第15話 我慢大会3

 どれくらいの時間が経過しただろうか。

 体は疲れているし眠気もやってきているはずなのに不思議と眠れない。

 目をつむって少しでも脳と体を休めようと思っても、普段は感じない人のぬくもりがそれを邪魔する。


 やっぱり今からでもソファで寝よう。

 丹生うにゅうさんはもう寝てるっぽいからこっそり抜け出せば……。


 そんな僕の思考を読みとったのか丹生うにゅうさんが声を上げた。


「私ね。ママのエッチな姿を見るとすっごく興奮するんだ。ママにはバレないように声を押し殺して、一人で、こうやって……んくっ!」


「な、なにを」


 甲高い喘ぎ声が背後から聞こえた。振り返りたい気持ちをグッと堪えて、気のせいだと思い込むも丹生うにゅうさんの声はどんどん熱を帯びていく。


「小亀くんだって本当はムラムラしてるんでしょ? 私は、映像で見慣れてるから。したいならしていいよ。ここは小亀くんの部屋だもん」


 衣擦れの音と丹生うにゅうさんの吐息が混ざる。

 声を抑えようとして息が荒くなっていくのが余計に色っぽくて股間は正直に反応してしまう。

 急いでトイレに駆け込んで一人で処理をしたい気持ちと、それをしたら負けてしまうという意地がぶつかり合う。


 いっそ眠りについて全てを忘れようとしても眠気は完全にどこかへ行ってしまった。眠気がなくなった代わりに触覚が敏感になっているのか、隣にいる丹生うにゅうさんの体温が上がっているのを感じる。


 無駄だとわかっていても羊を数えよう。眠くはならなくても気を紛らわすくらいはできるはずだ。

 羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹……頭の中で必死に羊を数え始める。


「んん……はぁ、あっ! あんっ! んあっ!!!」


 喘ぎ声は笑い声に似ると丹生うにゅうさんは言っていた。

 その言葉を自ら証明するかのように声は少しずつ大きくなっていく。あの陽気な笑い声がそのまま喘ぎ声に変換されたら、かなり甲高い絶頂を迎えるはずだ。


 そんな生々しい声を間近で聞いて僕は正気を保っていられるだろうか。いや、保んだ!

 丹生うにゅうさんが果てれば既成事実を作るために寝込みを襲う可能性はゼロに近付く。あとは僕が我慢すればいいだけ。


 さっきは羊を何匹まで数えてたっけ。それを思い出せないくらい丹生うにゅうさんの喘ぎ声に意識を持っていかれてしまった。


 1匹目から数え直すのは何か違う気もしたので、とりあえず50匹目からカウントを始めた。

 羊が50匹、羊が52匹、羊が53匹……。羊に集中しろ。もはや己への鼓舞すら邪念に感じてしまう。とにかく羊を数え続けるbotになれ。


 羊が66匹、羊が67匹、羊が68匹、羊が69匹……。

 順調にカウントしてたところでつい69という数字で引っ掛かってしまった。


 同じベッドに女子と二人。ちょっと体勢を変えれば69をすることだって可能だ。

 我慢しろ我慢しろ我慢しろ。

 自分は七咲もなと付き合っている。その娘である丹生うにゅうさんと一線を超えたら浮気になる。

 本末転倒とも言える妄想で己を律する。


 もなさんと結婚したら丹生うにゅうさんはどうするんだろう。同居するのか、あるいは一人暮らしをするのか。もし同居したら、こんな風に彼女が一人で愉しむ声が漏れ聞こえる夜もあるかもしれない。


 結婚生活を想像しても出てくるのはエッチな妄想ばかり。本当にAVみたいなシチュエーションの生活になる未来しか見えない。


 くちゅくちゅと水音が激しくなる。

 それに合わせて丹生うにゅうさんも体を動かしているのかベッドがきしむ。


「んあああああっ!!!!」


 無意識に手が自分の股間に伸びた時、丹生うにゅうさんが今日一番の甲高い声を上げた。寝返りを打てば彼女の様子を伺うことはできる。

 だけどそれをしたら自分の手も止まらなくなってしまう。我慢我慢我慢。


 ズボンの上から股間をさすりたくなる気持ちを抑える。羊を数える余裕はない。ただ時間が過ぎるのを待つ。


「はぁ……はぁ……」


 すっかり息が上がった丹生うにゅうさんは何か言うでもなくもぞもぞとタオルケットに身を包んだようだ。

 

 もなさんとエッチしたベッドが、その娘である丹生うにゅうさんが一人エッチしたという記録が追加された。

 この事実を知っているのは世界で僕と丹生うにゅうさんの二人だけ。

 映像として世界中に配信されているベッドがものすごくいやらしいものになっている。


「ママぁ……」


 僕がもなさんにぶつけたのとは違う。本物の母親に甘えるような声。

 いきなり結婚を提案するのはめちゃくちゃだけど、それだけ母親のことが大好きで幸せになってほしいという気持ちは伝わってきた。


「寝れねぇ」


 そんな独り言には丹生うにゅうさんは反応してくれなかった。きっと疲れて眠ってしまったんだろう。

 ある意味で準備が整った体を無防備に晒すなんて、僕が悪い男だったら絶対に犯されている。

 信じてくれているのかヘタレだとわかって舐めているのか、どちらにせよ聞こえてくる寝息はすやすやと気持ち良さそうだ。


「…………」


 寝れないと思っていたのに気付けば朝5時になっていた。

 悪い夢でも見ていたんじゃないかと寝返りを打つと、そこにはすやすやと寝息を立てる丹生うにゅうさんの姿があった。


 今ならキスでもそれ以上のことも簡単にできる。

 素直に反応する体を理性で押さえて、僕は物音を立てないようにトイレへと向かった。


 長い長い夜を耐え忍んだ我が相棒を労い、しっかりと慰めた。

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