第24話 誇り

「休憩時間ギリギリだから体育館に行きながら話していい?」


「ああ、うん」


「きゃはは。小亀こがめくんって女の子にすぐ流されちゃうんだね」


「レディーファーストの紳士ってことにしといて」


 女子の頼みを断ると巡り巡って思いもよらぬところでしっぺ返しをくらう。過去にトラウマがあるわけではないけどそんなイメージがあるからとりあえず指示に従ってしまう。


 AVで童貞を卒業しても女子との交流は苦手なまま。先輩後輩という間柄だから辛うじて栗須くりすさんと会話できるくらいだ。


小亀こがめくん、私とラブホに行ってって言ったら連れて行ってくれる?」


「脅迫されてるからね」


「え~? 脅迫はしてないよぉ。ただ、小亀こがめくんの出演作を知ってるだけだよ」


「よく言うよ。でも知ってるだろ。僕から手を出すことはない」


「うん。だから紳士だなって思うよ」


 吹奏楽はすでに遅刻しているし、このまま体育館まで行ったら練習に参加するのが億劫になりそうだ。

 だけどここで頑張らないとあとで面倒なことになる。問題が解決するどころか実は大きく膨らんでいることに焦りを覚えていた。

 それが丹生うにゅうさんにも伝わっているのかお互いに歩みが早くなる。


「この時間帯の校舎って不思議だよね。体育館とか校庭とか、音楽室でみんな部活してるのに学校に誰も居ないみたいに静かで」


「中学の頃みたいに教室に残って喋るのは禁止だからね。なんだか変な高校三年間だった」


「きゃはは。もう卒業するみたいな言い方ウケる」


「一学期が終わったら残りは受験生だし、もう卒業みたいなものでしょ」


「……そっか。だから後輩ちゃんは焦ったんだね」


「みたいだ」


 卒業よりも先に部活の引退がある。それは来年の卒業よりもずっと早くて、部活でしか接点がなければ実質お別れのようなもの。

 もちろん同じ学校に通っているんだから会おうと思えば毎日だって会える。


 だけど3年生には3年生の、2年生には2年生の授業や行事があるから会える時間は限られてくるし、受験を控える3年生はよりその制限が強くなる。


 感染症のせいで不便な高校生活を強いられたけど、そこだけはどんな状況でも変わらない。最後の最後まで青春を謳歌できるような仕組みには残念ながらならなかった。


「卒アルを作るのも大変なんだってね。特に私達の代は一年生の頃からだから」


「うん」


「だからね。小亀こがめくんの映像ってすごく貴重なんだと思う。人生で一度きりのことがちゃんと記録に残ってるって」


「将来、昔を振り返ったらそうなるのかもね」


 AVで童貞卒業をポジティブに捉えてくれる人と結婚できたらの話だけど。

 その答えは自分の中でもすぐに出ていて、あえて口にはしなかった。それに確実に該当する人物は、僕の童貞を奪ったもなさんと、その娘である丹生うにゅうさんだからだ。


 この事実を口にすればまたもなさんとの結婚話が盛り上がってしまう。天然なのか計算なのか、どちらにしろ丹生うにゅうさんは自分のペースに持ち込むのがうまい。


「ママは若い頃の自分、それに今の自分を映像に残せることを誇りに思ってる。私も綺麗なママがいつまでも愛されているのが嬉しい。例えば小亀こがめくんとか」


「僕はただのファンだよ。しかも体目的の。ちょっとだけ母親みたいな安心感を覚えてる部分もあるけど、スタートはエッチな体だ」


「それって男子はだいたいそうじゃない? おっぱいが大きい子、制服を着崩してる子、ボディタッチしてくる子、そういう子から好きになって、エッチして、飽きたら別れる」


「中にはそういう人もいるかもだけど、僕の好きとはちょっと種類が違うというか……映像の中にいる人を好きになるのとクラスメートやバイト先の友達と恋愛に発展するのは別物でしょ」


「それに、この前の企画で小亀こがめくんみたいに寂しい想いをしている子を心の隙間を埋められたかもって嬉しそうに話してた」


 ただのファンだったら知りえないオフの七咲もなの言葉。仕事の一環としてではなく、一人の男子として見てもらえてた事実に涙が出そうになるのをグッと堪えた。

 視界がぼんやりと歪んでいるのは気のせいだ。


「だから小亀こがめくんも、自分のしたことに誇りを持ってほしい。たぶん恥ずかしがってるうちはママと対等になれないから」


「対等になってどうするの?」


「もちろん結婚。やっぱりママの仕事に理解がある人がいいもん。それじゃあ小亀こがめくん、部活頑張ってね」


 丹生うにゅうさんは笑顔で体育館の扉をくぐり練習へと戻っていった。

 さすがに練習中はジャージを脱ぐらしい。母親とは違って平坦な胸が露わになる。

 曲線を描いていないのに視線が胸元に行ってしまうのは男の悲しいさがだ。


「誇り……か」


 そう言われても大っぴらに公表するのは勇気がいる。せめて高校を卒業するまでの間は秘密にしておきたい。だけど……。


栗須くりすさんにだけはちゃんと説明しないとな」


 すでに映像を見ているというのもあるし、先輩として、一人の大人として責任を果たさなければならない。

 音楽室に向かいながら後輩にLINEを送った。

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