第20話 後輩バレ

 栗須くりすさんに連れて行ってほしいと言われて、大人として責任を果たすために了承した。理由と結果は噛み合っている。だけど、まさかそれが今日とは思ってもみなかった。


 部活が終わったあとの流れで栗須くりすさんとラブホ街へと向かうことになった。

 この迷うことなき行動力は子供っぽいというか、大人になると失われる思い切りの良さだ。


 街が少しずつ夕闇に飲まれていく時間帯。早くも酒が入った大人達がうろつき雰囲気はお世辞にも良いとは言えない。

 数か月前まではアルコールの提供が制限されていたこともあり、羽目を外した酔っ払いがうろついていた。


「マジで行くの? 僕ら制服だよ?」


 ラブホテルというものを利用したことがないからわからないけど、制服を着てたらスタッフさんに止められるんじゃないだろうか。

 そうじゃなくてもここは制服姿で歩いていい場所じゃないように思う。


 警察官に声を掛けられたら一発で帰宅を促されるだろうし、下手したら職質されて学校や親に連絡がいくかもしれない。


「だからいいんじゃないですか。小亀先輩は成人してるから問題なし、クリスは童顔で制服コスしてる成人女性という設定でいきます」


「自分で童顔とか言うんだ」


「いつもならイヤですけど背に腹は代えられません。むしろ今は自分のロリ体型を褒めてあげたいです。変に大人っぽいより、こういうあどけない雰囲気の子の方が怪しまれないんですよ」


