第26話 生徒指導1

 何事もなく部活を終えて、僕は職員室の前に立っていた。

 新たな問題を引き起こしたわけではなく、担任の蟹谷かにたに先生から課せられた処罰を受けるためだ。


 栗須さんから一緒に帰ろうと誘われたらどうやって断ろうと考えていたけどそれも杞憂に終わった。

 ただ、処罰のタイミングとお誘いのタイミングがいつもズレるとも限らない。どこかでちゃんと事情を説明して、栗須さんは何も悪くないことを改めて話さないと。


「ごめんね小亀こがめくん。お待たせ」


「いえ、こうして待ってるのも罰の一環だと思うので」


「あらあら。小亀こがめくんは焦らさせるのが好きなのかしら?」


「むしろ嫌いだから罰なんだと思いますけど」


「いけない。ふふふ」


 なんだか嚙み合わない会話をしながら資料室へと向かう。

 下校時刻が過ぎた校舎はひっそりと静まり返っていて、夕方のどこかノスタルジックな雰囲気とは違う不気味な空気が漂っていた。


「夜の学校ってなんで恐いのかしらね。何年経っても慣れないわ」


「先生でも恐いんですね」


「全然仕事が終わらない恐怖もあるからかしら……」


 フッと自嘲気味に笑う先生の横顔からは疲れが漏れ出ていた。授業だけじゃなくて進路指導や部活の顧問など、生徒から見ても先生の仕事はたくさんある。

 それに加えて普段見えない部分の仕事もあると想像したら大人の大変さに身震いした。


「三年通ってますけど入るのは初めてです」


「だよね。生徒が使う場所じゃないし。でも使える過去問とか多くてすごく助かる部屋なのよ」


「へぇ~」


 見渡せば本棚にびっしりとファイルが詰め込まれている。○○年度定期考査問題とか入試問題とか綺麗に整理されていて、さらには先生向けの教科書みたいなものまで揃っていた。


「なんていうか整理整頓が行き届いてますね。僕はどこを整理すればいいんですか?」


 物珍しいものを見た次に出てきた素直な感想だった。栗須さんとラブホ街に行くという高校生らしからぬ行為の罰として担任の蟹谷かにたに先生と資料室の整理などの雑用をする。

 それを命じられた時はもっとめちゃくちゃに散らかっている部屋を想像していたので拍子抜けもいいところだ。


小亀こがめくん達が入学する前にわたしは開陽に赴任したんだけど、その時からコツコツ資料をまとめて今ではすごくスッキリした部屋になったの」


蟹谷かにたに先生らしいです。板書も綺麗だし」


「ありがと。数学ってごちゃごちゃするとわかりにくいでしょ? だから綺麗な板書を心掛けてるの」


 字が綺麗なのはもちろん、全体のバランスが良いというか、ノートに書き写すのを意識した黒板の使い方をしてくれるのですごく授業がわかりやすい。

 それでいて不祥事を穏便に済ませてくれるんだから本当に良い先生だ。


「って、それじゃあ僕は一体何をすれば」


「まあまあ、とにかく座って。教室の椅子より良いやつなんだよ?」


「あ、はい」


 先生に言われるがままに腰を下ろした椅子は確かに座り心地が良かった。長時間の仕事もこれなら耐えれそうだ。


「よしっ」


 なぜか蟹谷かにたに先生は内側から鍵を掛けた。途中で逃げ出すつもりはないし、逃げたところで住所はバレてるし明日も教室で顔を合わせる。

 

「誰か入ってくることはないと思うけど、一応ね。今回の件はあまり大っぴらにならないようにしてるから」


「なるほど。下校時刻を過ぎてるのに先生と二人きりだと怪しいんですね」


「そういうこと。それに、これから話すことは黒田先生も知らないことだから」


 蟹谷かにたに先生が向かい側に座るとスマホを取り出した。手帳型のケースには犬のキャラクターのストラップがぶら下がっている。

 その笑顔はなんとなく虚無感があって、ちらちらと目が合う度に不安な気持ちになった。


「うちの生徒がラブホ街でトラブルになってるってSNSで話題になってるのね。幸いにも二人の顔は隠されてて特定はできない。でも、病院から連絡を受けたわたしと黒田先生は知ってる」


