第9話 お兄ちゃん

 母さんは死んで、父さんは海外出張。高校生の僕が一人で使うには広すぎるリビングには、部屋のサイズには合っていても生活実態とは全く合わない大きなソファがある。


 脅迫されてと言ってもなんら差し支えない形で我が家にやって来ているもののお客様には変わりない。

 丹生うにゅうさんを正面のソファに座らせ、対角線上にある別のソファに腰を下ろした。


小亀こがめくんもこっちで見ようと。こんなに大きいんだし」


 丹生うにゅうさんはばふばふとソファを叩く。

 

「あ、もしかして私のことを見てたいの?」


「違うよ。僕はこっちに座ってる方が見やすいんだ」


「そうなんだ。私の隣はいつでも空いてるからね」


 口では否定したものの我が家のソファに座る丹生うにゅうさんの太ももは肉感的で魅力的なのはたしかだ。

 しかも、もなさんの娘だと考えると余計に意識してしまう。胸なんかは似てもにつかないし包容力だってない、むしろ僕をおちょくって楽しむ子供みたいなのに将来はあんな風に成長するのかと想像するとドキドキしてくる。

 もしかしたら僕はもなさんの……丹生うにゅう家の遺伝子に弱いのかもしれない。


「こういうインタビューって昔から変わらないんだね」


「まあ、その人の人となりを知ると想像が膨らむし」


 テレビには若かりし頃のもなさんが映し出されている。お腹も大きくなっていて見るからに妊婦さんだ。

 お腹をさすりながら、たまに中で蹴るとか名前について考えると言った妊婦さんへの質問や、妊娠してもムラムラするといったAV的な質問まで幅広く答えている。

 まさかこの時に丹生うにゅうさんがお腹の中にいたなんて改めて映像を見ても信じられない。


「インタビューでは妊娠6か月って言ってるんだけど、実は9か月だったんだって。下手したら生まれてもおかしくない時期だったけど、母乳が出るから撮影に挑んだって言ってた」


「プロ意識が高いってことなのかな。それにしたって無茶な気が」


「ママ、絶対に私を生むって決めてたんだって。妊婦で母乳が出るなんて限られた期間しか撮影できないでしょ? だから思い切って監督お願いしたって」


「こうして無事に丹生うにゅうさんが育ってるから安心して聞けるけど、当時は大変だったろうな~」


「きゃはは。小亀こがめくん私達の心配してくれてるんだ。優しい~」


「あくまでももなさんを心配してるんだ。妊婦さんには優しくしないと」


「そういう照れ隠しにそそられるかも。なんて言ってみたり」


 足をバタバタさせながら画面と僕の顔を交互に見ながら丹生うにゅうさんは楽しそうに笑う。その無邪気な様子に忘れそうになるが、僕は彼女にAV出演の件で脅迫されている。今はまだ一緒にAVを見るくらいで済んでいるけどこのあと何を要求されるかわかったものじゃない。

 

「あ! 始まったよ」


「……本当に見るの?」


小亀こがめくんママとエッチしたのになに照れてるの。私だって小さい頃からママとお風呂に入ったりしてるし、それと同じようなもんでしょ」


「同じじゃないよ……」


 男女の違い、親子の違い、何もかもが丹生うにゅうさんとは違う。

 丹生うにゅうさんは母親が仕事を頑張る姿として見られるのかもしれないけど、僕はそうじゃない。何度見てもエロいものはエロいし、丹生うにゅうさんに追い詰められているのに股間は熱くなっている。


 画面の中のもなさんが服を脱がされていく。ゆったりとしたワンピースがすとんと床に落ちるとお腹の大きさがさらに目立つ。

 おっぱいも張っているのかどの作品よりもボリュームがあってブラからはみ出しそうな勢いだ。


「じゃじゃーん! これが私のAVデビューでっす。きゃはは」


 このお腹の中に丹生うにゅうさんが……そして今、本当にAVに出演できる年齢にまで成長して同じ部屋にいる。

 しかもこの時のもなさんは僕らとそんなに年が変わらない19歳。撮影した時の思い出と現状を脳内で組み合わせると、僕と妊婦のもなさんがエッチするような気分になる。


「顔赤いよ? 私のエッチな姿想像しちゃった?」


「違うよ。もなさんが素敵だなって」


「現役JKよりも妊婦のママがいいんだ? 小亀こがめくんってやっぱり変態?」


「ま、まあ、世間一般と比べたら変態かもしれないけど、あくまで僕はもなさんが好きなんだ。……丹生うにゅうさんのお母さんだとわかった今でもそれは変わらない。僕の気持ちは本物だった」


