第四章 告げ鳥。 第二十二話 綻び。
ララコの来襲から……ゾナの眼球が破裂し、体中が腐敗し蛆が沸いてから……かわいそうなキュージがララコに殺……既に2週間が過ぎてた。老ナギはあの日以来、ゾナを襲おうとはしなかった。老ナギは言い聞かせて……いや、言い訳をしていた。
所詮ゴミのような存在。いつでも始末出来る。今は様子を見ておくべきじゃろう。焦って事を起こす必要は何処にもない。
確かに老ナギの力は秀でていた。ナギやゾナや二匹のファントが束になって襲いかかってもどうにかなる相手では無い。それを老ナギも十分に理解していた。老ナギは慎重に事態を見つめ、彼らの魂の帰趨を観察しているのだ……と、自身に言い聞かせていた。真実は違った。自分は、感情よりも理論を優先させると思い込んでいる老ナギは、冷静さと慎重さが今の停滞を生み出していると考えようとしていた。真実は違った。彼は尻込みしていたのだ。何に?分からない。だから彼は自分はびびっているのではないと言い聞かせることができていた。しかし、彼は恐れをなしていたのだ。何に?分からない。今までと違い、何かが大きく動こうとしている……その気配が老ナギを恐れさせていた。彼の魂は非可逆的な変容が自身に……いや、この街全体に、訪れようとしているのを感じ取っていた。しかし、それを見つめ認める勇気がなかったのだ。そして彼は、ゾナ達を放置し、結果として生き延びることを許可したのだ。
あの日、老ナギの狂気を目の当たりにしたウィウは、しかしそれでもまだ、捻子曲った 風祓いの塔で暮らしていた。大好きな、美しいナギがいるから、というだけでなく、キュージを見殺しにしたからでもなく、街に居場所がなかったのだ。いや、どこにもウィウに居場所は無かった。ウィウはあれ以前と同じく、日によって性別が変わり、月の満ち欠けよりも早く目の色や皮膚の色、髪の色が変わった。そんな人間が普通の人達に受け入れられるだろうか?そして……キュージが死んでからは他にも変化が始まっていた。
それは、記憶。
物質と虚像の世界での記憶がはっきりと蘇るようになってきた。例えば、モスが食べたいとか暗黒の塔シリーズの続きが読みたいとか。質が悪いのは、タバコを吸いたくなったり、酒を飲みたくなったりもそうだが、具体的な誰かに会いたくなったり……抱き合いたくなったりすることだった。ここにはタバコも酒もないし、当然、特定の誰かなどいる訳もない。不本意にも大切な誰かを傷つけてしまった記憶が蘇り、すぐにでも謝りたいのに会うことができないのだ。物質と虚像の世界の記憶がウィウの魂を苦しめ始めていた。突然泣いたり怒ったり笑ったり。街人が見れば、頭がおかしいと思われるだろう。そして……ウィウは自身の手のひらに視線を落とした。
……大丈夫。今は大丈夫だ。
そして、もう一つの変化は肉体に現れ始めていた。
そう、戻り始めているのだ。
ウィウはほどけかかっていた。
ウィウはキュージの最後を目撃した時から……魂の一部が砕け、変容したのを感じていた。
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