第五章 羊魔老ナギ。 第三十五話 彼らの戦い。
「みんな、早く!時間がないわ!」
ナギは力強く叫んでいた。
こうやって人々の前に出て、一人一人の背中を押しながら、街を守る経験はこれが始めてたっだ。事が動き出す前に人々を守るために行動することも。これこそが、長年彼女が行いたかった事だった。断崖絶壁の上から見下ろし、術を行使して魔を退けるのではなく、その渦中のなかで、人々を……みんなを……守りたかったのだ。一人でも多くの街人をディーロンに匿い一匹でも多くのアヴァローを退ける。
……羊魔とは戦わない。
それが、ナギが選択した策だった。他に選択肢は無かったのだ。全ての可能性を考慮して、リガ・ディーロンに隠れる事を選んだのだ。戦う相手は老ナギではなく、時間だ。負ければ街が滅ぶだろう。
……で、もし、間に合わなかったら?
緊張で鳩尾の辺りがきりきりと痛む。実際に生きて動いている人を目の前にすると自分の行いがどれだけ重要な意味をもっているか改めて認識される。場違いな考えだったが、これは、パン屋でも漁師でも農家でも全て同じなんだと、不思議な感慨が込み上げる。自身の行いに責任を持つこと……その先にある誰かの気持ちを見失わない事……。
「急げ!時間がないぞ!」
ゾナもまた同じだった。
これまで数多くの魔物を巣まで追い詰め、撃ち取って来たが、人々の生活のただ中で、最悪の災厄を待ち受けるのはこれが初めてだった。今までは自分が過ちを犯しても代価は自身の命だけ。でも、今回は違う。今回はリガの町に住む全ての人々の命と魂……歴史も未来も……なにもかもが代価と成り得る。欲しいのは幸せ。ゾナは叫びながら、剣を打ち下ろし、アヴァローを仕留めて行く。
「アヴァローにはかまうな!早く行け!ディーロンへ!早く地下へ!」
ファントにまたがるゾナの傍らにはウルスハークファントが獰猛な牙を見せ、爆発性のある黒炎を吐き出している。廃坑から沸き出したアヴァロー達を次々と吹き飛ばして行く。 如何にアヴァローとはいえ、黒龍の吐く炎には適わなかった。
彼らは老ナギと対峙などしていなかった。ナギが用意した空蝉の術を封じ込めた呪物を廃坑の出口に仕掛け、羊魔の邪悪なマイトに反応し発動するようにしておいただけ。羊魔が驕り高ぶり、勘違いし、躍らされている間に、彼らは、アヴァローをくい止め、人々をリガ・ディーロンへと誘導していた。全ては、この街のため。全ては人知れず羊魔にむさぼり食われていった魂のため、そして、その、子供たちと……自分自身の為に。
虫の足より遥かに速いナギの浮揚と追風の術により、彼らはカマドウマが廃坑にたどり 着くより遥かに早くリガの中心部に降り立っていた。
……話は少し溯る。
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