ノーゲーム・ノースローライフ⑦

 まだ春先というのもあり、そこまで潜熱がないと思われる砂浜に、ベーちゃん、セーナ、サクタくんは一休みと黄昏たそがている。海面のただ眺めるだけの同年代の光景は三人をあどけなくさせて、まるで青春の一幕のように淡く儚く映る。


「……懐かしいな、こういうの」


 私にも似たような経験があるなと微笑む。

 北ノ内 べいかも、反射して口元が緩む。


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 フラ太郎 〈なんか、邪魔しちゃいけない雰囲気を感じる〉

 狐っ子 〈アオハルだよっ!〉

 北の海 「海と若者って良いですよねー」


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『……〔ベーちゃんはさ、どこからこのレーズン村に来たの?〕〔おい、プライバシーの侵害になるぞ〕。〔答えたくないならそれで良いのよ。ちょっとここ以外のことが気になったから、訊いてみただけ……〕。〔……そうか。確かに僕たちはこの村から出たことなんてほとんどないから、セーナの気持ち、少しは分かるかも〕。二人はずっとこの村に居るんだね……なにか閉塞感みたいなものが胸にあるのかな? それなら私もずっと同じところに住んでるから、わかっちゃうね……』


 都会はどんな風なんだろう。気温四十度近くの猛暑日ってどれくらい暑いんだろう。そういえば本土と繋ぐトンネルをくぐったことすらない。私が北海道から出たことなんて修学旅行ぐらいしかないし、晩秋に飛行機で関西まで行って、世界遺産と遊園地に水族館。それは普通の暮らしとはどうしても違うし、ずっといつもの友達も居てくれた。だからセーナとサクタくんがなんとなく抱える物足りなさを、きっと私も持っている。


 ベーちゃんはあせあせとしたアイコンが吹き出ながら、おそらく元々住んでいた場所をセーナとサクタくんに伝えたようだ。


『〔えっ……そんな遠くから!? 大変だったでしょう〕。〔今日引っ越してきたばかりだよね? そっかミスったな……案内は後にしてベーちゃんに休んでもらうべきだった。住民の情報管理も出来ないだなんて……〕。かなり遠そうだね……あれかな、北海道から沖縄に引っ越したくらい? でも村長さんは耕してみてって言える余裕もあったから、セーナとサクタくん的には遠いって感じなのかな? んーちょっと……分からないよね』


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 縦辺 〈人によって違うかもね〉

 みたらし団欒 〈サクタくんにはベーちゃんの情報があんまり共有されてないっぽい?〉


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 しかし、そんなセーナとサクタくんを尻目に、ベーちゃんはなにやらにっこりマークのアイコンと共に話している。


『〔えっ、大袈裟? そんなに遠くないし疲れてもいない〕。〔……あっそうだ、ベーちゃんが前に住んでいたところって最近直通便が完成してた気がする。だからレーズン村に来るのも、昔は遠回りして一日くらい掛かってたけど、それが無くなったから……〕。なるほどそういうことね、昔と今で移動手段が違ったってことか。多分新幹線とかリニアとかかな? ……あっ、ベーちゃんもそうそうみたいなリアクションしてるね』


 交通機関の発展は配信者的には騒音とかでちょっと困ることはあるけど、なんとなく行きたいなって感じたところに訪れやすくなり、こうして遠くに住む人と他人とが出逢いやすくなるのは素直に良いことだと思う。


 同時にセーナとサクタくんの認識違いの誤解も解けると、再びなんとも言えない時間が過ぎる。それは気まずいとか、沈黙が痛いとかそういうのじゃなくて、ベーちゃんを含め三人が揺蕩たゆたうさざなみに見惚れてしまっているからだ。


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 北の海 〈自然を楽しむのもゲームの醍醐味だよねー〉

 みたらし団欒 〈よく見ると少し暗くなってるかな? 夜空になってきてる〉


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『〔……ベーちゃんはさ、後継者ってことは牧場で野菜を育てたりするってことだよね?〕。んっ、セーナが立ちあがったね』


 そのセーナの問いにベーちゃんは頷く。

 じゃがいもの種子も貰ったし、もちろん私もそのつもり。野菜はいっぱい作りたい。


『〔ならさ。いつか私の実家の料理屋にベーちゃんの野菜を頼んでもいいかな? わたしはそこで料理を作ってるから……〕。あっ、セーナは料理人なんだ。〔もちろんタダでとは言わないよ、ちゃんと対価は払わないとが両親の口癖なんだ……まあ、まだわたしは見習いなんだけどね〕。お父さんとお母さんの元で修行してるってことかな? 〔実は……ちょっとした野望があってさ……〕。おお野望っ! なになにー? 〔ここにいるサクタとか、他の同じくらいの歳の子と一緒に、レーズン村を代表するオリジナルメニューを作りたいなって思ってるんだ〕。オリジナルメニュー? ほうほう。〔そうすればレーズン村に来てくれる人も増えるし、わたしたちがここに居る証にもなると思って……なんて、ちょっと恥ずかしいかな?〕。ううんっ! そんなことない! とっても素敵で良いアイデアだと思うよセーナっ』


 セーナの胸の内にときめく私の意志を汲んでくれたのか、ベーちゃんも恥ずかしいという謙遜に首を振る。そして……セーナの言葉を借りると野望だね、に賛同するかように立ち上がった。


『〔えっ、協力してくれるの?〕。もちろんだよっ。〔あ、ありがとう……時間は掛かっちゃうかもしれないけど、わたしやってみせる〕。こちらこそ、まだ何にも畑に植えてないけど。〔……ベーちゃん、サクタ、一緒にレーズン村を大盛況にしよう〕。うんっ!』


 ベーちゃんは面と向かって頷いてみせる。するとサクタくんも立ち上がり、無言ではあったけど、協力するという意志は感じ取れる。

 セーナのオリジナルメニューは一体どんなのかな? 今からとても楽しみだよ。

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