第22話 高校生の責任の取り方

 栗須くりすさんとラブホ街に行った翌日。彼女は無事に退院できているか確認したくてもLINEを送るのすら憚られた。

 ご両親は僕を気に入ってくれたみたいだけど、当の本人に嫌われては意味がない。


 なんたってAVで、しかも親と同年代の女優さんとエッチしたとなれば普通は幻滅されるだろう。


 普通から足を踏み外した僕は普通に登校して、普通に授業を受けた。

 ここだけ切り取れば他のクラスメートと変わりないんだから不思議なものだ。


 初体験の相手であるもなさんの娘である丹生さんも何食わぬ顔で授業を受けていた。こうも日常生活を送っていると全てが夢だったんじゃないかと思う時が何度もある。


 だけどやっぱり夢ではなくて現実だと痛感させる言葉を掛けられた。


小亀こがめくん、ちょっと職員室に来てくれるかな」


 担任の蟹谷かにたに先生に呼び出されたら逃げるわけにもいかない。今日逃げたとしても明日だって会う。それこそ不登校にでもならない限り絶対に顔を合わせる存在だ。

 それならば腹を決めて今日職員室に行くのがいい。


幸いにも栗須くりすさんは退院日だから休んでいるはず。後輩の手を煩わせる前に僕が全ての責任を負うには絶好のタイミングとも言える。


「はい」


「えっと、たぶん自分で理由はわかってるよね?」


 周りに他の生徒がいないのを確認して蟹谷かにたに先生は言葉を続けた。

 黒のタイトスカートに白いブラウス、セミロングの黒髪にメガネといういかにも教師といういで立ちは一部の男子に好評だ。


 数学担当でやや細かい性格だけど親しみやすく、男女ともに人気のある先生とこうして至近距離で言葉を交わせば自然と心拍数が上がってしまう。


「ちょっと言葉を濁して職員室って言ったけど、できれば生徒指導室に来てほしいんだ。わたしと黒田先生がいるから」


「わかりました。すぐ行きます」


「先生も荷物を置いたらすぐ向かうから。黒田先生と二人きりが気まずいなら廊下で待ってて」


「大丈夫です。生徒指導室の前で立ってる方が緊張します」


「そっか。できるだけ急ぐから小亀こがめくんはゆっくりね」


 蟹谷かにたに先生は小走りで職員室へと向かった。生徒指導室は職員室とは少し離れた人目に付きにくい場所にある。

 誰が呼び出されたとか噂にならないための配慮なんだろうけど、あまりに人が寄り付かない場所だからかえって目立ってしまうのが実情だったりする。


「さすがに栗須くりすさんの件だけだよな」


 ラブホの前で女子高生が倒れて、それを通報したのも高校生。

 二人が学校の制服を着ていたとくれば病院側が一応学校にも連絡したのかもしれない。


「中には入ってないわけだし、正直に話せばなんとかなるだろ」


 栗須くりすさんのご両親が寛大だったことから多少は楽観的になっている部分もあった。本人には嫌われてしまったかもしれないけど、他の大人に対してはうまく立ち回れる。そんな自信が心のどこかに生まれていた。


 生徒指導室のドアをノックすると、渋い声で『どうぞ』と返ってきた。

 ゆっくりと入室すると、声も顔も恐いけど普段は優しい古典担当の黒田先生が腕を組んで座っている。


「すみません。もう揃ってたんですね」


 僕が先に入室したのが意外だったのか慌てた様子で蟹谷かにたに先生も続いた。


「いえいえ。ちょうど今来たところですよ」


 黒田先生が言うと蟹谷かにたに先生が僕を睨んだ。

 もしかして待っておくのが正解だったのかな。悪いのは自分だから責任を負う意味でも一人で入室したけど、担任的にはマイナスだったらしい。


「とにかく座って」


「はい」


 先生二人の前に着席するというなかなかに緊迫感溢れるシチュエーションが出来上がった。

 ドラマで見る取り調べですら犯人と刑事が一対一で、傍らに記録係の警察官がいるという構図なんだから、二対一の今の状況は取り調べよりも圧迫感があるのは当然だ。


 腹を決めていたとはいえ、先生がどこまで事態を把握しているのか未知数である以上は身構えてしまう。

 そんな張り詰めた空気の中、黒田先生が咳払いして話題を切り出した。


「SNSで開陽の生徒がラブホの前でトラブルになったと拡散されている。幸い顔にはスタンプが貼られて特定されていないが時間の問題かもしれない」


 誰も助けてくれなかったのにしっかり写真に収めているやつはいたらしい。しかも僕らを悪者扱いしてるんだから厄介だ。


「順番的には、病院から栗須くりすさんが倒れてそれを同じ学校の生徒さんが通報してくれたって連絡が来たのが先ね。それだけなら別に問題はなかったんだけど、場所がラブホテルの前ということで経緯を問題視する先生もいて」


