第30話 三者面談

 もしかしたらもなさんに会えるかもしれない。三年生の夏前という大切な時期の三者面談にも関わらず僕の頭はもなさんでいっぱいだった。

 父さんはアメリカからオンラインで参加というのも浮付いた気持ちに拍車をかけている。隣に親がいないことで緊張感は薄れていた。


「それではよろしくお願いします」


「オンラインで失礼します。出入国をすると場合によっては行動に制限がかかるもので」


 先生は僕の正面に座り、その中間にはお互いが画面を確認できる位置にタブレットが設置されている。転勤してすぐの頃は時差も考えずに頻繁にやり取りをしていたけど最近はお互いに自分の時間を優先させていた。


 久しぶりに見る父さんの顔はどこか懐かしく、親戚のおじさんに会うような感覚すら覚えた。


「こんなご時世ですものね。でもオンラインのおかげでお父様の素顔を見られるので、かえって誠実さが伝わってきます」


「そう言っていただけると助かります」


 担任の蟹谷かにたに先生と父さんは画面越しに穏やかな時間を過ごしていた。

 僕と先生は対面しているのでマスクをしているけど、一人画面の向こうにいる父さんだけはマスクなしでこの三者面談に参加している。


 もし僕と先生が何度もエッチしているなんて知ったら父さんはどんな顔をするだろうか。それ以前にAVにも出演している。親からすれば問題行動だらけなのに何も知らずにアメリカで息子の進路について考えていた。


「それでは早速本題に入ります。小亀こがめくんは成績も優秀で、この学年は入学からずっと感染対策で活動が制限される中でも部活も頑張っていて推薦入試も視野に入れてもいいと思います」


「推薦ですか。礼音れおんはどうなんだ?」


「受けれるなら受けたいかな。幸い一人暮らしだから濃厚接触者にはならないけど、そもそも自分が感染する可能性もあるからチャンスを前倒しして掴めるなら精神的に楽になりそう」


「わたしもそう思います。本人の努力だけではどうにもならないことが多い世の中になってしまいましたから」


 先生は正面の僕とタブレットに映る父さんの顔を交互に見ながら優しく語り掛ける。本当に良い先生だと思う。表向きは……。


 机の下では先生が脚を伸ばし指先で股間を突いていた。立ち上がれば簡単に逃げることはできる。だけど三者面談の最中に突然離席するのはあまりにも不自然だし、父さんに深堀りされたらどこまで秘密がバレるかわからない。


 脚を閉じれば防御もできるが、それは先生に逆らうことになる。放課後の資料室よりもプライバシーが確保された空間は先生にとって僕をイジるうってつけの場所になっているようだ。


「どうした礼音れおん。先生に成績を褒められて照れてるのか? 顔が赤いぞ」


「ああ、うん。意外と成績が良くて驚いてる」


小亀こがめくんは本当に立派ですよ。一人暮らしをしながら勉強も部活もちゃんとしてるんですから」


 『立派』と言ったところで先生は僕の股間を足の指で撫でると勝手にむくむくと大きくなっていく。

 父さんに秘密がバレるかもしれないという緊張感が快楽に繋がってしまっている。


「それじゃあ礼音れおん。ひとまず推薦入試を受けるという方向でいいのか?」


「うん。どの大学を受けるかはもう少し考えさせて」


「それが良いと思います。推薦入試で使う成績は一学期で確定しますが、最近は推薦でも学力テストを課すところも多いです。夏の間のレベルアップで志望校のランクを上げるという選択肢も当然ありますから」


「と、いうことみたいだ。推薦を受けるからって勉強をサボるなよ?」


「わかってるよ。父さんこそアメリカで羽目を外さないでね」


「安心しろ。父さんの心は母さん一筋だから」


 真っすぐと僕を見つめるその目に一切の濁りはなく、言葉に嘘はないと信じることができた。

 父さんの一途さが悪い意味で僕に遺伝した結果、もなさんとエッチするためにAVの企画に応募するに至ったんだと確信した。


 なんて、自分のAV出演を親の責任に転嫁するのは大人らしくない。あくまでも僕が考えて、僕が実行したことだ。


 大切な三者面談で担任の先生に股間をまさぐられているのも僕の行動が招いた結果だ。だから、父さんが画面に映っている間は何事もないように振る舞わなければならない。


 僕と蟹谷かにたに先生は生徒と教師として適切な関係を築いている。もしそれが破綻すれば推薦入試を受けられないどころか卒業間近で退学もあるかもしれない。


小亀こがめくんは推薦入試に向けて聞いておきたいことはある? お父さんに確認しておきたいこととか」


「うーん。今のところは平気です。受けたい大学を調べたらいろいろ出てくるかもですけど」


「推薦入試は出願も早いから志望校は夏休み中には固めておいてね。休み中でも相談に乗るから」


「……はい」


 休み中の進路相談。淫行で懲戒免職される教師とセットになるキーワードだ。まさか自分がニュースでしか見たことのないシチュエーションに巻き込まれるなんて、もなさんの女教師モノで妄想をしたことはあっても、それが現実のものになるなんて考えもしなかった。


 相手がもなさんなら後先考えずにその関係に溺れることができたのに……。


 何度も体を重ねて快楽を味わっているにも関わらず、僕の心の中心にはずっともなさんがいる。

 自分の一途さに心の中で苦笑した。


「それでは三者面談は終了します。時差もあるのにオンラインでありがとうございました」


「こちらこそありがとうございました。本来なら一緒に暮らして受験のサポートをしなければならないのに全て本人と先生に任せきりで申し訳ないです」


「そんなことありませんよ。むしろ小亀こがめくんは他の生徒よりも自立心が育っていて、引き下げになった成人年齢にも見合う大人だと思います」


「高校生なのに大人というのも不思議な気持ちです。成人といえば二十歳のイメージですから」


「わたしもです。何年かしたら二十歳で成人した人がおばさん扱いされるのかと思うと……はぁ」


 先生の足指で責められる三者面談から解放されるかと胸を撫で下ろしたのも束の間、この時間が終わるのは惜しいのか父さんが通話を切らない。きっと親心なんだろうけど息子からしたら気恥ずかしいし迷惑だったりする。


 気持ち良いのに耐えなければならないのは拷問に近い。頭の中に占める射精の割合がどんどん大きなっていって志望校なんて考える余裕がない。


「父さん、次の人の番もあるからそれくらいで。またあとで連絡するから。こっちの朝の方が都合がいいんだっけ?」


「ああ、そうだな。礼音れおんだけの先生じゃないもんな。それでは先生、息子をよろしくお願いします」


「はい。本日はありがとうございました」


 画面越しに頭を下げるとタブレットの画面はすぐに真っ暗になった。マイクもカメラもしっかりオフになっているけど、それでも不安が残り電源をオフにした。


小亀こがめくんのアソコ。すっごく大きくなってる。セックスしたくてたまらないんだ?」


「違います。物理的に刺激されたからで……今日はありがとうございました!」


 先生から逃げるように勢いよく立ち上がるとスラックスの窮屈さに居心地の悪さを覚えた。

 もなさん一筋だと自分では思っていても、体は勝手に反応してしまう。


 夏休みに入るまでは放課後の資料室で、そして休み中はもしかしたら自宅で……。


 心に決めた女性に対する裏切り行為なのに、脅迫されているのを言い訳に快楽に溺れる自分は果たして大人なんだろうか。

 画面越しに顔を合わせた父さんに申し訳なさを覚えながら教室をあとにした。



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