第8話 鑑賞会

「マ、ママ? は? え?」


「私のお母さん。ほら、おっぱいの大きさは違うけどホクロの位置は同じなんだ」


 丹生うにゅうさんはジャージのファスナーを下ろし、体操着の胸元をガバっと開いた。玄関にも関わらず、いや、他の部屋なら良いというわけではない。自宅という閉じられた空間とはいえ突然の大胆な行動に目が離せなくなっていた。


一切の躊躇なく披露されたパステルピンクの可愛らしいブラと共に露わになった右鎖骨にはホクロがあり、確かにもなさんも同じ位置にホクロがある。


 ただ、それだけでは親子であることの証明にはならない。ホクロなんてどこにできても不思議ではないし、鎖骨にホクロだって特別珍しいわけじゃない。

 なにより胸の成長具合が違いすぎる。中学生とかならともかくもう高校三年生。いくらなんでももなさんに比べて小さいように感じる。


「あ、私の胸が小さいから疑ってるんでしょ。傷付くな~」


 ぶつくさと文句を言いながら丹生うにゅうさんはジャージのファスナーを上げた。

 もし僕がまだ童貞で丹生うにゅうさんに少しでも恋心にも似た憧れを抱いていたらそのまま襲っていたかもしれない。


 僕を信頼しているのか、七咲ななさきもなにしか興味がないと思われているのか、男として見られていないのか、答えはきっと一つではなく、この全部が少しずつ混ざっているんだと思う。


 可愛い女の子が一人暮らし状態の自宅で肌を露出する。

 こんな夢みたいなシチュエーションにも関わらず意外と落ち着いていた。それは、目の前の光景よりも丹生うにゅうさんが七咲ななさきもなの娘という事実が全ての感情を上回っていたからだ。


「ママは中学生の時に初体験していっぱいエッチしたから育っただけなんだよ」


 中学生の頃のもなさん。僕がまだ生まれる前の話だ。きっとその頃から美人でモテて、だから初体験も早くて……。

 同じ時代に生まれたとしてもたぶん僕なんかじゃお近づきにもなれなかったと思う。

 18歳で成人扱いになる現代だからこそ僕はもなさんと繋がれることができた。


「ホクロの位置が同じなんてよくあるんじゃないかな。それに写真の人ともなさんはちょっと印象が違うような」


「それはメイクのせいだよ。私は全然ママの仕事のこと気にしてないけどママがすごく気を遣うんだよね。近所の人にバレないようにって。ほら、よーく見て。七咲ななさきもなでしょ?」


 よく見なくてもわかる。AVでは見せたことのない笑顔ではあるけど、僕だって何度も何度も、過去作品から最新作までいろいろなもなさんを見てきたんだから。


「あ、別にママとエッチしたことを怒るとかじゃないから。もらったサンプルを見てたらクラスメートでビックリみたいな」


「もらったサンプル?」


「そ、ママの出演作は全部あるよ。うち、パパがいないから余裕で見れるの。最初はママも止めてたけど今はもう諦めて放置されてる。きゃはは」


 本人がもらって嬉しいのかは僕にはわからないけど、出演者がサンプルをもらうというのは自然な気がする。

 丹生うにゅうさんが七咲ななさきもなの娘だということが少しずつ真実味を帯びていく。いや、あの写真の時点で疑いようはない。


 女優さんとツーショットを撮れるイベント自体はある。が、数年前からの感染症の影響で不特定多数の人と触れ合うイベントは全て中止。しかも応募できるのは18歳以上だ。

 今年18歳の成人を迎えたばかりの僕らでは過去のイベントでツーショットを撮影するのは不可能。

 つまり、仕事以外の個人的な繋がりがなければ撮れない代物だ。


「ねえねえ、リビングこっちだよね。小亀こがめくんっていつもAVはテレビで見てるの? それともパソコン?」


「パソコンだけど……って、なんでうちの間取りを知ってるんだ」


「だって何度も見たもん。ママの出演作は全部パッケージでうちにあるんだ。すご~い。聖地巡礼だ。きゃはは」


 撮影したのはリビングと浴室と僕の部屋。普段使っている場所はほぼ映像として世界に発信されている。

 なんならブルーレイも発売しているのでネット上からサンプルが消えたとしても誰かの手元には残り続ける。


 自分の初体験が映像として残っている人は世界にどれくらいいるのだろか。今はスマホで簡単に撮影できるから多いのかな。でも、初体験であわあわしている状況でうまく自撮りできる自信は僕にはない。

