ノーゲーム・ノースローライフ⑧

 夜遅いこともあり、セーナとサクタくんに家まで連れ添ってもらった。そうして別れたあとに、ベーちゃんは一日の疲れからすぐに部屋にあるベッドに向かう。この木造平家建ての新居には他にキッチンスペースと、予定が記されたカレンダー、その近くにある収納棚、そしてベッドをそれぞれボタンを押してチェックすることが可能だ。


 キッチンは料理用、カレンダーはイベントや出荷日の確認、収納棚は拾ったアイテムを保存するためで、現在ベーちゃんが仰向けになっているベッドは日程を進行させること、体力ゲージを回復させるためにある。


『うん……今日は色んなことがあったね、疲れるのも当然だよ。ゆっくり休んでね』


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フラ太郎 〈おやすみなさい〉

北の海 〈寝顔かわいい〉

狐っ子 〈お疲れですね。明日は種蒔きまではできるかな?〉


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 ゲーム内の日付が変わって午前六時。

 ベーちゃんは規則正しく起き上がる。

 このすんなりとした起床は、現実の私と全然違うけど……まあいいか。


『はいっ、皆さんおはようございます。ベーちゃんがレーズン村に引っ越して二日目、イベントにもよりますが、今日の目標は物資の調達と頂いたじゃがいもの種子を蒔けたら良いなと思います、頑張りますっ』


 私はそう決意表明して、体力も満タンになったベーちゃんをすぐに外出させ、物資集めから始めようかなと考える。ただ画面右下にいる北ノ内 べいかが、目覚めたばかりのゲームキャラクターのベーちゃんとは逆に、うとうとしているように見える。配信の時間的には少し余裕があるから頑張って。


 でも流石にクーラーなしのツケが回ってきて、私の部屋の気温が徐々に上昇中だ。多分顔出し配信をしていたら誰にも見せられないくらい汗塗れなので、バーチャルの配信で助かったなと素直に思う。


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みたらし団欒 〈二日目だっ!〉

狐っ子 〈頑張りましょう〉

しぃ/バーチャル配信応援 〈初めまして、可愛らしいお姿ですね。バーチャル配信を追いかけている身でありながら今まで存じておりませんでした。新人の方でしょうか?〉

縦辺 〈じゃがいも畑だー〉

フラ太郎 〈@しぃ/バーチャル配信応援:はい、今回が二回目の配信ですよ。キタキツネがモチーフのバーチャル配信者さんです〉

しぃ/バーチャル配信応援 〈@フラ太郎:ご丁寧にありがとうございます。実は某大手事務所のバーチャル配信者さんの枠が無くなってしまって、ライブ配信を探していたら偶然見つけただけだったので……なるほどキツネに農業系ゲーム、良いですね〉


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 家から出るとやはりというかなんというか、まだ手付かずと大差ない、岩や丸太に雑草と荒れた区間が九割以上を占める土地が目の前に広がる。前日にかなり耕した気分になっていたけど、こうして冷静になるとまだまだ先の道のりは険しいと痛感する。


『初見さんこんにちは。かわいい……ありがとうございますっ。新人さん、そうですね……あっ私の代わりに説明して下さっている方がいますね、助かります。北ノ内 べいかと言います、名前だけでも覚えて頂けると幸いです。某大手事務所のバーチャル配信者……ああ、恐れ多くて名前は言えませんが、予定日的におそらくあの人だろうなっていうのは……そっか無くなっちゃったのか。後でアーカイブで視聴しようかなって考えてたから……なにか急病とかじゃなければ良いんだけど……』


【バーチャル・ベース】で北ノ内 べいかといて配信するにあたり、いくつか大手のバーチャル配信者さんのライブを参考のために視聴し続けていた時期があり、私もそれなりに知識を有している自負がある。


 その大手事務所のバーチャル配信者というのは、ほとんどが複数人の方々を抱える大所帯で、ほぼ毎日二十四時間、所属している誰かがライフ配信を行っていると言っても過言ではないと思う。


 後発の個人勢の私からしたら北ノ内 べいかの知名度アップのためにも、あまり大手事務所所属のバーチャル配信者さんと時間が被るのは不利になるので避けたいところだけど、そうすると配信日自体が限定される上に不規則にもなるはずだから、ここら辺はもう辛抱するしかないね。


『……まあ、色々みんな事情があるとは思いますが、世間に全く知られていないであろう私の配信に気付いてくれただけでもとても嬉しいです。なので是非、のんびりと視ていってくださいね……えっと、ただいま絶賛野草と木枝を採って、生活に充てようとしていますので……はい』


 もっとカッコいい場面だったら話も締まるのになと私は苦笑しつつ、北ノ内 べいかもそれにつられつつ、今後の発展のためにと体力ゲージの三分の一かつ夕方までと決め、ひたすらに物資を採ろうとツルハシで叩いて材料を生み出す作業の徹する。


 あとこのゲームのいいところなんだけど、ベーちゃんが採取している近くの道中を村民が度々通り掛かっている。なんか現実でもありそうな感じがして、ついつい話掛けてしまったりして……あっという間に時刻が過ぎる。


『さて、そろそろ家に帰ろうかな。今日こそじゃがいもの種子を植えないとだから——』


 私はそう言って、ベーちゃんを家にと引き返そうとしたそのとき、突然背後から猛ダッシュで駆け寄る何かにぶつけられてしまう。


 なんだなんだと言うまでもなく、私はそのベーちゃんに突撃してきた、一見してクールそうな風貌の赤茶毛の髪が特徴的な男の子に釘付けになる。危うく台詞読みを忘れてしまいそうなくらい。


『——……あっ、うんんっ〔悪い、急いでるんだ……代わりにこれをやるよ……〕。ん? どういうことかな、これは?』


 そんな素っ気ない謝罪と一緒に、なにやら小包を手渡されて、その赤茶毛の男の子はベーちゃんを追い抜いてしまう。当人のベーちゃんが怒っているのか、驚いているのか、どこか痛んでいるのか、苦しんでいるのか、締め付けられているのか、私にはまだ図りかねる。

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