第2話 契約
指定された撮影日は学生ということもあり日曜日になった。
父さんが海外転勤したばかりの時は日曜日でもお構いなくいろいろな勧誘が来たものだけど、子供の一人暮らしとわかってからは誰も来ない。
ただ、家主である僕が18歳の成人になったことに気付いた悪徳業者は今後増えるかもしれないと考えると気が重くなった。
「そろそろかな」
シャワーを浴びてソファに座り時が来るのを待つ。
撮影なので当然やって来るのはもなさんだけじゃない。メールにはもなさんを含めて6人が来ると書いてあったのでイレギュラーにも備えて10人分のお茶とお菓子を用意している。
「って、ゆっくりお茶なんか飲まないよな」
エッチすること自体が初めてなのにそれを初対面に人達に撮影されるという非日常オブ非日常に頭がくらくらしてきた。
自ら進んで応募して当選した時は跳ねるくらいに喜んだのに今は不安で押し潰されそうになっている。
初体験は緊張で勃たないと聞いたことはあるけど今はギンギンになってズボンの中で暴れ出しそうな勢いだ。
すぐにでももなさんの動画を見て発散したい欲望を抑えてインターホンが鳴るのを待っていると
―ピンポーン
きた!
モニターには人の良さそうな男性が映し出されている。
「はい」
『こんにちは。わたくしソフトオンドミニオンの深澤と申します。
「あ、はい。そうです。今開けます」
もっと強面のいかにも危ない人が来ると想定していたので拍子抜けした。マスクで顔が半分隠れているが人相が悪いという印象は受けない。
緊張がちょっとほぐれたその足で玄関へ向かい、マスクを装着して扉を開けると深澤さんの後ろには聞いていた通り4人の男性スタッフさんの姿が見えた。
「改めまして。この度は弊社の企画にご応募いただきありがとうございます。いや~、本当にお若い方で驚きました」
「いえいえ。こちらこそありがとうございます」
深澤さんが深々と頭を下げると後ろにいる人達もペコリと頭を下げた。
それに釣られて僕もお辞儀をする。
学校の先生以外の大人とこんな風にビジネス的なやり取りをするのが初めてで、さっきまでとは別の緊張で体がガチガチになった。
「
「はい。お願いします。あ、あの、立ち話もなんですので上がってください。お茶も用意してます」
「それはそれは。お若いのにしっかりしておられる。高校生、でしたよね? 差し支えなければ生徒手帳など見せていただいでも?」
「持ってきます。みなさんは入って左のダイニングにどうぞ」
お客様を待たせてはいけないという想いと早くもなさんに会いたい気持ちが自然と駆け足にさせた。
学割で定期を買ったり映画を見たり、自分が高校生であることを証明する生徒手帳。まさかAVに出演するのに使うなんて夢にも思わなかった。
「持ってきました」
「ありがとうございます。有効期限は……2023年の3月。なるほど。18歳で現役の高校3年生ですね。いやはや、まさかこんな時代が来るとは思っていませんでした」
「僕もです。18歳が成人になるだけならたぶん応募してなかったですけど」
「ふむ。
「えと、僕はもうふっ切れてるのであまり重くならずに聞いてほしいんですけど、小さい頃に母親を亡くしてて、もなさんの年齢ってもし生きてたら母親の年齢に近いんですよ。最初は顔で選んだのが実は母親に近い年の人で、ちょっと母性みたいなものを感じることがあって」
「なるほど。ご自身でされる時に『ママ』とか声を出したりは?」
「え!? あ、いや、それは……隠してるとかじゃなくて本当にしてないです」
「ふふふ。その反応だとどうやらウソはついていないようだ。しかし本人を目の前にしたら、あるいは
にこにこと深澤さんは笑いながら、だけどその目の奥は何かを企てているような暗いものを感じる。やっぱり思っていた通りAV業界は一筋縄ではいかない。
「こちらから
「学校のですか?」
「ええ。もちろん校章にはモザイクを掛けますし、サンプル動画では顔にもモザイクを掛けるのでご安心ください。リアル高校生とのセックスは……プライベートではどうかわかりませんが撮影では
もなさんの気分が盛り上がる。この一言は制服での出演を決めるには十分だった。
校章を隠しても広大なインターネットの世界では絶対に特定班が現れる。そもそも同じ制服を着ていればすぐに気が付くだろう。