「はい」


「それでね。SNSで状況を探っているうちに気になる情報を見つけたの」


 不安な気持ちがどんどん膨れ上がっていく。

 黒田先生はつい最近スマホに替えたくらいの機械オンチ。反対に蟹谷かにたに先生は女子とアプリの話題で盛り上がったりもするくらいにはスマホを使いこなしている。


 数学ができないと最新技術に置いていかれるなんて話も授業中にしてたっけ。その話はにわかに信じがたい部分もあるけど、実際数学を教える蟹谷かにたに先生は最新技術にも詳しい。


「これと同じ制服のやつが七咲もなのAVに出てたって」


 先生の淡々とした語り口とは逆に鼓動はどんどん速くなっていく。口ぶりから察するにまだ蟹谷かにたに先生で止まっているけど、ここから生活指導の黒田先生や校長先生まで話が上がっていくのは時間の問題だ。


 自分から何を発言していいのかわからずごくりと唾を飲み込む。苦みと酸味が混ざったような不快な味が全身に広がった。


「わたしね、結構AVとか見るの。女性向けじゃなくて男性向けのやつ。だから七咲もなで検索したらすぐにわかったわ。サンプルでうちの制服だってわかって、購入したらビックリ」


「…………」


 もう誤魔化せない。先生はAVに出演する僕の顔を製品でしっかり確認してしまった。丹生うにゅうさん、栗須さん、そして蟹谷かにたに先生。

 担任の先生にバレたのならもうおしまいだ。父さんの耳にも入るし、学校として問題視されるに違いない。


 いくら成人したとは言えまだ高校生。前例のない事件に学校側はどう対応するだろうか。停学、退学、除籍……いろいろな可能性が脳裏をよぎる。


小亀こがめくんってこういう感じなんだね。うん、やっぱり普段の顔とセックスの時の顔って違うよね」


「えっと……」


 差し出されたスマホには僕ともなさんのエッチが流れている。音量はかなり小さく設定されていて、かすかに漏れ聞こえる喘ぎ声がこの神妙な空気とミスマッチだ。


「18歳でもう成人だもんね。だから小亀こがめくんは何も悪いことはしてない。先生はそれを伝えたかったの」


「え?」


「でも、法律が変わったのは今年からでしょ? 他の先生はどう考えるかわからない。ううん、きっと処分を科すと思う。だからね、これは小亀こがめくんと先生の秘密。で、いいよね?」


 もなさんよりずっと若くて、でも僕よりかは年上で。そんな大人の成長段階みたいな蟹谷かにたに先生の笑顔は優しく、だけどどこか影を感じさせる。

 大人としての判断。そこから生じる責任。今この瞬間以外にもそういう場面をたくさん経験したような深みがあった。


「逆にいいんですか? 隠してるのがバレたら先生も」


「だから、二人の秘密。小亀こがめくんにもわたしの秘密を抱えてほしい、な」


 おもむろに立ち上がった先生は僕の隣へと席を移動した。黒のタイトスカートから覗く太ももは肉感的で否が応でも視線が追ってしまう。


小亀こがめくんは年上の女性が好きなんだよね?」


 年齢は関係なくて七咲もなが好きだと言いたいのに、人生初のあごくいをされて言葉が出てこない。

 先生の指先が頬をなぞるとゾクゾクと刺激が全身を駆け巡り、やがて股間でゴールを迎えた。


「ふふ。すっごい元気だね。高校生の男の子って誰でもいいんだ?」


「あの……先生?」


「わたしよりも年上のおばさんとセックスしたんだから、大丈夫だよね? ここもこんなになってるし」


「ひゃあっ!」


 ズボンの上から股間をなぞられて奇声を発してしまった。これじゃあまるで感じていますと自白しているようなものだ。

 この状況は絶対にマズい。教師と生徒が密室で淫行なんてバレたら解雇&退学だ。


「AVみたいなセックス、わたしともしよう」


 断る間もなく先生の舌が口の中に侵入してきた。頭を押さえられて、抵抗しようにも体に力が入らない。

 流されるままキスをして、股間は勝手に硬くなっていった。

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