第18話 妹じゃなくて

「小亀先輩、クリスの気持ちをわかってて妹扱いしてますよね」


 自分と1歳しか違わないのに子供扱いしていた後輩の大人びた表情に胸が高鳴っていく。心臓の動きが激しくなるにつれて全身に血液が送り込まれて、それが股間に集中するのは男の悲しいさがだ。


「もちろんこんな場所でエッチなことなんてしません。それくらいわきまえてます」


「それは安心した。じゃあ早くどいてくれ。重い」


「デリカシーの欠片もないですね」


「妹に対して兄はそんなもんだろ?」


「そうやってすぐ妹扱いで逃げようとする」


 言葉で逃げようとしても体は栗須くりすさんによって完全に押さえられている。いくら僕が貧弱とは言え栗須くりすさんも小柄だ。僕が本気を出せば彼女を押しのけるくらいはできる。


 しかし、押しのけるためには栗須くりすさんの体のどこかに触れなければならない。お腹を押したところで小柄な女子でも吹き飛ばすのは不可能に近い。

 そうなると残された部位は胸ということになる。幸い、栗須くりすさんの胸は壁のように平たいので押しやすい。押しやすいけど胸は胸。訴えられたら負けるのは僕だ。


「小亀先輩、クリスの胸を見て失礼なこと考えてますよね」


「い、いや。何も考えてない。無心だ。無心」


「そのわりにどんどん固くなってますよ」


「じょ、女子がそういうこと言うんじゃない!」


「女の子だって性欲があるんです。もちろん恐いのもありますけど、でも、興味はあるんです」


 栗須くりすさんは僕の手を取り、ゆっくりとその平らな胸に寄せていく。

 楽器ケースを落下から守った時の痛みがあるせいで抵抗しようにも力が入らない。


「抵抗しないってことは……そういうことですよね?」


「違うんだ。腕が痺れて」


「そういうことにしておいてあげます。クリス、今からちょっとだけ悪いことをするので」


 栗須くりすさんに導かれた右手が彼女の胸に触れる。その感触はもなさんのおっぱいとは違ってほぼ布という印象だ。

 肌に直接触れているわけではない。それなのに気軽に触れてはならない場所と脳が認識しているから背徳感で頭がいっぱいになる。


 僕が特別なのか、みんなもそうなのか、背徳感が大きくなるほど股間も硬く大きくなる。


「クリスの……妹の小さい胸でも興奮しちゃうんですね」


 僕を見下ろしながら挑発的な言葉を発する栗須くりすさんの顔も真っ赤になっている。自ら胸を触らせる行為そのものなのか、誰かに見られるかもしれないという緊迫感か、あるいは別の感情か、それが全部混ざったものなのか。

 邪魔する脂肪が少ない分、栗須くりすさんの速く大きな心臓の動きが伝わってくる。


「こういう自撮りって難しいですね。あ、小亀先輩、動画だからそっぽ向いても無駄ですよ。クリスが名前呼んでますから。小亀先輩、小亀先輩」


「撮影はやめろって。それに栗須くりすさんだって映ってるんだから」


「覚悟の上です。それくらいクリスは本気なんです。小亀先輩の後輩や妹から脱するのに」


「……もし栗須くりすさんがこの動画で僕を脅迫したら加害者と被害者の関係になるけど?」


「そんなことにはなりません。だってクリスは脅迫したりしませんから。大人な小亀先輩はクリスの胸を揉んだ責任を取ってくれるに違いありません」


「も、揉んではない。無理矢理触らされてるだけだ」


「小亀先輩がそう思っているのならそういうことにしておいてください。小亀先輩は気付いてないかもですけど、しっかり指は動いてますよ。クリスの胸が小さすぎて揉んでる実感がないんでしょうけど!」


「…………ごめん」


「年下に対してもちゃんと謝れるところも好きです。先輩風を吹かさないところとか」


 気付けば僕の右手は栗須くりすさんの手から解放されていた。それなのに僕は後輩の小さな胸に右手を当てたまま馬乗りされている。

 これじゃあ誰から見てもお互いに合意の上で体を密着させている。まるで学園モノのAVだ。お互いに素直な気持ちを吐露して、放課後の学校で体を重ねる。


 最近はスマホ向けの縦動画もあるから、栗須くりすさんのスマホで動画撮影中というのもAV感に溢れて生々しい。


「って、さすがにこれ以上は誰かに見られちゃうかもですよね」


 栗須くりすさんはいそいそと立ち上がると僕に手を差し伸べた。


「こんな風に小亀先輩を助けるのって新鮮です」


「そうだな。いつも重い荷物を持って転びそうなのは栗須くりすさんだ」


「そういうのが妹感があってよくないと気付きました。これからは小亀先輩をたくさん転ばせてクリスが助けます」


「ちょっと恐いからやめてくれ。栗須くりすさんから逃げ回るぞ」


「成人してるのにJKのイタズラから逃げるなんて恥ずかしくないんですか?」


「成人の前に僕だって高校生だ。法律で今年度から成人扱いされてるだけで、急に大人になったわけじゃないんだ」


「でもでも、エッチなものは堂々と買えるんですよね?」


「ま。まあな」


 買えるどころか出演しているなんて口が裂けても言えない。子供っぽい栗須くりすさんとは部活のことだったり昔見ていたテレビの話題で盛り上がることが多かったので、恋愛絡みやましてや性的な話は皆無だった。


 それが急に女を出してきて、体が密着したり性欲があるなんて言われたら見る目が変わってしまう。

 あと一年と数か月で栗須くりすさんも成人として扱われる。AVにも出演できてしまう。


 成人=AV出演というイメージを抱いている僕の思考はいかがなものかと自分でツッコミを入れたくなるけど、法律的にはそういうことだ。


栗須くりすさん、妹や後輩から脱却したいなら重い楽器も自分で持とうか」


「露骨に話題を変えましたね。女の子に性欲があるように、男子の性欲はその何倍もすごいってクリスはわかってますから」


「だからそういうことを言うなって!」


「大人なんだからJKジョークとして軽く受け流してくださいよ。それとも、大人だからJKに興奮しちゃうんですか?」


「ないない。第一、僕は年上の……」


「年上の、なんですか?」


「なんでもない」


 年上の母性溢れる人が好み。七咲もなみたいな。

 そんな具体的な名前を出しても栗須くりすさんには伝わらないだろうし、父子家庭ゆえに重い空気になりかねない。

 性癖を隠す意味でも、栗須くりすさんを傷付けない意味でもこれ以上は言葉にするわけにはいかなかった。

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