第17話 新しい関係

「大人な小亀先輩とただの先輩後輩という関係はつまらなくないですか? 成人した小亀先輩、まだ子供のクリス、新しい扉を開きましょうよ」


「そんなこと言われてもな。僕は留年するつもりはないし、栗須くりすさんが飛び級でもするか?」


「無茶言わないでください。しかも飛び級したらクリスが先に大学生になっちゃいません? 先輩と後輩が逆転しちゃいますよ!」


「そうなったら僕は栗須くりす先輩ってちゃんと敬うぞ? ほら、こうして荷物も持ってるし」


「クリスは後輩をこき使うタイプじゃありません!」


 マスク越しでもわかるくらいほっぺを膨らませて最大限の反抗心をむき出しにする栗須くりすさんは贔屓目なしに可愛い。

 こんな可愛い女の子が僕に懐いてくれるのは部活動という場があったからに他ならない。普通に生活してたら絶対に接点がないし、声を掛けたとしても不審者として通報されるかもしれない。


 ある意味でマッチングアプリよりも奇跡的な出会いがあるのが学校という場所だと思う。

 アルバイト先だってそう。社員ほどの大きな責任がないからこそ自由に恋愛ができる。そういう場で出会い、恋をして、最終的に肉体関係を持つ。それが青春というものなのだろう。


 その過程をすっ飛ばした僕は結果だけ見れば大人の仲間入りを果たしたかもしれないけど、後から振り返ればズルをしたも同然。

 栗須くりすさんみたいな可愛い後輩がまっとうに恋愛をしたら、僕なんかよりもずっと大人な存在になる。


「なんて言うか栗須くりすさんは助けてあげたくなるんだよ。漫画によくある横断歩道を渡れなくて困ってるおばあさん的な」


「おばあさん!? 先輩の年齢を遥かに超えちゃいましたよ」


「まあ、おばあちゃんは冗談にしても一生懸命練習してるしさ。手を差し伸べたくなるのは事実だよ」


「う~ん。そういうのじゃないんですよ。可愛がってくれるのは嬉しいですけど」


 周りの人が自然と助けてくれるなんて才能だと思うけど栗須くりすさんは不服そうだ。 

 例えば他の女子部員からはお菓子をよく恵んでもらっている。黙食するように指示されているので声は出ないが、栗須くりすさんがお菓子を頬張る姿をみんなカメラに収めている。


 おばあさんなんて言ったけど、本当は小動物系の庇護欲をそそられて僕は後輩を助けている。

 下心に似た感情を抱いていた時期も実はあった。でも、もなさんとのAV出演を機にどんどん薄れて、今では家族を助けるような気持ちになっている。


「あ! わかった。妹だ。一人っ子だから本当のところはわからないけど、たぶん妹を助けるような感情だ」


「妹……ですか?」


「うん。おばあさんってのもしっくり来なくて考えてた。ちょうど年下だし完全に妹だ」


「なるほど。小亀先輩はクリスと妹プレイをしたいと」


「プレイって言うな! たしか栗須くりすさんも一人っ子だったよね。本当の兄がわからないんだから僕を兄として慕ってくれてもいいぞ。それなら学校を卒業しても変わらぬ関係だ」


「クリスが急に小亀先輩をお兄ちゃんって呼び出したらなんか複雑な家庭環境みたいじゃないですか」


 複雑な家庭環境という言葉に体がぴくりと反応してしまう。

 僕がもなさんと結婚したらクラスメートの丹生うにゅうさんが義理の娘になる。同い年の娘なんてまさに複雑な家庭環境だ。


反対に丹生うにゅうさんと結婚すればもなさんが義理の母親になる。これ自体はものすごく当たり前の話。でも、僕はその義理の母親とエッチしている。僕は丹生うにゅう家に関わるべきじゃない。どう転んでもおかしな家庭になってしまう。


「どうしたんですか? もしかして複雑な家庭環境が性癖とか?」


「性癖言うな! せっかく可愛いんだから」


「か、かわいい!? もう一度言ってください」


「可愛い可愛い」


「……心がこもってないです。やり直しです」


「いや、本当に可愛いと思ってるよ。僕なんかがこうして普通に話してるのが不思議なくらい」


「小亀先輩はクリスに感謝すべきですね。お礼に何でも言うことを聞いたりとか」


「え? もしかしてお金取るの? そういう関係だったの?」


「ち、違います。そういういかがわしい関係ではなく、えーっと……先輩後輩を超えた親しい関係ってことです!」


「つまり兄と妹ってことだな。家族は先輩後輩よりも親しい」


「むぅ……手強いですね」


 栗須くりすさんの言いたいことはわかってる。僕だってそこまで鈍感じゃない。この一年、彼女の先輩として交流を深めていくうちに何となく僕を好きだと気付いている。

 でも、もしそれが僕の勘違いだったら……せっかく活動できるようになった部活動が気まずいものになってしまう。


 奥手で臆病者の僕は一歩を踏み出せず、栗須くりすさんからの好意をのらりくらりとかわしていく。

 一足先にズルい方法で大人になった僕にまともな青春を送る資格はない。もし栗須くりすさんと付き合ってからAV出演がバレたら彼女にまで迷惑を掛けてしまう。


 それに僕はもなさんみたいな母性溢れるタイプが好きなんだ。自分に言い聞かせるうちにだんだんその想いが強くなり、企画に応募するまでのファンになっていた。

 そういう意味では栗須くりすさんが僕ともなさんを近付けたと言っても過言ではない。本人はまったく自覚がないだろうけど。


「小亀先輩、ちょっといいですか?」


「え……」


 栗須くりすさんがワイシャツを引っ張ると、重い荷物を持った体はそのまま慣性に従い移動する。自分では歯止めが効かない力が働いて尻もちを着いてしまった。


「んん゛!」


 楽器ケースを落としてはいけないと腕に力と気合を入れた結果、どうにかケースは守ることができた。ただ、ひ弱な腕はその衝撃に耐えらずビリビリと痺れるような痛みが走る。


「あ、すみません。でも、クリスをこんな風にさせたのは小亀先輩なんです」


 ケースをゆっくりと廊下に置く間に、栗須くりすさんは僕に馬乗りになり対面した。もしお互いに裸だったら性器と性器が交わるような体勢だ。


 廊下の先から楽器の音が聞こえる。少し歩いた先では吹奏楽部が活動を始めている証拠だ。もしもこんな姿を誰かに見られたら確実に誤解されてしまう。


 AV撮影の時も、丹生うにゅうさんがうちに泊まった時も、事情を知らない第三者の視線を心配する必要はなかった。でも今は違う。学校という場所で男女の体が密着している。


 男なら誰もが夢見て、妄想して、オカズにしたことのあるシチュエーション。それが現実となった今、栗須くりすさんが覆い被さっている股間がむくむくと大きくなり始めた。

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