第10話 ママとパパ

「あ、音消していいかな。ママの声、大きいよね」


「うん」


 本題が来るかと思いきやテレビの音量のことで力が抜ける。それを悟られないよう平静を装いながらリモコンの消音ボタンを押した。

 いっそ再生を止めても良かった気もしたけど、丹生うにゅうさんは音のことしか言ってないので素直にそれに従った。


「ありがと。女の人の喘ぎ声って笑い声に似るんだって。ママって清楚な熟女で売ってるけど家ではすっごい笑うんだよ」


「そうなんだ」


「私も結構甲高い声で笑うでしょ? だからきっとママみたいになるんだと思う。一人でする時も声が出そうになってやめちゃうし」


「……そうなんだ」


もなさんの私生活、丹生うにゅうさんの夜の生活に関する情報が一気になだれ込んできて生返事しか返せなくなってしまった。

 きゃははと楽しそうに笑う丹生うにゅうさんの声を脳内で喘ぎ声に変換される。もなさんとは違う種類の野性味溢れる高音のいやらしい声が勝手に再生された。


 音を消したテレビでは映像だけが流れ続ける。男優さんが腰を振るのに合わせてもなさんが苦悶の表情を浮かべる。


「こういう撮影って監督の指示がもちろんあるんだけど、ママは結構それが飛んでアドリブで気持ちよくなっちゃうんだって。自分に向いてる仕事だって嬉しそうに話してた」


「うん。だから何年も続けていられるんだと思うよ」


「まさか自分の娘と同い年の男の子にまで好かれるなんて思ってなかったよね~。きゃはは」


「そ、それだけ魅力的ってことだから。自信を持っていいんじゃないかな」


 結局本題になかなか入らずもなさんの話で盛り上がってしまう。

 憧れの女優さんの娘と会話できる。家庭のことは切り離しておきたいファン心理と、撮影とは違う顔を見られて嬉しいファン心理が入り混じって複雑な心境だ。


「そう。ママは昔からモテたんだ。体目当ての人が多かったみたいだけど。知らぬ間にAVデビューして今も続けてるって笑ってた」


「笑いごと……なのかな」


「最初はエッチしてる姿を撮られるの恥ずかしかったんだって。でも、お金はたくさんもらえるし、他に働けそうなところもなかったから」


「そのおかげで僕はもなさんを知ることができたんだから感謝だよ」


 もしも出産を機に引退していたら僕は七咲ななさきもなの出演作に出会うことはなかっただろう。今も現役だからこそ新作一覧にもなさんの作品が出てきて、それをきっかけに新たなファンを獲得できる。


「きゃはは。たぶんそんな風に言ってくるの小亀こがめくんくらいだよ。普通は親がAV女優なんて言ったら誹謗中傷の嵐じゃないかな」


「そんなことないよ。男はみんなお世話になってるんだから。もしかしたら女子も」


「ありがと。小亀こがめくんは優しいね」


 穏やかな空気が流れる。まるで恋人と過ごすような優しい時間。あれ? 僕はAV出演の件で脅迫されるんじゃなかったっけ?

 丹生うにゅうさんの目的を勝手に想像しただけで本人の口からは一度も確認していない。

 AVに出たら誹謗中傷される。相手がもなさんとその娘である丹生うにゅうさんだから否定したけど、心の奥底では誹謗中傷されると考えているから脅迫を想像してしまったのではないだろか。


