第12話 息子になろうよ

小亀こがめくん、ママの息子になろうよ!」


「いやいや! それこそ丹生うにゅうさんの気持ちはどうなるの? 好きでもない男と結婚とか中世じゃないんだから」


「んー? 私、今まで男の子と付き合ったことないんだよね。だから恋愛初心者でエッチの経験はある小亀こがめくんって超ぴったりな相手だと思うんだ」


「全然そんなことないと思うよ!」


 丹生うにゅうさんに彼氏がいたことがないというのは意外だった。それに男子とLINEを交換するのも初めてと言っていた。彼女の言葉を信用するなら僕と同じ恋愛初心者だ。だけど決定的に違うのは、女子から見向きもされない平凡な男子と、男子からの人気が高い女子という点だ。


 常に注目を浴びる人とそうでない人ではオーラが違う。今は僕がAV出演の件で脅されている立場だけど、周りからすれば僕が丹生うにゅうさんの弱みを握っているように見える。

 そういう意味でも僕と丹生うにゅうさんは付き合えないと思う。


「やっぱりおっぱいの大きい人がいいの? 私だって小亀こがめくんが毎日揉んでくれたら大きくなるかもよ? きゃはは」


「んなっ!?」


 ジャージの上から本人にしかわからないであろうかすかな膨らみを揉みしだく丹生うにゅうさんの動きについ鼻の下を伸ばしてしまった。

 見えないからこそいやらしい。裸よりもエロい姿をしている自覚を本人は持っているのだろうか。


「バレーするには良いんだけどね。たぶんパパが貧乳だったんだと思う」


「パパが貧乳って……」


「もしかしたらパパも男優さんかもって思って探したんだ。ママが若い頃に出てたやつ。そしたら一人、ひょろひょろの男優さんがいてさ、しかも生だったから、もしかしたら」


「へ、へぇ~」


「あ、気になる? 小亀こがめくんの義理のパパになるかもしれない人」


「そんな風に言われるとこれから見にくくなるからやめて!」


「え~? 彼女いるのにAV見るんだ? 私の体じゃ不満?」


「まだ彼女じゃないでしょ! それに……丹生うにゅうさんは可愛い、と思ってる」


「まだってことはこれから彼女になれるってことだよね。もう一押しだったりして」


 丹生うにゅうさんは立ち上がるなり僕の背後に回り込んだ。後ろからスッと伸びた腕は僕の体を包み込み、首筋にひんやりとしたファスナーが当たる。

 布を何枚か隔てた向こうには丹生うにゅうさんのおっぱいがある。もなさんに比べれば小さいけど、女の子特有の柔らかくて甘いものが当たっていると考えるだけでドキドキする。


「私と結婚したらママともこんなことができちゃうよ?」


「ダメでしょ。浮気とか」


「うん。浮気は嫌だけどママとならオッケー。どう? 小亀こがめくんにとっては最高の条件じゃない?」


「娘に浮気を容認されるもなさんの気持ち!」


 義理の息子とエッチするなんてAVの設定だけでお腹いっぱいだろう。フィクションだから良いのであってリアルでやったら後味が悪すぎる。


「ねえねえ。忘れてない? 私が小亀こがめくんの秘密を握ってるってこと」


「うっ……」


「穏便に済ませてあげようと思ったのにな~。彼女にずっと脅迫され続ける高校生活と、素直に大好きなママの娘と付き合う高校生活、どっちが幸せなのかな~」


「……う、丹生うにゅうさんだって母親がAV女優だってバレたくないんじゃない?」


「うーん……」


 後ろを振り見たら丹生うにゅうさんの胸に顔をうずめるような体勢になってしまう。垂れ流しになっているAVを見つめながら、丹生うにゅうさんの表情を想像して交渉を進める。

 もなさんは二人の男優さんを相手にしていた。身動きがとりにくい体で手と口を使って一生懸命男優さんを気持ちよくしている。


 僕は、いや、僕以外の多くの男子がAVのお世話になっている。会社勤めとかに比べたら偏見が多い職業だけど、ご高説を垂れる偉い人だってきっとお世話になっているはずだ。


 もなさんのことを一人の女性として好きだからというバイアスはあるにしても、僕はAV 女優という職業を立派なものだと考えている。

 だけど僕と同じ考えの人ばかりではないのも事実。丹生うにゅうさんに嫌われるような脅し文句になってしまったけど、お互いの生活を守るためには必要なことだ。


「私は別に平気かな。ママは隠すために芸能関係の仕事って言葉を濁してるけど、もしかしたら三者面談の時とかに先生にバレてるのかもね」


「でも、先生は指摘したりしないでしょ? AV女優の七咲ななさきもなさんですよねって」


「きゃはは。そしたらガチファンじゃん。でも先生の中にはママの旦那さんになってほしい人はいなかったかな。ママと先生がエッチしてるのを想像したらちょっと気持ち悪かったし」


