面の辺にいたよ……ゾナ。」
寂しかったけど、これでいいのかもしれない。少し大人になっただけのことかもしれない。ナギもまた名前の無い存在なのだと聞いて、彼は安心した。だからといって、分裂して行く自分の何かが変わる訳では無かった。さよならは近いのかもしれない。でも、彼は救われた。ナギの言葉と抱擁に。そう、これ以上は贅沢なのだろう。それに、どちらにしても、この思いは変わらない。ナギに受け入れられたとしても、そうでないとしても。 性の別を問わず、変わらぬ想いだった。ウィウは彼女を愛していた。その気持ちが有るということ。それだけが唯一本当に大切な事なのかもしれない。
沸き上がり霧散し、また生まれる。移ろい行く想いを秘めたまま、ウィウはナギから離れ、人込みに消えていった。
一つの恋は、終わったのだ。
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