第7話 丹生さんの正体2

 電車の中では一人分くらいの距離を開けた。

 ジャージ姿で電車に乗る女子高生と知り合いと思われたくなかったし、ジャージのくせに可愛い女の子と僕とでは釣り合いが取れてない。

 変な嫉妬を買ってこれ以上の面倒事に巻き込まれたくなかった。


「なんでそんなに離れてるの?」


丹生うにゅうさんと知り合いだと思われたくないから」


 僕の小さな抵抗を無視して丹生うにゅうさんは一人分の距離を詰めてきた。それに合わせて横移動を続けるとイチャついているように見えなくもないので仕方なくこの距離感を享受する。

 さっきまでバレー部の練習をして汗をかいているはずなのに不思議と嫌な臭いはしない。むしろほんのりと甘い香りが漂ってきた。


「がっつり会話しちゃってるけどね私達。きゃはは」


 つり革に掴まるために腕を伸ばすとそれに合わせてジャージも伸びる。ちょっと大きめのサイズだから体型はわかりにくいが、胸のふくらみは見当たらない。

 一度もなさんの大きな胸を体験しているので以前ほど強調された胸部に視線が行かなくなった。

 いくら丹生うにゅうさんが可愛くても僕はそう簡単にほだされない。


小亀こがめくんって乗り換えなしで通学できるんでしょ。羨ましい」


丹生うにゅうさんは違うんだ?」


「それって遠回しに私の最寄聞いてる?」


「聞いてない。会話の流れでそうなっただけ」


「ま、そのうち私の家に来ることになると思うよ」


 僕が丹生うにゅうさんの家に行く。脅迫されたらそれに従うしかない。とは言え、彼女が僕を家に招く理由はなんだろう。

 AVの中で一人暮らし状態なのがバレたから家事でもさせるつもりだろうか。

 それくらいで済むのならむしろありがたい。金銭を要求されたら父さんに心配を掛けてしまう。


小亀こがめくんの家、楽しみだなぁ」


「ごく普通の一軒家だよ。それに見たんでしょ。映像で」


「映像と生では違うよ。小亀こがめくんが一番それを実感したんじゃない?」


「…………」


 何度も映像で見たもなさんは実際に会うとより綺麗で艶めかしくて、さらに言葉を交わすことも触れることもできた。

 丹生うにゅうさんの正論をぶつけられて僕は何も言えなくなってしまう。


「って、あんまり騒ぐと迷惑だよね。こんなご時世だし」


「そうだね。だんだん混んできたし」


 帰宅時間ということもあり電車の人口密度は少しずつ増してきた。奥に詰めるようにちょっとずつ移動することで丹生うにゅうさんとの距離も縮まる。

 右隣に立つ丹生うにゅうさんと手が触れないように、右手で掴んでいたつり革を左手に持ち換えた。


「意識してるんだ?」


「手が疲れただけだよ」


 強がりではない。丹生うにゅうさんが可愛いのは認めるし、いやらしい言い方をすれば性欲もわく。ただ、好きという感情はわいてこない。

 僕は七咲ななさきもなが好きで、叶わぬ恋と理解した上で彼女を愛している。体を重ねてこの感情に気付いてしまった。


 そんな僕の気持ちを察したのか、丹生うにゅうさんは駅に着くまで無言だった。

 ガタガタと揺れる電車内で時折体が触れ合いそうになる。

 もし普通の男子高校生だったらこのどさくさ紛れの嬉しいハプニングに心を躍らせていたことだろう。


 ある意味で青春を捨てて大人になったと言える。AV女優との初体験は大きな代償がある代わりに、一生の思い出になった。少なくとも僕は愛のあるエッチだったと断言できる。




***




 住宅街だけあってこの駅で降りる人は多い。丹生うにゅうさんみたいな可愛い子と一緒に歩いていると幅広い年代の注目を集めてしまう。

 特に近所の人に見られたら最悪だ。母さんが早くに亡くなって父さんが出張中なのは周知の事実だから彼女を連れ込んだなんて勘違いをされたら困る。


 今にして思うとAVの撮影もギリギリだったが、いろいろと機材を運び入れていたので何かの業者が入ったように見えたはずだ。

 噂が立っていれば父さんの耳にも入るだろうし、丹生うにゅうさん以外には僕がAV出演したことはバレていないと願いたい。


「へぇ、初めて降りたかも」


「住宅街だからね。住んでなければ降りないよ」


「ガヤガヤしてなくて良い雰囲気。まさかこんな閑静な住宅街で。きゃはは」


「むぅ……」


 要所要所でAVの話題を匂わせてくるので気が気でない。

 まだ電車内の方がマシだ。今この駅で降りた人は明日以降もこの場で顔を合わせる可能性がある。

 そんな人達にAVバレするのはかなり恥ずかしい。


「ここから近いの?」


「10分は歩かないかな。暑いし、さっさと行こう」


小亀こがめくん積極的~」


 丹生うにゅうさんが楽しそうになるほど僕の胃は痛くなった。

 マスクに覆われた笑顔の下で一体何を企んでいるのか見当も付かない。

 我が家という文字通りホームでの戦いになるとはいえ、強引に家に連れ込まれたなんて証言されたら僕が不利になる。


「わあ! 大きい」


 家の前に到着すると丹生うにゅうさんが大袈裟に言った。

 この発言は建物に対して向けられたものだとわかっているのに、今朝の件があって股間のことを言われたのかと思ってしまった。

 モザイク処理されたものしか見たことがないくせに僕の心を揺さぶるためにわざとそういう発言をしている線も否定できない。


「どうぞ」


「おじゃまします」


 男子の一人暮らしにも関わらず丹生うにゅうさんは迷うこなく玄関をくぐった。

 もし僕が野獣のような男だったら鍵を閉めたあとそのまま襲っている。もちろんそんなことはしないけど警戒心が薄すぎて心配になるのと同時に、男として意識されてないことがちょっとだけショックだった。


小亀こがめくんって熟女が好きなの? それとも七咲ななさきもな?」


「もなさんが、だよ。正直、家に女子のクラスメートが来てるのはドキドキしてる」


「きゃはは。小亀こがめくんむっつり~」


 靴を脱ぎながら藪から棒にもなさんの話題を振られた。

 もう自宅なので誰かに聞かれる心配はないは、女子とAVの話をするという異質な状況に戸惑う。


「これ、だ~れだ?」


 丹生うにゅうさんが見せてくれたスマホの画面にはマスクを外した丹生うにゅうさん。

 やっぱり素顔は可愛くてまるでアイドルみたいだ。

 だけど、それ以上に僕が視線を奪われたのはその隣にいる人物。いろいろな作品を見てたくさんの表情を知っているはずなのに、そのどれにも当てはまらない弾けるようなまぶしい笑顔。


七咲ななさきもな。私のママなんだ」

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