「僕は平気だったの?」


「平気っていうか、実際してる映像を見たからね。小亀こがめくんならママを任せられるなって」


 耳元でささやかれるその声はとても穏やかで優しさに満ちていた。丹生うにゅうさんが母親の幸せを願って結婚相手を探している本気さも伝わってくる。


小亀こがめくんは私とは付き合えない?」


丹生うにゅうさん男子から人気があるって自覚はある? その中から素敵な人を見つける方が楽しい高校生活を送れると思うよ」


「その中に小亀こがめくんはいないんだ?」


「アイドル的な意味での好きになるかな。こんなに密着して、他の男子に嫉妬されそうな状態で言うのもなんだけど僕はもなさんの方が好きだ」


「ママの職業に偏見を持たず、年の差も気にせず愛してくれる。最高の結婚相手なんだけどな~。残念だな~」


「……ごめん。他のことなら何でも言うこと聞くから」


 もなさんのことが好きだからこそ、もなさんの気持ちを一番に尊重して幸せになってもらいたい。AV出演でエッチできただけじゃなく生涯を一緒に過ごせるなんて千載一遇のチャンスだ。でも、それはあくまでも僕の側から見た一面に過ぎない。


 娘の同級生、しかもAVの企画で知り合った男と結婚なんてもなさんは嫌だろう。丹生うにゅうさんは丹生うにゅうさんで男を選び放題なはずだから、そこに僕が割って入らなければきっと幸せに過ごせる。


 脅迫されている身でありながらワガママだとは思う。でも、それが成人した僕が見せられる誠意なんだ。


「なんでも、か~。きゃはは。いいこと思い付いちゃった」「


 丹生うにゅうさんの腕から解放されると僕を包んでいた生暖かいものがなくなりスース―と寂しさが残る。

 いつの間にか結構な時間も経っていてAVも本編終了後の特典映像に切り替わっていた。


 もなさんが撮影後にスタッフさん達と談笑している。お腹の中の子が蹴ったとか、激しくて生まれるかと思ったとか冗談っぽく話すその目には初産の不安みたいなものが映っていた。

 相手が誰か特定できず、おそらく職業的に周りに助けを求めることも難しい。当然と言えば当然なんだけど、まだこの世に誕生していない僕はもなさんの傍にいられなかった。支えられなかった。


 そんな男がいまさら夫を名乗るなんておこがましい。丹生うにゅうさんからどんなに大変な要求をされても、もなさんとの結婚を断ろう。僕の意志は固まった。


「ふぅ。このソファ座り心地良いね。テレビも大きいし」


「気に入ってもらえて良かったよ。それで、僕は何をすればいい? お金はすぐには用意できないけど、バイトして頑張って払うよ」


「きゃはは。カツアゲなんてしないよ。さっきなんでもするって言ったよね? 超簡単なお願いだから」


 金銭を要求されないとわかってホッと胸をなでおろすのと同時に、お金で解決できない無理難題を要求されたらどうしようと不安ものしかかる。

 

 ぶかぶかのジャージの袖をギュッと掴んで、口元を隠すようにあざといポーズをする。こんな姿でお願いされたら断れる男子なんていない。しかも脅迫材料まで揃っているとなれば、丹生うにゅうさんのお願いは99.9%叶えられるだろう。


「もう遅いから今日泊めてよ。ママ、仕事で帰ってこないんだ」


「……マズいでしょ。家まで送っていくから」


 残りの0.1%に賭けて抵抗してみる。なんでもすると言ってしまった手前無駄だとわかっていても抵抗せずにはいられない。


「え~? そしたら七咲ななさきもなの家がガチ恋ファンにバレちゃうもん。私と付き合わないっていうなら何もしないよね? 小亀こがめくん」


「…………」



「それになんでもするって言ったのに。ウソついちゃうんだ~?」


「き、着替えとかないよ? 男子高校生の一人暮らしだから」


「コンビニで買ってくるから大丈夫。あとは、小亀こがめくんのTシャツとか借りちゃおうかな。きゃはは。なんだから彼氏彼女みたいだね」


 普段はとてもお世話になっているのに、急なお泊りにも対応できるコンビニの便利さを今日だけは恨ませてほしい。


 実質一人暮らしなら女子を連れ込み放題。状況的にはそうだけど、実践できるかどうかはまた別の話。

 まさかこんな形で、しかもとても可愛い女子と一夜を過ごすことになるなんて……。


 もちろん僕に丹生うにゅうさんを襲うような度胸はないし、もなさんに嫌われたくないからお客様として丁重に扱うつもりだ。

 問題はAVを見て臨戦態勢になった相棒をどう鎮めるか。隙を突いてトイレで抜くにしても臭いで勘付かれる可能性は高い。


 このモヤモヤした感情を抱えたまま一晩やり過ごす。とんでもないミッションが幕を開けた。

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