「なんか話が逸れちゃったね。本題っていうのは?」


「ごめんごめん。なんだか言い出すのに勇気がいるから」


 まさか告白じゃないよな? 母親とエッチした相手を好きになるなんてよほど特殊な性癖じゃなければあり得ない。

 それとも僕の相棒が大きいから好きになったとか? 男としては嬉しいような、他のところで好きになってほしいような複雑な心境だ。




小亀こがめくん、ママのこと大好きだよね?」


「うん」


 絶対に手が届かないアイドル的な意味で好きだったのが、一度エッチしたことで恋愛的な意味でも好きだということに気付けた。

 そしてその気持ちは娘である丹生うにゅうさんと近距離で接したことで再確認できた。


 絶対に叶わぬ恋。


 もなさんは僕のことなんて覚えていないだろうし、覚えていたとしても企画に応募した童貞の一人だ。でも、もしかしたら……。


「もなさん、家で僕との撮影のこと話してた? あ、その、娘と同じ高校の制服だったから。男子のはわからないか?」


「4月の時は何も言ってなかったよ。でも私が制服のことに気付いてママに聞いたらすっごい大きい子だったって。きゃはは」


「大きいっていうのは、アレのこと?」


「そうそう。ママの印象に残るってよっぽどだよ。モザイク越しに見た私もそう思ったし。身長とは関係ないんだ?」


「どうなんだろう。僕ら修学旅行もなかったから、高校生のサイズってわからないんだ」


「ああ、そっか~。もし修学旅行があったら小亀こがめくんヒーローだったかもよ? 男子って大きい方が偉いんでしょ?」


「そんなことはないと思うけど……なんだか恥ずかしいな」


「私がAVのことをバラしたら小亀こがめくんが大きいのみんな知ることになるんだよ? もっと堂々としてればいいのに」


「……っ!」


 やっぱりAV出演の件で脅迫するつもりなんだ。もなさんという共通の話題をきっかけに少し仲良くなったと思って油断していた。

 アレのサイズが大きいという話だけが広まるならまだいい。一応法律的には問題がなくなったAV出演も、たぶん全国で僕が初だ。だから学校側も何らかの対応を取るだろうし、父さんの耳にも入ってしまう。


 そうなれば仕事が忙しい父さんに無駄な隔離期間を過ごさせてしまう。成人した息子が父親させることではない。


丹生うにゅうさんは僕に何をさせたいの? AV出演の件をバラさない代わりに何か要求するつもりなんでしょ?」


「そうそう。それが本題。小亀こがめくんがどれくらいママのことが好きかで決めようと思ってたんだ」


「もなさんを?」


「そ。AV女優として好きなのか、一人の女として好きなのか。小亀こがめくんは合格です」


「合格……?」


 いつの間にか丹生うにゅうさんに試験されていたらしい。全く心当たりのない試験に合格と言われてもピンと来ない。

 困惑する僕を丹生うにゅうさんは楽しそうに観察している。この笑顔が脅迫の意味を含んでいなければどれだけ可愛いか。


「こほん。なんだか小亀こがめくんに告白するみたい。あ、全然違うから安心して。むしろ小亀こがめくんにとっては嬉しい提案? 要求? だと思うから」


「はぁ?」


 脅迫されるのに嬉しいなんて、丹生うにゅうさんは僕をMだと思っているのだろうか。もちろん、もなさんとならSMだって喜んでする。艶やなか声で言葉責めされる様子を想像しただけで全身がカッと熱くなる。


「顔、赤いよ?」


「なんでもない!」


 もなさんとのSMプレイを想像しただなんて口が裂けても言えない。これからどんな要求をされるかわからないんだ。妄想なんてしてないで腹を決めないと。


「じゃあ、言うよ。小亀こがめくん」


 丹生うにゅうさんがスーッと息を吸った。

 ジャージの袖をギュッと掴む姿は小動物みたいで可愛らしい。だけど心はときめかない。もなさんの遺伝子を受け継いでいても別人は別人。僕の心は七咲ななさきもなに完璧に掴まれていた。


「ママと結婚して私のパパになって」


「……は?」


 愛の告白でもしたように頬を薄桜色に染めた丹生うにゅうさんは僕から視線を逸らしうつむいてしまった。

 もなさんと結婚。そんなの夢だろ? ほっぺをギュッと力強くつねってみたけど目の前にいる丹生うにゅうさんはいなくならないし、音を消したテレビではもなさんと丹生うにゅうさんが言うところのお兄ちゃんが激しいエッチを続けていた。

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