 そういう意味でもすごく貴重な体験をもなさんにさせてもらった。


「な~んだ。小亀こがめくんもパッケージ持ってるんじゃん。成人した記念に買っちゃった?」


 丹生うにゅうさんは目ざとくテレビ台の下に並べたブルーレイに気付いた。ネットで簡単にダウンロードできる時代にわざわざ父さんに発見されるリスクを冒してまでパッケージ版を購入したのには理由がある。


 いつどんな理由で配信停止になるかわからないからだ。

 自浄作用が働いているといっても危ない業界であることにはかわりない。もなさんに限ってそんなことはないと信じているけど、薬物問題とかで存在を消される女優さんも多い。

 

 ネットでの配信はメーカーによって停止されてしまうが、手元に残ったパッケージはどうにもならない。

 ダウンロード版に比べて割高なだけ安心感を僕を買っていた。


「……まさか見たいとか言わないよね」


「ええ、いいの~? こんな大きな画面でAV見ても」


「年齢的には問題ないし。成人してるんだから」


「ではお言葉に甘えて……。あっ! これも持ってるんだ。これ私のオススメ。私が生まれる前の、若い頃のママだよ。今でも綺麗だけど初々しさがあるんだよね~」


 丹生うにゅうさんが手に取ったのはもなさんがデビューして間もない頃の作品。DVDでリマスターされたものを購入した。

 妊娠したという設定の作品で、大きなお腹を愛しそうに撫でながら獣のように喘ぐ姿が下半身をたぎらせる。


「実はこれ特殊メイクじゃなくて本当に妊娠してたって知ってる?」


「え? そういう設定じゃなくて?」


「問題です。これが発売したのは何年前でしょうか」


 もなさんは今年でデビュー20周年。そしてこの作品はデビューしてすぐに発売され当時話題を集めたとネットのレビューに書かれていた。

 具体的な発売年は僕が生まれる前の話なのでわからないけど……。


「気付いたよね? 小亀こがめくんと私は同い年。きゃはは。と、いう事は?」


 妊娠中に撮影して、そこから数か月後に出産した。それがおそらく18年前。つまり、この時に生まれた赤ちゃんは今年18歳、成人を迎えている。僕と同じように、僕のクラスメートと同じように。


「え……それじゃあ」


「うん。この時お腹の中にいるのが私なのでした。きゃはは。実は胎児の時にAVデビューしてました。小亀こがめくんの先輩だね」


 ツーショットを見せられた時点で答えは決まっていた。それでも何か否定できる材料を探していたのに出てくるのは丹生うにゅうさんが七咲ななさきもなの娘であることを裏打ちするような話ばかり。

 しかもあのお腹にいたのが丹生うにゅうさんだったなんて……!


「さ、私のデビュー作を見ながらお話しよっか」


 まるで自分の家かのようにディスクをレコーダーに挿入してテレビの電源を付ける。もし僕がAVに出演していないただの童貞高校生だったら青春の一ページとして思い出に残ったかもしれない。


丹生うにゅうさんも自分の家で見たことあるんだよね? 何も二人で一緒に見なくても」


「え~? もしかして照れてるの? ママとエッチしたくせに」


「て、照れてはない。ただ、その……女子と一緒に見るのはどうかなって」


「きゃはは。小亀こがめくん紳士だね。でもね、女の子だってエッチな動画見るんだよ? あ、マスク取ってもいいかな。暑くて」


「ああ、うん。どうぞ」


 家族以外の人と会話をする時はマスクを着用するようとは言われているけど、誰に監視されているわけでもない。それに距離は十分取られている。


「エアコン入れる? 暑いでしょ?」


小亀こがめくんが暑いなら。マスクしてると顔は暑いんだけど、もう体はそうでもなくてさ。練習中はすごかったのに」


「僕は平気。暑くなったら言ってね。お茶でいい?」


「お構いなく。まだ水筒の中身残ってるから。小亀こがめくん、女の子を家に連れ込むのは初めてじゃないでしょ?」


「つ、連れ込むって。丹生うにゅうさんが押し寄せたみたいなもんだろ」


「きゃはは。初体験がAVになってるのに照れてる。かわいい」


 AVは僕が勇気を出して決断したことだ。何も恥ずかしがることはない。もちろん世間体は気になるけど、それはバレないように隠し通せばいいだけ。

 成人したとはいえ、感染症対策も相まって女子との交流が少ない青春を過ごしてきた僕にとって今の状況はかなりの非日常だ。AV撮影に匹敵すると言っても過言ではない。


「あ、始まるよ」


 コピー品や海賊版は違法だという旨の警告に続き、メーカーのロゴが大々的に映し出されていく。

 AV女優を母にもつ女の子と一緒にその出演作品を鑑賞する。それこそAVの企画みたいな時間の火蓋が切られた。

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