第23話 恥ずかしいの?

「それでは失礼します」


 頭を下げながら生徒指導室の扉を閉めると自然とため息が漏れた。

 内申点に傷が付くような処分は出ず、AV出演の件も全くバレた様子はない。残るは栗須くりすさんとどんな顔をして会えばいいかというだけ。

 もっと重い処分が待っていると身構えていただけに拍子抜けしてしまった。


「とりあえず部活行くか」


 栗須くりすさんが休んでいる日に僕まで休んだら何か関係してるんじゃないかと勘繰るやつは絶対に出てくる。特に女子が多い吹奏楽だ。恋愛絡みの噂が流れてしまうのは栗須くりすさんにとっても申し訳ない。


「やっほ」


丹生うにゅうさん」


 学校側の処分よりも個人的な人間関係の方がややこしいと頭を抱えているところにジャージ姿の丹生うにゅうさんが現れた。

 さすがにもうみんな半袖だというのに冷え性なのかガードが固いのかファスナーをしっかり閉めている。


「きゃはは。先生に呼びだれたでしょ? AVの件?」


「違うよ」


「ふーん。今のところ私以外にはバレてないんだ? じゃあなんで呼びされたの?」


 生徒指導室から黒田先生と蟹谷先生が出てくる気配はない。職員室からも今のところは誰も現れなさそうだ。

 せっかく学校にはバレていないのに丹生うにゅうさんの迂闊な発言で公になったら元も子もない。

 

「それよりさ、誰かに聞かれるかもしれないから場所を変えたいんだけど」


「え~? どうしようかな~」


 丹生うにゅうさんはスマホを持つ手を振った。白状しなければAV出演のことをバラすというメッセージが飛び出してきそうだ。


「……実は、後輩に頼まれてラブホに行ったんだ」


「あ、話してくれるんだ。もうすぐ休憩時間が終わっちゃうから助かる~。きゃはは」


 まるで脅迫はしていませんと言わんばかりに軽い口調でお礼を言われた。弱みを握られているというのはやはりマズい。

 いっそのこと何か要求してもらってこの関係を終わらせてくれる方が助かる。蟹谷先生から課せられた罰と同じで無期限の方が精神的にくるものがある。

 自由の身でありながら拷問を受けているような気持になった。


小亀こがめくん意外と大胆。私には手を出さなかったのに。同級生はNGとか?」


「そうじゃなくて。っていうか何もしてないし。ただ」


「ただ?


 辺りを見回して誰も居ないことを確認する。その上で絶対に誰にも聞かれないように丹生うにゅうさんとの距離を詰めた。

 バレー部の練習で汗をかいているはずなのにそれを一切感じさせない。だけどほんのりと温まった体からはその熱が伝わってくる。

 まるで肌を重ねたような感覚に襲われながらも理性を保って耳打ちした。


「僕がAVに出てることを知ってるやつらに絡まれた。そいつらが証拠映像を見せて、いろいろあって栗須くりすさんは貧血で倒れたんだ」


 要点をまとめて話したあとは再び丹生うにゅうさんから距離を取った。栗須くりすさんとの一件もそのうち噂になるかもしれないのに、丹生うにゅうさんにまで手を出してるなんて言われたら混沌を極める。


「ふ~ん。その後輩ちゃん、処女?」


「え? うん……たぶん」


「だよね。でもAVくらいでショックを受けるなんてピュアピュアなのかな。ま、未成年だしね。きゃはは」


「ちょっ! 声が大きいって」


「なんで? 私達はもう成人してるんだよ? 堂々とAVの話をしてもいいじゃん」


「成人しているとかの問題じゃなくてさ、なんかこうアングラ的な? 表立ってする話じゃないっていうか」


小亀こがめくんは恥ずかしいの? AVの話するの?」


「そりゃ、まあ……こういう場所だと。っていうか職員室の前はヤバいって。せめて人が居ない教室とか」


 丹生うにゅうさんが声を張るのにつられて僕も声が大きくなる。たぶんもう職員室の中には声が聞こえてるんじゃないかと思う。

 だけど高校生が性的なものに興味を持つのは自然なことということで大目に見てもらっている。

 おそらく先生方の大人の対応に救われている。


「そっか。小亀こがめくんもそういう感じなんだ。ママの旦那さん候補だったのに。残念」


「いや、だから結婚はしないって」


 本気か冗談か丹生うにゅうさんはもなさんと僕の結婚を完全には諦めていないらしい。母親の幸せを願う気持ちは立派だけど、その方向性がちょっと間違っているように思う。


「好きな人とセックスしたい。きっと後輩ちゃんもそういう気持ちだったんだよ」


「……うん」


 僕はその気持ちを断り切れず、後輩のわがままに付き合う感覚でラブホに連れて行ってしまった。

 エッチする気は全然なくて、利用時間が過ぎるまでただ我慢すれば終わると考えていた。


 栗須くりすさんの気持ちを踏みにじる行為。その罰が当たって僕のAV出演を知るチンピラに絡まれてしまった。因果応報だ。


「誰だってセックスする。それを誰かに見せるかの違いだけ」


「基本的には誰にも見せないと思うよ?」


「そんなことないって。彼氏とのエッチをスマホで撮ってる子もいるし。なんか生々しくてAVよりもすごいよ」


「マジか」


 同じ教室で過ごしているクラスメートの中にもエッチしてる人がいて、それを映像として残している。

 犯人捜しというわけじゃないけどそういうことをしていそうな女子の顔が数人浮かんで体が熱くなるのを感じた。


「不思議だよね。自分のエッチは見せたくないのに人のエッチは見たがるなんて。本当に勝手だと思う」


「……ごめん」


 責められたのは僕個人ではないはずなのに反射的に謝罪の言葉が飛び出た。丹生うにゅうさんの言うことも一理あるかもしれない。

 スポーツはテレビやネットで中継される。コスチュームが好きな人にとってはある意味で性的なコンテンツだ。


 人によって性癖は様々。当然のように流れている映像に性的興奮を覚える人だっている。

 だからAVがそれらと肩を並べて、多少は制限があるにしろ堂々と放送されてもいいんじゃないか。そんな考えが頭の中で大きくなっていく。


「前にも言ったけど私はママもママの仕事も尊敬してる」


 少し先を歩いていた丹生うにゅうさんが振り向く。

 その目は決意に満ちていて、もなさんがデビュー作で見せた表情に似ていた。

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