第38話 波紋

「なあ、あの子って」


「マジだ! すげー似てるどころの話じゃないって」


 丹生うにゅうさんのデビュー作撮影から一か月。夏休みが終わってすぐにそれは販売された。

 生々しさと初々しさを残すためにあまり編集をしないからすぐに販売できると深澤さんは言っていた。その分、ギャラの支払いも早くなると。


 学費はもう少し先の話だけどもなさんの入院費は差し迫った問題だ。丹生うにゅう家にも貯蓄はあるだろうけど、使った分をすぐに補填できるのは大きい。


 ただ、二学期の開始と同時期に販売されたのはよくなかった。

 受験を控えている中で休むわけにはいかず、ママにも心配を掛けられないと平静を装って丹生うにゅうさん登校している。


「あの、お金を払えばヤらせてもらえるんですか?」


「…………」


 内気そうな男子が丹生うにゅうさんにそう声を掛けた。ノリが軽そうな陽キャではなく、ナンパをしたことなさそうな男子の方が可能性を感じているらしい。


 エッチな姿を売ることで対価を得ているという認識は、対価を払えば同じ経験ができるという結論に至らせるようだ。


「人の彼女に何言ってるんですか」


「だってこの子、水沢みずさわるりにそっくり……同一人物じゃないですか。AV女優なら金を払えばヤらせてくれるんじゃないのかよ!」


「人違いですから。行こう」


 彼女の手は震えていた。どんな気丈に振る舞っても、見ず知らずの男に売春行為を要求されたら恐怖を覚えないはずがない。


「っていうか、あなたも出てましたよね。水沢みずさわるりのデビュー作に。カップルでAVとか」


「…………」


 相手の言っていることは真実なのではっきりと否定の言葉で返すことができなかった。顔のパーツや声質なんかを分析されて証拠が次々に挙がれば言い逃れはできないし、ウソをついたことにもなる。


 いっそのこと一発殴って目の前の男子を黙らせるのは簡単だ。吹奏楽部は文化部に分類さるけど体力勝負だし、重い楽器を扱ってるから意外と腕力があるんだぞ。


 でも、それじゃあ何も解決しない。むしろ暴力沙汰から芋づる式にいろいろな問題が掘り起こされてしまう。

 何もやり返さず、言い返さないことを大人の対応と表現することにずっと違和感を覚えていた。

 今ならその意味がわかる。何も犯罪行為をしていないのなら、叩きたいやつには叩かせて堂々としていればいい。

 反撃することで相手に隙を与えてしまう。


 成人を迎えた大人だからこそ、僕は自分のやったことに誇りを持つ。

 これが大人の戦い方であり、もなさんの幸せに繋がるんだから。


 丹生うにゅうさんの手を取り僕らは教室へと走った。

 クラスではさらに奇異の視線にさらされることになる。


「私は大丈夫だよ。こうなるのを覚悟で出たんだから。あと何か月かで卒業だし、ママと幸せな生活が送れるならそれで」


「僕もだよ。ちゃんと大学に進学して、就職して、もなさんとみんなで幸せになる。勉強のモチベーションが上がったかも」


「きゃはは。小亀こがめくん、本当にママのこと大好きなんだね。私に負けないくらい」


「もなさんへの愛なら丹生うにゅうさんに負けてないよ」


「娘の私に勝つつもりなの?」


「僕は義理の息子になる男だ。そしたらもなさんにいっぱい甘えられる」


「それを彼女に言えちゃうのがすごいところだよね。きゃはは」


 涙交じりの彼女の笑い声は、初めて体を重ねた時の声に似ていた。痛みや苦しみ、少しずつ押し寄せる快楽と幸福感。

 いろいろな感情が混ざったその高い声は僕だけが知ってる彼女の姿ではない。


 世の中の多くの人が現役女子高生のAVデビューに興味を引かれ、彼女の初々しい姿を堪能した。


 その人数はこれかも増え続けて、狭い学校の中では瞬くまに噂が広がっていく。 

 石を投げ入れた水面が揺らぐのを止めるには時間が経つのを待つしかない。


 じっと耐える。大人になったばかりの僕らにできることは、それだけだ。

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成人したので××に出演したらバレた くにすらのに @knsrnn

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