ノーゲーム・ノースローライフ⑨
あらかた資源を回収したのちベーちゃんは家に戻ると、今後必要になるかもしれないものを収納棚へ、すぐに売り払って換金したほうが良いモノは出荷箱へとそれぞれ入れる。
この今後必要になるかもしれないものとは、新たな道具を生成する材料にしたり、家のリフォームにあてたり、交友関係を一層深めるプレゼントを自作するためだったりと自由度は高い。今から使い道が悩ましい。
『さてと。それではもう夜になってきていますが、ついにじゃがいもの種子をベーちゃんが耕した……まだ家庭菜園くらい小さな田畑ですが、蒔いて行きたいと思いますっ』
そう高らかと宣言すると同時に、ベーちゃんの手にはじゃがいもの種子が詰まっているであろう小袋が握られる。そして耕作のためにと近付き、柔らかくなった土の前方三区間分へ一気に種を蒔く。
『おおー種蒔きのモーションとてもかわいいねー! ほらっ、なんか魔法を掛けているみたいに輝いてるよっ』
この作業をじゃがいもの種子がなくなるか、耕した面積がなくなるかまで続け、種子の方が先に無くなったところで打ち止める。そのあとにベーちゃんは颯爽と手荷物を持ち替えて、満遍なく植えられたじゃがいもの種子達に水が汲まれたジョウロで養分をあげる。
『水を掛ける描写もとても綺麗ですね。あっどうかな、夜だから少し分かりにくいけど……濡れて土の色が変化していますねっ! ねっここ、まだ水を掛けていないところと掛けたところ。乾湿がはっきりしてるんですよっ、すごいな細かいなー、これでどこに掛けたか混乱することはなくて助かりますねっ』
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狐っ子 〈べいか牧場、そしてじゃがいも畑の記念すべき第一歩!〉
縦辺 〈やっと農業ものっぽくなってきた〉
しぃ/バーチャル配信応援 〈ふれあい重視のプレイスタイルも面白いです!〉
みたらし団欒 〈メガネを掛けたらやっと判別が付くようになりました(笑)〉
北の海 〈空いたスペースも有効利用したいね。いつになるか分からないけど新しく種子を買ってもいいかもね〉
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『記念すべき一歩っ! 二日目の夜……随分とお待たせしちゃいました。やっと農業っぽくなりましたよ本当に。ふれあい重視? んーあんまり意識はしてなかったけどそうですね、行き交う人を毎回追いかけていましたから……確かにそうかもしれませんね。メガネを掛けたら、なんだろう近視とか乱視みたいなことかな? それとも夜だから単純に見づらかったのかも? だとしたら時間はもうちょっと考えてやらないとだね。あー確かに空いたスペースがあるから他にも作りたいね、何があるのかな?』
じゃがいもの種子に水を上げる節々で、みんなからのコメントに答える。なかなかゲーム配信の途中で把握する時間やピックアップするゆとりがなかったから、その分も読み上げたいとずっと思っていた。
ついでに流し見たバーチャルキャラクターの北ノ内 べいかの表情も、ちゃんと私とシンクロしてる。動作確認のために私の口をわざと開けてみると、北ノ内 べいかの小さな唇もひょっこりと開かれる。
『よしっ! これでほとんど行き届いたかな、いやー疲れますねこれ……あっ——』
そうこうしながらも、ベーちゃんの水やりはじゃがいもの種子の区間の大半にお水を恵むことが出来る。でも畑仕事というものは意外と体力ゲージを削るようで、余裕を持って帰宅したつもりが、既に一割を切るという危機的状況。さっきまであんなに元気いっぱいだったベーちゃんがフラフラになっている。
『——……嘘、ベーちゃんの体力が……これすぐに眠った方がいいかな? ああでも、もうちょっと残ってるんだよね、どうしよう……あっそうだっ! みんなに緊急クエストです、ベーちゃんをどうすれば良いと思いますか? すぐに眠らせる、無理してでも全てのじゃがいもの種子に水をあげる、あとなにかとっておきのウルトラCみたいなのがあるのか、是非是非ご意見をお願いします。ベーちゃんの未来が掛かっていますっ』
そういえばライブ配信の場合は、こうして選択肢をみんなに委ねるときがある気がする。私がちゃんとゲームをプレイしないとが前提だけど、今日の配信中にもうちょっと問い掛けても良かったのかもしれない。その方が一緒に楽しめるもんね。
「……これも学びだね。むー、ダメダメくよくよしたら、まだ終わってないんだから」
頬を伝う汗を叩きながら、私はみんなのチャットコメントを注視する。このゲームは移動しなくても時間は経過してしまうけど、体力が削られることはないらしい。だから疲労困憊のベーちゃんのためにも、コントローラーをテーブルの上に休ませる。
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縦辺 〈んー体力もたないかな〉
狐っ子 〈気合いで行ってみる?〉
北の海 〈一応体力がなくなってもゲームオーバーにはならないけどペナルティーはあるから、ギリギリ持つに掛けるかな?〉
みたらし団欒 〈明日でも良いかも?〉
しぃ/バーチャル配信応援 〈明日に振り返るのが賢明な判断ではあるけど、もしかしたらじゃがいもの成長具合にバラつきが出るかもしれない〉
北の海 〈これ、難しいな〉
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『んー持たない。気合いでやっても……うーんペナルティーあり。そうだね明日にするのが良いかも……あっ、成長にバラつき? 収穫時期がズレたりするのかな……それって正直困るよね。だって新しく種子を植えたいってときに、そのズレに対応しないといけなくなるもんね、いや難しいね——』
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みんなの意見を聴いてもなかなか妙案が出ず、時間だけが過ぎていく。どちらにもメリットとデメリットがあるから、最終的には私の決断次第なんだけど、ベーちゃんのことを思ってもとても難解だ。
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狐っ子 〈ぐぬぬ〉
フラ太郎 〈これ、もしかしたら関係ないかもしれないけど〉
フラ太郎 〈赤髪の男の子にもらった小包って、何が入っていたのかな?〉
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『——んーどうしたもの……えっ? ああさっきぶつかった男の子から貰った小包? あー確かになんだったんだろう。開けちゃダメかなと思ってたけど、これも一応貰いものだもんね……いちかばちか、開けちゃう?』
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みたらし団欒 〈気になるね〉
北の海 〈その手があった!〉
狐っ子 〈背に腹は変えられない。開けよう!〉
みたらし団欒 〈開けたい〉
縦辺 〈同じく!〉
しぃ/バーチャル配信応援 〈……この展開は新しいかも〉
フラ太郎 〈ごめんなさい、余計なことだったかも〉
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おおっ! 開けて欲しい人が多い。私も何なのかドキドキするだけなのもアレだし、作業を頑張ってくれたベーちゃんへのご褒美の意味でも良いかも。そう決意して私は、再びコントローラーを手に持つ。
『どうやら開けて欲しい人が多いみたいですし……うん! 開けちゃいたいと思います! さあベーちゃん、赤髪の男の子からのプレゼントだっ!』
おめめまで回っていたベーちゃんは、ジョウロから小包に切り替えて開封する。すると現れたのは、四角形の側面が茶色く、正面はクリーム色でくっきりとした気泡が描かれた仄かに甘い匂いが漂いそうな一品。それは私の、そして北ノ内 べいかの大好物だと前々から公言していた、一切れ分のささやかなパンだった。
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