「それを裏付けるようなSNSの投稿もあったからね。小亀こがめくん、どうしてあんな所に? という質問は野暮というものか」


「…………」


 正直に話せば栗須くりすさんに連れていってくれと言われたから。だけど、それでは栗須くりすさんが主犯みたいになってしまう。

 押しに負けたのは僕だし、栗須くりすさんが倒れる原因の元を辿っていけば僕のAV出演だ。正直に聞かれたことには答えるが全てを話す必要はない。

 

 言葉を選んで慎重に答えようとするとどうしても間ができてしまう。どんな回答が適切かを考えているうちに蟹谷かにたに先生が僕を追い詰める。


小亀こがめくんはお父様が海外出張されていて一人暮らし状態よね? わざわざホテルなんて行かなくても良かったんじゃない?」


 言われてみればその通りだ。だけど、もし自宅に連れていったら栗須くりすさんは何もせずに帰ってくれるだろうか。

 ホテルと違ってある意味で僕は逃げ場所を失ってしまう。付き合っていないからこそ遊び感覚でラブホに行ったのが正解だったように思える。


「18歳で成人になったから、良いかなって」


 ウソではない。実際、栗須くりすさんも僕が成人だからという理由でラブホに連れていってくれと頼んだ。


「とは言えまだ高校生でもあるかね。まったく難しい年代にしてくれたもんだよ」


 黒田先生が大きくため息を吐いた。

 大人達が18歳を成人年齢に引き下げておいて勝手なものだ。自分がその大人の仲間入りを果たしていることに少し嫌悪した。


「具体的な処分を下せば答え合わせになってしまう。SNSの投稿で小亀こがめくんと栗須くりすさんだと特定するのは難しいだろう。ただ、何のお咎めもないというわけにもいかない。穏便に済ませるために担任の蟹谷かにたに先生に一任することにした」


 蟹谷かにたに先生が小さく頷いた。


小亀こがめくんは一人暮らしで門限とかもないだろうから、部活のあとちょっとだけ仕事を手伝ってもらうことにしたわ。部活にも普通に参加してないと、何かあったみたいでしょ? 帰りが遅くなって大変かもしれないけど、それで済むなら安いものだと考えてほしいかな」


「え。そんなんでいいんですか?」


「仕方なくだ。校則が法律に追い付いてないというのが実情だからね。栗須くりすさんについては、小亀こがめくんが主導したということで処分はなしという旨を伝えてある」


 不服そうな黒田先生とは対照的に僕はほっと胸を撫で下ろした。

 栗須くりすさんに処分がないのなら問題ない。僕が蟹谷かにたに先生の手伝いをするだけで全て丸く収まるのなら本当に安いものだ。


「まあまあ。ある意味、小亀こがめくんで良かったかもしれませんよ。お父様は海外出張で本人も聞き訳がいい。今後同じような問題が起きた時にどう対応すべきか議論するきっかけになったと考えれば」


 どこに怒りをぶつけていいかわからない黒田先生を蟹谷かにたに先生がうまくなだめている。親子くらいは年齢差がありそうなのに臆することなく自分の意見をしっかり伝える蟹谷かにたに先生もまた大人だ。


小亀こがめくん、もう後輩をラブホに誘うのはダメだからね。ちなみに自宅も。本来は学校側が規制することではないんだけど、もう成人してるってことは、わかるよね?」


「はい」


 もし栗須くりすさんを妊娠させたら僕が責任を取らなければならない。

 ご両親にもその辺は釘を刺されている。

 

 だから僕はハッキリと栗須くりすさんの誘惑を断らなければならない。


「それじゃあ小亀こがめくん、頼みたい用がある日は事前に教えるから」


「今日は平気なんですか?」


「急に生徒に頼むような雑用ってないものなのよ。その代わり、いつ呼び出されるかわからない恐怖を今回の処分だと考えてください」


「ははは……」


 確かに今日から一週間とか期限が定められてない分、ストレスを感じる気がする。

 年齢的に成人を迎えても高校生は高校生だ。その責任の取り方は先生によって手綱を握られている。

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