とは言え、サンプル動画だけでも一発抜くには十分な時代。お金を払って全編見るのは僕みたいなもなさんファンやお金に余裕のある大人だ。
「わかりました。最初から制服を着てる方がいいでしょうか?」
「そうですね。童貞高校生の家に
「あははは。たしかに。ずっと胸元にモザイクですもんね」
「ご理解が早くて助かります。それと生徒手帳を一瞬カメラに映すのは大丈夫でしょうか? もちろんこちらもモザイク処理するので特定される心配はありません。映すのは……そうですね。この有効期限の部分になります。今年度から解禁されたリアル高校生であることをアピールしたいので」
「それも……大丈夫です。それを覚悟で応募しました」
たぶん断っても撮影がキャンセルされることはない。だけど僕ともなさんのエッチは深澤さんが権利を握っているに等しい。
制服や生徒手帳を映すのは覚悟の上だし、相手だって個人を特定するような情報を映像として残すはずがないと熟考して応募した。
もしかしたら僕の確認不足や浅い考えで落とし穴にハマってしまうかもしれない。だとしても、僕はもなさんとのエッチのチャンスを逃したくなかった。
「わたくしも高校生との撮影は初めてなので緊張しているんですよ。ですが
「僕もです。もっと恐い人が来ると思ってましたから」
「ははは。こういう撮影部隊は恐くありませんよ。女優さんを不安がらせてしまいますからね。不届き者を処理する人達は別ですが」
深澤さんの言葉にごくりと唾を飲んだ。役割分担されてるだけでそういう恐い人は存在する。
応募した以上はしっかり相手の要求を飲んで撮影に挑むと決めていたけど、その決意はより一層強くなった。
「では、具体的な撮影についてお話しましょう。
「へ? それだけ……ですか?」
「あまりいろいろ指示を与えていると素人感が薄れますから。それに
「はぁ……」
「ふふ。心配しなくても
段取りらしい段取りを与えられず、素直になれと言われても初めてのエッチであり初めての撮影でどう振る舞っていいのかまったくわからない。
もなさんにリードしてもらえる期待と撮影の不安で感情がぐちゃぐちゃになり、僕の分身も大きくなったり小さくなったりを繰り返している。
「ここまでご了承いただいたらこの契約書にサインをお願いします。成人になって初めての契約だったりします?」
「そうですね。こういうのは初めてです。ちゃんと読んだ方がいいんですよね?」
「もちろん。
「すみません。お時間いただきます」
「どうぞ。わたくし達は断じて無理強いしていない。
契約書には甲とか乙の見慣れない文字や肯定なのか否定なのかよくわからない言い回しが多用されていて何を言いたいのか理解できなかった。
理解できていないなら契約してはいけないんだろうけど、ざっと見た感じ理不尽なことも書かれていない。
少なくともここにサインをしなければせっかく掴んだものさんとエッチできるチャンスを棒に振ることになる。
次はいつこんなチャンスに恵まれるかわからないし、そもそも今回の当選は僕が現役高校生だからというのが大きいと思っている。
高校生ブランドを活かせるのはあと一年。一年経てば同級生がみんな18歳になりライバルが増える。
4月生まれの利点を最大に活かしたこの瞬間を逃す手はない。
相棒とも言える右手は自然と契約書にサインしていた。
「ありがとうございます。機材の準備も済んだようです。では、今から
深澤さんは不敵な笑みを浮かべて席を立つとスマホを取り出し、おそらくもなさんに電話しながら玄関へと向かう。
「あ、そうそう。マスクはそのままで結構です。七咲も最初は一応マスクをしていますので。これから濃厚接触するからあまり関係はないのですが、ご時世ということでご了承ください」
そう言いながら会釈をして深澤さんは外へ出ていった。
部屋には他のスタッフさんが無言でそれぞれの機材を操作している。すでに撮影が始まっているのか、インターホンを合図に始まるのかもわからない。
確かなことは僕がAVの世界に足を踏み入れてしまったこと。もう後戻りはできない。
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