「そういうもんなの?」


「…………たぶん」


 なぜラブホテルはラブホテルと明らかにわかるような外装をしているんだろう。普通のホテルと間違えないためだろうか。

 だからってお城みたいだったり壁の色が派手なホテルに男女で入った時点で周りにエッチしますと宣言しているようなものだ。


 めちゃくちゃ恥ずかしい。もなさんやスタッフさんにリードされるAV出演よりも緊張しているかもしれない。

 あくまでも大人としてリードする立場というのが僕の緊張感を高めた。


ただ、僕は栗須くりすさんとエッチするつもりはない。丹生うにゅうさんと自宅で一夜を共にして手を出さなかった僕だ。そのヘタレっぷりと我慢強さには定評がある。


 システムはわからないけど利用時間を使い切れば何事もなく脱出できるはずだ。


「あ、あの、小亀先輩」


「うん?」


「ウロウロするのも恥ずかしいのでそろそろ決めてもらえると……」


「あ、ごめん」


 学校では息巻いていたものの、いざラブホ街に足を踏み入れると羞恥心が出てくるらしい。

 全然カップルには見えない組み合わせもいたりして、そういうお店的な一面も持ち合わせているんだと思う。

 お店の人はそれこそ男に劣情を抱かせるような恰好をしていて、隣に可愛い後輩がいるにも関わらず胸の谷間や太ももに視線を奪われる。


 もし栗須くりすさんと付き合っていたら浮気にカウントされてしまうのだろうか。直接注意はされないものの後輩の視線が冷たく痛い。


「一応、手繋ごうか」


「ふぇ!?」


「イヤならもちろん無理強いはしないよ。ただ、なんかこの辺は雰囲気が……ね?」


 ホテル選びに悩んでいるうちにどんどん街の奥へと入り込んでしまった。それにつれて雰囲気も少しずつ悪くなってきているのを肌で感じる。

 やっぱり制服で来るところでない。高校生カップルを妬んでいるのか、それとも栗須くりすさんの品定めでもしているのか、いやらしい視線が突き刺さる。


「恋人じゃあ、ないんですよね」


「……ごめん。でも、大切な後輩には変わりないし、先輩として、大人として守りたいとは思ってる」


「ズルいですよ。小亀先輩、年下女子たらしの才能があります」


「あんまり嬉しくないな」


「本当ですよ。クリスにだけその優しさを向けてくれればいいのに」


 軽く握った栗須くりすさんの手は冷たく、小刻みに震えていた。

 かく言う僕も緊張で手汗が酷い。

 後輩を助けるつもりで提案したことだけど、実際には僕自身も信頼できる後輩の存在を感じることができて安心していた。


「本当はちゃんとしたホテルの方がいいんだろうけど、あんまり高くないところでいいかな? 相場がわからなくて」


「小亀先輩にお任せします。クリスもわからないので」


「とは言え、廃ホテルみたいなところだったらイヤだし……」


 あえてボロボロのホテルを選んで栗須くりすさんを萎えさせる作戦も考えたけど、それくらいで諦めてくれるなら苦労はしない。

 そうなると、それなりの場所で値段も抑えめのところを探してしまう。


 これがランチのお店選びならどれだけ健全で楽しかったか。自分の青春が一般的なものから大きくズレていることを改めて実感した。


「なあ、あいつAVに出た高校生じゃね?」


 フリーになっている右手で自分の顔にマスクが装着されているか確認した。

 制服は同じものだけど顔が半分隠れているんだから特定するのは難しいはず。


 きっと僕ではない。そもそもAVを見る目的は女性のエッチな姿だ。相手の男優に興味を持つやつなんていない。

 だけど高校生というワードも耳にしっかり残っているのも事実。


 もしかして僕と同じように18歳の成人と同時にデビューしたAV女優がいるとか? そうに違いない。自意識過剰になっているんだ。

 自分に言い聞かせるように弁解の言葉を頭の中に並べた。


「ママー! ママー!」


ツーブロックをピンク色に染めたいかにもチャラい男が、明らかに僕に向けて野次を飛ばしている。

事情を知らない栗須くりすさんは単純に恐いのだろう。怪訝な顔をして僕の手をギュッと掴んだ。


「適当にどこかに入ろうか」


「ですね」


 この場に留まるのは絶対によくない。非難場所としてラブホに飛び込む意思を伝える。

 それに勘付いたのかスキンヘッドに入れ墨を入れた仲間の男がさらに煽る。


「こいつ熟女にママって叫びながらセックスする変態だぜ? 俺らと遊ぼうよ」


「あそこに入ろうか」


 後輩の手を強く引いてホテルの入り口に繋がる階段に足を踏み入れようとしたその時、ツーブロックが僕の方を掴んだ。


「無視しないでよ男優さん。立派なモノを持ってるんだから男らしくさ~」


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるツーブロックは体格の良さで圧力を掛けてくる。ケンカしたら絶対に勝てないし、それこそ警察沙汰になってしまう。

 未成年の後輩を連れてラブホに入ろうとしたことはもちろん、そこから芋づる式にAV出演もバレるかもしれない。


 今の僕にできることは、とにかく栗須くりすさんだけでも無傷で家に帰すこと。そのためならサンドバッグになる覚悟だ。


「AVに出る高校生は違うね~。堂々と制服でラブホなんて」


「僕はもう成人しているので」


 言葉を交わしながらじりじりと壁際に追い込まれる。

 相手からすれば逃げ道を塞いでいるつもりだろうけど、こいつらに挟み撃ちにされるよりかは全然マシだ。

 栗須くりすさんの背中は壁が、正面は僕が守ることができる。


「僕はってことは、そっちの子は後輩? 未成年に手出したら犯罪だよ?」


「それはあなた達も同じですよね?」


「まあまあ、そこはお互い様でしょ」


 スキンヘッドは営業スマイルを浮かべているが目は笑っていない。それに、男が見ているのは僕ではなく明らかに背後に隠れる栗須くりすさんだ。

 

「あの、僕にご用でしたら後輩は家に帰していいですか?」


「お兄さんおもしろいこと言うね。これから4人で楽しいことしようってのに」


「マジ? 男優さんも入れるの? この子にあのデカチンは無理でしょ」


 ゲスな笑い声を上げる大男に絡まれる高校生二人を、街行く人達は目線を合わせないようにスルーしていく。

 僕だってそうすると思う。誰だってトラブルに巻き込まれたくない。こういう時に無鉄砲に正義を貫くのは案外子供の方なのかもしれない。

僕の背後に隠れる子供、まだ未成年の後輩が声を上げた。


「エッチな映像を見るのは仕方ないと思いますけど、先輩がそんなのに出るわけないじゃないですか! ね?」


 声を震わせながら栗須くりすさんは自分よりも遥かに大きな男に抗議した。

 だけどその勇気に相手は怯むわけもなく、さらに声のボリュームを上げて笑う。


「ガチだって。えーっと……ほら、この制服と顔、このお兄さんっしょ?」


 もうツーブロックのスマホに製品映像が映し出される。

 街の喧騒に飲まれないように音量を最大にしているのか、もなさんと僕が激しく愛し合う声が鳴り響く。


 サンプルで満足せずお金を払って購入しているのは偉い。なんならもなさんのファンなのか?

 出会い方を間違えてなければ友達になれたかもしれないのに、運命とは残酷だ。


『ママッ! ママー!!』 


 欲望のままに腰を振る先輩の姿を後輩はどんな感情で見ているのだろうか。

 彼女の反応を知るのが恐くて、僕は適当な場所に視線を向ける。


「ほら、このお兄さんでしょ? クセが強いから顔覚えちゃったんよ」


「ちなみに俺らはマザコンじゃないから。この女優さん七咲もなっていう熟女女優で俺ら世代のオカズ代表ってだけだから」


「言うてお前マッチングアプリで人妻とヤってんじゃん」


「うるせー! ロリコンよりマシだろ」


「ロリコンじゃねーし。そんなこと言ったらこの子がロリみたいだろ」


「十分ロリだろ。それともこの男優さんみたいにアソコは真っ黒なオトナだったりして」


 酔っぱらっているかのようなハイテンションでギャーギャーと騒ぐ二人とは対照的に栗須くりすさんは呼吸をしていかのように存在感が薄くなっていた。

 僕の背中にぴったりとくっ付いていたはずなのに、その体温を感じ取れなくなっている。


「え、おい」


「マジか。あーあ、俺らまだなんもしてねえから」


 大男二人は血相を変えて走り去っていった。

 そして残された僕の背中に急に重いものがのしかかる。


栗須くりすさん!? 栗須くりすさん!!」


 楽器に比べたら重くないはずなのにずっしりとした衝撃が体に覆い被さる。

 意識を失った後輩を助けるために救急車を呼んだ。

 全てが白日の下に晒されても構わない。それが大人の責任だと思ったから。

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