第29話 ママの幸せ

小亀こがめくんならママを幸せにできると思ってたのに。残念」


「……ごめん」


「なんで謝るの? まだママとも私とも付き合ってもないのに」


 丹生うにゅうさんの言う通りだ。何に対しての謝罪なのか自分でも意味がわからない。もなさんと結婚してほしいというのはあくまでも娘である丹生うにゅうさんの要求であって、もなさん自身が望んでいるわけじゃない。


 婚約が成立しているのなら蟹谷先生との行為はとても不誠実なものだけど、今の状況ならただ単に教師と生徒の不純行為だ。


小亀こがめくんの脅迫材料がどんどん増えていっちゃう。きゃはは。それなのに要求してるのはママとの結婚なんだよ? みんなが幸せになる道なのに」


「もなさんは僕との結婚は望んでないだろ? もなさん……お母さんの幸せを考えるならもっと他に」


「きゃはは。やっぱり小亀こがめくんは優しい。ママの幸せを第一に考えてくれてるんだもん。後輩ちゃんにもバレるくらいママが好きなんだね」


「僕はあくまでももなさんが好きなだけだ。どんな人にも母性を求めてるわけじゃない」


「そうなの? じゃあ、私がこんなことしても全然平気なんだ?」


 丹生うにゅうさんは僕の頭の上に手を置いた。自分で頭を洗うのとは全然違う柔らかくて暖かな感触が心地良い。


「いい子いい子。ママにいっぱい甘えてもいいんでちゅよ~」


「……なにこれ?」


「やっぱり本物のママじゃないとダメ? 娘だと不満?」


「いや、状況が飲み込めなくて困惑してる」


 ただ頭を撫でられているだけなのにすごく安心する。性感帯じゃないのに全身がビクビクと反応しそうになるのを堪えるために平静を装うも、このまま続けられたらどうかなってしまいそうだ。


「やっぱり包容力にはおっぱいが必須か~。きゃはは。残念」


「まだ高校生なんだし包容力なんてあるわけないよ。年齢的に成人を迎えただけじゃなくて人生経験を積まないと」


「経験って、子育てとか?」


「そうかもね。もなさんは実際に母親をしながら撮影してるわけだし」


「じゃあ、私の子供作ってよ」


「…………」


 語気は本気っぽいのにその目は冗談っぽく笑っている。僕のことが好きなんじゃなくて、母親の……もなさんの幸せに繋がると信じて考えてとんでもないことを言っている。


 すごく良い子だと思う。普通の男子高校生なら子作りを提案されたら即行動に移すだろう。僕だってその欲求を満たすためにもなさんとの撮影に応募した。


 大好きな人の遺伝子を受け継いだ同級生とのエッチはとても魅力的だし、ついさっき蟹谷先生と体を重ねて射精したばかりだというのに臨戦態勢に入りつつある。


「ごめん。付き合ってもない女の子とそんなことはできないよ。前にも言ったけどそれ以外のことなら要求を飲むから」


小亀こがめくん、今ママのこと考えたでしょ? 私を妊娠させたらママが驚いちゃうとか、私のこと以上にママを心配してる。本当にママが大好きなんだね」


「そうだよ。もなさんを悲しませるようなことはしたくない」


 妊娠させた責任を取れないから断っているだけなのに、丹生うにゅうさんはもなさんのためを想っての拒否だと誤解してくれた。

 僕はそんな立派な大人じゃない。流されるままエッチする性欲に負けた子供だ。


小亀こがめくんを母性で落とすのは間違ってないと思うんだよね~。あっ! もっとボロボロになったら私に母性を求めるかも? 小亀こがめくん、辛いことがあったら私の胸の中で泣いていいからね?」


 思わず丹生うにゅうさんの胸元に視線が行ってしまう。栗須さんに比べれば成長はしているけどもなさんには遠く及ばない。

 最初はもなさんの胸の大きさに惹かれて好きになったのは紛れもない事実だ。だけど仮にもなさんの胸がしぼんだとしても、僕はもなさんが一番好きだ。


 残念ながら胸の大きさは僕が求める母性に含まれていない。


丹生うにゅうさんがAVのことをみんなにバラさない限りはボロボロにならないよ。でも、バラされた時点でもう脅迫材料にはならないから丹生うにゅうさんの胸では泣かない。更にもなさんのファンになって心が揺らがなくなるだけだ」


「きゃはは。大丈夫。小亀こがめくんの男優デビューは秘密兵器にしとくから。ところでさ」


 丹生うにゅうさんは不敵な笑みを浮かべる。


「今度の三者面談。小亀こがめくんのあとに私なんだ。もしかしたらママに会えるかもね」


 二度とリアルで会えないと思っていたもなさんにまた会えるかもしれない。

 今日は心拍数が上がるできごとがたくさんあったのに、この情報が僕の心臓を一番早くさせた。

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