「きゃはは。そう言ってもらえて嬉しい。他の子はわからないけど、少なくとも私は超嬉しい。自慢のママだから」


 その自慢のママに向かって血縁のない僕がママと大声で連呼しながら性欲をぶちまけてしまった。むしろ血縁がある方がマズいのか。いや、そういう問題じゃない。クラスメートの母親とエッチするなんてAVだけの話だと思っていた。


 AVにはよくあるシチュエーションを現実でやってしまった。丹生うにゅうさんは母親の仕事に対して嫌悪感を抱いていない。それどころか尊敬しているようにすら感じる。

 だけどそれとこれとは話が別。身近に母親とエッチした人間がいるなんて不快でたまらないだろう。


 もし父さんがクラスメートとエッチしていたら……年の差を考えろなんて僕が言う資格はないけど、やっぱり嫌だ。

 自分の選択に後悔はない。そして責任も取る。それが成人したということだ。改めて背筋を伸ばした。


「すごいよね。たくさんの男の人がママを見てエッチな気持ちになって。パパはいないけどさ、それでも私が幸せなのはママのおかげなんだ」


「…………」


 嬉しそうに母親について語る丹生うにゅうさんを見ているといたたまれなくなる。

 それは母さんを早くに亡くして、男手一つで僕を育ててくれた父さんにも同じことが言えるからだ。


 月並みな言葉だけど僕は父さんを尊敬している。仕事をして家事をして、僕が一人で高校生活を送れるように最低限の家事を教えて仕送りをして……。

 成人したと言っても自立はしていない。僕にできることは父さんに心配を掛けないことだけ。


 丹生うにゅうさんにどんな要求をされても一人で責任を取る。腹を決めた時、再生しているAVに動きがあった。


「ママのおっぱいを吸ってるこの男優さん、私よりも先に母乳を飲んでるんだよね。だから勝手にお兄ちゃんって呼んでるんだ。きゃはは」


 男優さんがもなさんのおっぱいに吸い付いていた。

 右手で押さえながら赤ちゃんのように夢中になってしゃぶりついている。

 反対側の手もしっかり乳輪を愛撫していて、その先端からはじんわりと液体がお漏れ出ていた。


「母乳って大人が飲むとお腹壊すらしいよ。男優さんも大変だ」


「そうなんだ。赤ちゃん専用になるように作られてるんだね」


「でも、ママの前ではこんなに体の大きい男の人も赤ちゃんみたいになっちゃう。小亀こがめくんみたいに。きゃはは」


 急に話題が僕のことになって何も言い返せなくなってしまった。男はおっぱいの前では無力。その事実を拳銃のように頭に突き付けられている気分だ。


丹生うにゅうさん、僕と一緒にAVを見て一体何が目的なの? 自分の家でも見れるものをわざわざ僕でなんて」


小亀こがめくん、アッチと同じで早漏なんだね。早いと楽だけど尺が足りなくなるから大変ってママ言ってたよ」


「え……」


 撮影した当時はもなさんとエッチできる幸せで尺のことなんて気にしていなかった。ただ欲望のままにもなさんに甘えて、一つになって、その胸の中で眠って……。

 監督からは特に何も言われてなかったし無事に発売されているから尺も問題ないはずだけど、改めて仕事として考えると至らない点もあったように思う。


「なーんてね。ママは仕事の愚痴を私に言わないよ。楽しかったこととか、エッチの時に気を付けた方が良いこととかは教えてくれるけどね」


「そっか。良かった」


「でも言わないだけで心の中では……ってことはあるかもね。きゃはは」


「うっ……」


 丹生うにゅうさんの一言一言でテンションがジェットコースターのように上下する。これから約一年間、クラスメートとして過ごす丹生うにゅうさんに早漏と思われても構わない。だけど、もう二度と直接会えないもなさんにはできれば悪印象を持たれたくない。

 僕の価値観の基準は完全にもなさんを中心に決定されていた。


『あ゛あ゛あ゛!!!』


 テレビから獣みたいな喘ぎ声が漏れると僕も丹生うにゅうさんも反射的に画面に目が行ってしまった。

 本能を駆り立てるようなその声には何度聞いても反応せずにはいられない。

 丹生うにゅうさんは足をもじもじと動かしながらジャージの袖をギュッと掴んだ。


「本題、入るね」

 

まるで都合の悪い事実から目を背けるかのように唐突に放たれた言葉に僕は背筋を伸ばした。

どんな要求をされても自分で解決してみせる。それが成人を迎えた大人だから。

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