第五章 羊魔老ナギ。 第三十一話 瘴気。

 ……おおぅ。ぉぉおおおおおうぁああああぁぁおおおおおおぅ。


 捨てられた廃坑の奥底で、黒い稲妻で出来た柵の向こう側から流れ出でる致死性の毒気を全身に受け止め、老ナギは吐息を漏らしていた。彼は超高濃度の毒と魔力を孕んだウルスの大気から、マイトだけを吸収するための術を自身に施していた。金神バルドー土神ジナの力がも たらす吸魂ジュラクリア対毒アズンの術により、それを可能としていた。老ナギは見る見る力を取り戻していく。傷が不気味な修復を見せ血管が浮き上がり活力に包まれて行く。いつかララコのように魂が瘴気で焼き切れる可能性を理解していたが、何も恐れはなかった。その前に全てに決着をつける。自分ならそれが可能だと、冷静に判断していた。何も恐れるものは無い。十分にマイトを吸収した老ナギは再び羊魔の姿へと変容する。その目は精神を蝕む毒気に恍惚となっている。

 黒い稲妻の柵の向こう側、荒廃したウルス世界では、アヴァロー達が集まり始めていた。空間の裂け目の向こうに、生意気そうな羊魔を見つけたからだ。殺戮の欲望があふれ出す。 眼前に現れた羊魔に対し、憎しみと食欲をかき立てられたアヴァロー達は欲望のままに行動する。身体が焦げ付くのも顧みず黒い稲妻の柵に飛びかかり、突き崩そうとする。その殺意を感じ取り羊魔は益々興奮を高め、不気味な喘ぎを漏らす。


 ……おぉぉう、おおぅ、うぁおおぅ……


 柵の向こう側に群がるアヴァロー達は同族が犠牲となるのにも頓着せず、一斉に爆発性のある灼熱の息を吐き出した。炎が怒り狂い、黒い稲妻が迸る。繰り返し続けざまに炎の息を吐きだした。大きな爆発が起こり、リガへと続く黒い稲妻で出来た柵を打ちのめし、 吹き飛ばした。黒い稲妻は弾けて消えた。爆炎が羊魔に襲いかかる。羊魔は悠然と立ったまま一切の動きを見せずに自身のマイトのみでその爆炎を退ける。爆炎は羊魔の前で二つに別れ左右の岩壁に激突し爆発した。廃坑の最奥の部屋が、業火に包まれる。充満する粉塵と炎の中に悠然と羊魔老ナギは佇んで居た。狼面人体の魔物は、黒い稲妻の柵が完全に消滅しているのを確認し、混沌界よりあふれ出した。

 最初の数体は、愚かしくも羊魔に飛びかかった。食欲と征服欲を押さえることが出来なかったのだ。全て首の根元を咬みちぎられ、血を吹き出して、即死した。羊魔はその血を浴びながら飲み、興奮しきって馬鹿笑いを繰り返した。一匹のアヴァローが羊魔を放置するよう仲間に指示を出し、後続のアヴァローは、羊魔の脇を擦り抜けて行く。そして、街へと。羊魔は危険にさらされる街に興味を示さず、アヴァローがこじ開けて大量になだれ 込んでくるマイトと瘴気を飲み込むことに恍惚となっていた。

 

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